恋に落ちると、理性や常識を失ってしまう。

盲目状態になると、人はときに信じられない行動に出てしまうものなのだ。

だからあなたもどうか、引っ掛かることのないように…。

恋に狂った彼らのトラップに。

▶前回:6年交際した彼女との別れを受け入れきれず、コッソリ女を尾行した男。そこで見てしまったモノは…




松野良子(30)「私が、地味でダサい友人と仲良くしてるワケは…」


「じゃあ、乾杯!」

日曜の18時。東京ミッドタウンの『ニルヴァーナ ニューヨーク』で行われた4対4の食事会で、私はピルスナーを片手に、1人の男性にくぎ付けになっていた。

「高原文人です」

私より3つ年下の27歳で、180cmを超えるすらっとした長身に、優しげな瞳が印象的な文人くん。そんな彼は、私の大学時代の友人・志保と同じ会社に勤めているという。

「文人くんは、どんな仕事をされてるんですか?」

「映画の宣伝部でパブリシティーを担当してます」

「パブリシティーって…。なんですかぁ?」

私の上目遣いに、文人くんはまんざらでもなさそうな表情を浮かべ、得意げに仕事の話をし始めた。

― これは、いける。

心の中で確信し、スパイシーヨーグルトタンドリーチキンを口に運んでいると、隣から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

「ルネッサーンス!」

「ははは!志保ちゃんって、全力でモノマネするとこがいいよね」

通称・盛り上げ大将といわれている志保が、お決まりの芸を披露しているようだ。そんな姿を、文人くんが見つめている。

「…良子さんは、志保さんとお友達でしたっけ?」

「あぁ、そうです。友達っていうか、志保は大学の同級生で…」

数週間前。

「彼氏と別れたから、誰か紹介して?」と志保に泣きつくと、彼女はすぐに食事会をセッティングしてくれた。

地味でダサい志保と2人きりで遊んだことなど、一度もない。けれど、男性から“女友達”としての信頼が厚い彼女と仲良くしていると、こうやって素敵な人との出会いが舞い込むのだ。

「へぇ、志保さんと同級生なんだね。…彼女すごいですよね」

そう言って文人くんは、志保を蔑むような目で見つめた後、ピルスナーを飲み干してお手洗いに立った。

私は他の人たちの会話に交ざりながら、彼が帰ってくるのを待つ。しかし文人くんは帰ってくるなり、志保の隣に座ってしまったのだった。

その夜。私は文人くんへ、個別にメッセージを送ってみた。

ryoko:文人くん、今日はありがとうございました!お仕事の話、たくさん聞けてとても嬉しかったです。今度、一緒に映画行きましょう♡

しかし…。私が送ったLINEに、既読がつくことはなかったのだ。


なぜ文人から、LINEの返信がなかったのか…?


高原文人(27)「元カノにそっくりな彼女に、最初は惹かれていたけど…」


「松野良子です。よろしくお願いします!」

ブラウンの髪色にセミロングという、上品なヘアスタイル。さらに胸元が強調されたノースリーブのタイトニットを着た彼女に、僕はくぎ付けになった。

良子さんは、1年前まで付き合っていた元カノにそっくりだったのだ。

元カノは大学時代、ミスコンに選ばれるほどの美人だった。僕の一目惚れから交際をスタートさせたが、最後は「好きな人ができた」といって僕の前から去っていったのだ。

…元カノが二股していたと知ったのは、別れた後のこと。

彼女は食事会で出会った男性全員に、ハートたっぷりのメッセージを送りつけるような女だった。僕はそれに、まんまと騙されてしまったのだ。

「良子さん…。よろしくお願いします」

彼女は僕の感情を察知したのか、グイグイとこちらに肩を寄せながら、質問攻めにしてくる。

元カノと別れて1年。そろそろ仕事も落ち着いてきて、恋愛にも本腰を入れたいと思っていた矢先に、目の前に現れたタイプの女性。僕の胸は大きく高鳴っていた。

そのとき、隣の席から聞き慣れたセリフが聞こえてくる。

「ルネッサーンス!」

会社の先輩である志保さんが、飲み会で上司のおじさんたちにそそのかされてやっている芸を、大胆に披露していたのだ。

― 志保さん、まただ…。

彼女がワイングラス片手に高らかに笑っているのを横目に、僕は1ヶ月前の出来事を思い出していた。




1ヶ月前。

「じゃあ、お疲れ!」

担当していた映画の完成披露試写会が終わった後、僕は『DRAWING HOUSE OF HIBIYA』で行われた社内打ち上げに参加していた。

「いや〜。今回も、西田大将の活躍は素晴らしかったな!」

上司は、今回の宣伝統括を務めた志保さんのことを「大将」と呼んで、しきりに褒めていたが、彼女はすかさずこう切り返す。

「いえいえ。文人くんたちが頑張ってくれたので」

そう言って僕を含む後輩にウィンクをすると、有機野菜とクルミのリーフサラダを手際よく取り分け始めた。

その後、打ち上げも終わりに差し掛かった頃。いつものように部長の独壇場が始まった。僕は話の途中でつい、ウトウトしてしまう。

すると部長が突然、こちらをキッと睨んできた。

「高原、お前はこのままじゃダメだぞ。今だから言うが、お前の宣伝企画書は全然よくなかった」

「申し訳ございません。次は…」

その後も、部長からの僕へのダメ出しが淡々と続く。周囲も「またか」と言った感じで僕を気の毒そうに見つめ、誰もが適当に相槌を打っていた、そのとき。

「ルネッサーンス!」

志保さんが急にワイングラスを掲げて、高らかに笑い始めたのだ。一瞬で不穏な雰囲気が断ち切られ、全員が笑いの渦に包まれた。

「なんだ、西田!モノマネが得意なのか?」

全員の注目が志保さんに集まり、僕は部長の説教から解放されたのだった。





ふと我に返ると、良子さんが僕の顔を見つめていた。

「あ、えっと…。良子さんは、志保さんとお友達でしたっけ?」

「あぁ、そうです。友達っていうか、志保は大学の同級生で…」

「へぇ、志保さんと同級生なんだね。…彼女すごいですよね」

すると僕の言葉を聞いて、良子さんがいきなり語り始めた。

「志保、すごいですよね〜。女捨ててるっていうか。悩みもなさそうだし、私には絶対マネできないなって思っちゃいます」

― あぁ、僕が志保さんに感じる「すごい」と、良子さんが言った「すごい」は全く別物だ。

そう気づいたとき、良子さんに抱いていた好意がスーッと引いていくのが分かった。

「ちょっと、すみません…」

僕はお手洗いだと言って、ガーデンテラスに出た。ギラついた夜景と男女の間に、開放的な緑の空間が広がる。風に混じって夏の匂いがした。

大きく深呼吸しながら横を見ると、体を手すりに預け、どこか一点をジッと見つめている志保さんの姿を見つけた。

「志保さん…?」

僕の言葉に、彼女がゆっくり振り返る。その瞬間、言葉を失った。さっきまで笑っていた志保さんの目に、大粒の涙がたまっていたのだから。


なぜ、志保は泣いていたのか?


「あぁ、文人くん。…お疲れ!」

彼女は涙を拭くと、いつものように笑って見せた。

「…志保さん、泣いてましたよね。どうしたんですか?」

「いやいや、泣いてないよ〜」

彼女は手をヒラヒラさせながらおどけて見せると、慌てて席へ戻ろうとする。僕は思わず志保さんの腕を掴んで、彼女を引き留めてしまった。

「なにか悩みがあるなら、僕が聞きます…!」

「やだ。文人くん、優男だね〜」

最初は驚いた表情を見せた志保さんだったが、そのうちポツポツと悩みを打ち明け始めた。




「私ね、こういう感じじゃん?」

そう言って、ワンピースの上から少しぽっこりしたお腹をポンポン叩きながら、話を続ける。

「食事会で私を見た男性たちが、ガッカリするのがわかるの。だから一生懸命、場を盛り上げないといけないなって思うんだけど。たまにキツイんだぁ。…でもそうしないと、私の存在価値がないんじゃないかって」

いつも明るい志保さんから発せられたのは、普段の姿からは想像できないほどネガティブな言葉だった。

「…そんなことないです!僕は志保さんに助けられましたから!」

思わず強くなった口調に自分でも驚きながら、僕は彼女の目をジッと見つめた。

今まで好きになった女性とは正反対のタイプだけど…。僕はこの瞬間、志保さんのことがたまらなく愛おしく感じたのだ。

「志保さん。食事会の後、2人で少し飲みませんか?」



ryoko:文人くん、今日はありがとうございました!お仕事の話、たくさん聞けてとても嬉しかったです。今度、一緒に映画行きましょう♡

その日の23時。食事会に参加していたメンバーと解散した直後、良子さんからLINEが届いた。

「もしかして、良子から?」

すると僕の隣でグラスホッパーを飲んでいた志保さんが、不安そうな表情を浮かべながら尋ねてくる。

「…良子さんみたいな女性に会うと、より一層志保さんの素敵さが際立ちますよね」

そう言って僕は、既読もつけずに良子さんからのメッセージを削除した。

「志保さん。今週末、2人で映画に行きませんか?」

その瞬間、なぜだか志保さんはニヤリと笑って、こうつぶやいた。

「…当て馬作戦、成功ね」

「えっ?今、なんて…」

「ううん、なんでもない。映画楽しみ!週末まで待ちきれないし、今からうちで観ない?」

▶前回:6年交際した彼女との別れを受け入れきれず、コッソリ女を尾行した男。そこで見てしまったモノは…

▶1話目はこちら:マッチングアプリにハマった女が取った、危険すぎる行動

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