「結婚するなら、ハイスペックな男性がいい」

そう考える婚活女子は多い。

だが、苦労してハイスペック男性と付き合えたとしても、それは決してゴールではない。

幸せな結婚をするためには、彼の本性と向き合わなければならないのだ。

これは交際3ヶ月目にして、ハイスペ彼氏がダメ男だと気づいた女たちの物語。

▶前回:「せっかく温泉旅館に来たのに…!」気になる“あの子”を追って、彼氏に置き去りにされた女は…




Episode 9:翠(35歳・会社経営)の場合


「明日の夜も、翠さんの部屋に来ていいかな?」

月曜日の夜。

リビングのソファに座る私の太ももの上に、頭を乗せながら晴臣は言った。

「んー、いいけど…」

8歳下の彼とは、付き合って3ヶ月。出会いは、婚活パーティーだった。

― 年下かあ。でも、彼って人懐っこそうでかわいいし、いいかも。

こんなふうに思った日が、遠い昔のことのようだ。

「僕のほうが帰りが早いだろうから、夜ご飯作って待ってるね!あ、圧力鍋あったよね?翠さんが好きなスペアリブ、作っちゃおうかな〜」

彼は、子犬のような濡れた瞳で、上目遣いにこちらを見てくる。

「…嬉しいけど、そこまでしてくれなくてもいいよ。晴臣くんは、自分の勉強とか、そっちに時間使って?」

私のマンションに入り浸るようになった晴臣から目をそらし、少しうんざりしながら答えた。

彼は先月、勤めている広告代理店を退社すると思うと言いだした。しかし、本格的に起業の準備を始めると口にした割には、ずいぶんとだらけているように見える。

「ねえ…起業するって、具体的にはいつ頃を考えてるの?」

この問いかけに対する晴臣の答えを聞いたとき。

― これ、ダメなやつだ!

私は、そう悟ることになるのだった。


交際2ヶ月目。仕事をやめると言い出した、年下彼氏の魂胆とは…?


私が会社を立ち上げたのは、今から4年前。

31歳のときに、美容の専門家を集めてキャスティングをする、マーケティング会社を設立した。

もともと化粧品やスキンケアなどが好きで、大学卒業後は外資系化粧品会社に就職。商品企画の部署に9年勤め課長まで昇進したが、1,500万の貯金を達成したことを機に、スパッとやめた。

それからは自分の会社を成長させて、いずれ骨を埋められるような息の長いものにするために、とにかく必死に働いてきた。

気がつけば、35歳。

紆余曲折を経て、年収は2,000万を超えた。去年、二子玉川にマンションを購入したところまではいい。すると今度は、心が休まるパートナーが欲しいと思うようになっていた。

そこで、足を運んだのが婚活パーティーだった。

立食形式の会場では、自分よりも年下の華やかな女性たちが、男性に取り囲まれている。

― うわ…女の人、みんな若いなあ。

だけど、自分も負けていないと思う。

この日のために私が選んだのは、シアー感のある上品なシルエットのワンピースに、足元は黒のサンダル。イタくならない程度に、ほんの少し若く見えるメイクとコーディネートで臨むと、早速、数人の男性に話しかけられた。

しかし、会社を経営していると伝えると、どの男性も一様に及び腰になり、会話が途切れると気まずそうに去っていってしまう。

ワイングラスを片手に、1人会場内にたたずんでいると、場違いなところに来てしまったのではないかと思えてきた。

そこへやって来たのが、晴臣だった。

「素敵なバッグですね。すごくお似合いです!」




「あ、ありがとうございます」

肘にかけていたピエール アルディの白いハンドバッグは、まわりの人と滅多にかぶらないし、品があって気に入っている。

それを褒められて嬉しくなった私がパッと顔を上げると、子犬系という言葉がぴったりの人懐っこそうな笑顔が視界に飛び込んできた。

目線の高さが合うということは、身長は170cmくらいだろうか。

広告代理店で営業を担当しているという晴臣は、話し方のトーンや相づちのタイミングが絶妙だ。3杯目のワインのせいで、私が仕事の話をペラペラと話し続けても、いかにも興味ありげに楽しそうに聞いてくれる。

「実は僕も、起業を考えていて。仕事のこともですが、翠さんとまた色々お話できたら嬉しいです」

屈託のない笑顔でこう言うと、パーティーの終わりにLINEを交換して別れたのだった。

翌日、彼から連絡がきたのをきっかけに、毎日やり取りをするようになると、私の起業記念日には、『バルコン・トーキョー』で東京タワーを目の前にディナーをごちそうしてくれた。

8つも年下の晴臣は、弟感のある外見やキャラクターから恋愛対象にはならない。そう思っていたのに、仕事の忙しさですり減った心や、落ち込んだ心が彼の存在によって癒されていることに気づいたのは、出会いから2ヶ月後。

晴臣から告白されて、交際がスタートしたのだった。

晴臣:仕事のあとに、起業セミナーに参加してくるよ!
翠:頑張って!私にできることがあったら、言ってね。

こんなLINEのやり取りをしていると、過去のがむしゃらに頑張ってきた自分を思い出す。だから、できることなら何でもサポートしてあげたいという気持ちがあった。

交際直後は、デートにかかる費用のほとんどを彼が出してくれていたが、年上で経済的余裕もある私が支払うべきだと思ったのも、ごく自然なことだった。

そこでまず、彼の面目をつぶすことがないようにこう言ったのだ。

「晴臣くん、外食は割り勘にしない?ほら、私ってすごく食べるし、お酒も飲むし。あとね、意外と料理も好きだったりするの。圧力鍋も持ってるんだよ!だから、これからはうちで夕食を一緒に食べるのもいいよね」

起業するには、まとまったお金が必要になる。資本金はもちろん、起業したからといってすぐに安定した仕事が入ってくるとは限らないのだから、蓄えがあるに越したことはない。

こうして、年上の彼女でありすでに起業している先輩でもある私が、デートで財布を出すことが増えていった。晴臣は、そのたびに口角を下げて、申し訳なさそうな表情をしてみせる。

ところが、交際が始まって2ヶ月たつころから、彼の様子が少しずつ変わっていった。


デート代を負担してくれる年上彼女。起業を目指す彼氏は…?


2人の仕事が休みの日曜日。

「翠さん、これ明日のお昼に食べる用に買っておいてもいい?」

晴臣と一緒に、スーパーで買い物をしていると、私の答えを待たずにバゲットとオーガニック野菜がカゴに追加された。

― まあ、いいけど。…でもきっと、このあと…。

「そうだ!このバゲットにレアル・ベジョータも挟んだら、絶対に美味しいよね?」

レアル・ベジョータといったら、世界一高いと言われる生ハムだ。300gで15,000円という値がつけられているのを、前にネットで見たことがある。

最近の彼は、こんなふうにして食事だけでなく、日用品なども私の支払いで済ませることが増えたのだ。そのうえ、自分の家にはほとんど帰らず、私のマンションに晴臣の私物やサブスクの登録数がどんどん増えていく。

― ちょっと、甘やかしすぎたかな?

面倒をみてもらうことにあぐらをかき始めた晴臣と、どこかで一度話し合わなくてはと思っていた矢先。今度は、突然会社をやめようと思うと言い出したのだった。

「翠さん、僕しばらく勉強に力を入れたいんだ。もし…会社をやめるって言っても応援してくれる?」
「それは、もちろん!だけど、今、仕事をやめちゃっても大丈夫なの?」

すると、晴臣からは耳を疑うような言葉が飛び出した。

「大丈夫、いざとなったら翠さんの仕事を手伝うし!こうやって家でゆっくり過ごすのも、悪くないなって」




「それって、どういう…?」
「いや、冗談だよ!大丈夫、ちゃんと考えてるから」

ふと、晴臣は思っている以上に私のことをあてにしているのではないかと、嫌な予感がしたが、このときは杞憂に終わった。

…はずだった。

それからの彼は、だらしなさに拍車をかけたと思ったら、突如家事に勤しむ姿を見せつけてくるようになったのだ。

「ねえ、起業するって、具体的にはいつ頃を考えてるの?」

私の太ももの上に頭を乗せ、海外ドラマの続きを見ようとしている晴臣に聞いた。

「何かさ、こうやって翠さんと一緒にいると、僕、主夫に向いてるんじゃないかって思うんだよね。翠さんも、僕がいると助かることってあるでしょ?」

また、お決まりの上目遣いだ。これまでは、かわいいと思っていた年下の彼氏の甘えた表情だが、少しずつ嫌悪感がわいてくる。

「…本気で起業しようと思ってたんじゃないの?」
「ん?思ってたよ!だけど、考えが変わることもあるよね」

指で自分の前髪をクルクルといじりながら、あっけらかんと言う彼は、ただの軽薄な男に見えた。

「私は、起業するって決めたときから、必死になって今までやってきたよ。だから、晴臣くんが仕事のあとにセミナーに参加したりしてるのを見て、力になれたらって思ってたんだけど…」

晴臣は、ばつの悪そうな顔で膝枕から起き上がると、次の瞬間、無表情になった。「チッ」という舌打ちが、間違いなく聞こえた。

― あ〜、この人。あわよくば、私に養ってもらおうとでも思ってた?

私は、すっかり冷めきった気持ちで続けた。

「正直に言うけど、癒し系の彼氏が欲しいって思ってたの、私。でも、相手は晴臣くんじゃないってわかった。癒しと甘えは、全然違う!

晴臣くんが、起業したいって軽々しく口にしたのも、ちょっとムカついてるし。もう、会うのはやめにしよう?」

「な〜んだ!翠さん、年下の男の面倒みるの、楽しんでるように見えたんだけどな」

晴臣の信じられない一言で別れが決定的になったのが、交際3ヶ月目だった。

― 彼の本性を見抜けなかったなんて、私もまだまだだなあ…。

私のようにバリバリ働いていても、それに引け目を感じたり、利用しようとしたりすることのない男の人だって絶対にいる。

仕事も家庭も、手に入れると決めたら、私は必ずそうするのだ。

― よし、次だっ!

私は、自分を鼓舞すると、ふたたび婚活を始める決意を固めたのだった。

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▶1話目はこちら:「今どのくらい貯金してる?」彼氏の本性が現れた交際3ヶ月目の出来事

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