同棲中の彼に、突然「別れたい」と言われた女。前に進むため彼の荷物をまとめようとしていたら…
「あんなに優しかったのに、一体どうして?」
交際4年目の彼氏に突然浮気された、高野瀬 柚(28)。
失意の底に沈んだ彼女には、ある切り札があった。
彼女の親友は、誰もが振り向くようなイケメンなのだ。
「お願い。あなたの魅力で、あの女を落としてきてくれない?」
“どうしても彼氏を取り戻したい”柚の願いは、叶うのか――。
◆これまでにあらすじ
イケメンの親友・創のおかげで、賢也と穂乃果を引き離すことに成功した柚。しかし賢也は穂乃果を諦めようとせず、一方的に柚に別れを告げるのだった。
突然言われた「別れよう」というセリフに、柚はうろたえる。
「待ってよ、賢也。ちゃんと話そう?」
賢也が勝手に止めたタクシーは、すでにドアを開いて停まっている。
「帰ってから、家でじっくり話そう?」
こんなところで突然「別れよう」と言われても困るのだ。せっかく穂乃果の心を、賢也から創に移すことに成功したというのに。
しかし賢也は、かたくなに動こうとしなかった。
「ごめん。俺、諦められないんだ」
「なにが」
「彼女のこと。この前、突然フラれた…。でも俺、それでも大好きなんだ」
開き直って「大好き」と公言する賢也に、柚は無言で目を見開く。
「だからこれ以上柚にすがりつかれても、俺はもうなにも感じない。…ただ、あの人に会いたいなーって思うだけだ」
「…なによ、それ」
「俺、今から気持ちを伝えにいこうと思う。あの人に、もう一回だけ」
「ごめん」と賢也は、申し訳なさそうに頭を下げた。
それからスッと踵を返す。その背中を見て柚は、ようやく「これはもう無理だ」と悟るのだった。
ほとんど押し込まれるように賢也にタクシーに乗せられた柚は、覚悟を決めて小さな声で行き先を告げる。
「運転手さん、お待たせしてすみません…。青山方面へお願いします」
最後に窓から賢也の様子を確認するが、当然こちらの方など見ずに、どこかへ歩いていっていた。
玄関に着いた途端、がっくりと座り込む。
― ついさっき、浮かれ気分でこの部屋を出たばかりなのに。
まさか1人で部屋に帰宅することになるとは。
― 穂乃果さんのせいよ。穂乃果さんさえいなければ、きっと今もこの部屋で賢也と…。
柚は、震える指先で創に報告のLINEを入れる。
フラれた柚。しかし数日後、予想外の光景を見る
「ねえ。賢也にフラれた」
すると創からはすぐに「大丈夫?」と電話がかかってきた。
「最近早く帰ってくるようになったって言ってたのにな。俺、てっきり賢也はこのまま柚のもとに戻ると思ってたわ」
「私も思ってた…。でも賢也は、穂乃果さんを全然諦められないみたい」
鼻をすすりながら柚は話し続ける。
「今頃賢也は、穂乃果さんに思いをぶつけてるの。大好きだって伝えてるの…」
「そうなんだ」
創はさっぱりとした口調で言った。
「でも穂乃果さんは今、俺に夢中だよ。毎日のように『会いたい』って言われるし。賢也が気持ちを伝えたところで、またフラれるんじゃないかな」
「そうね…」
賢也がいくら愛を伝えたところで、穂乃果に断られるだけだろう。…それは、柚にとって唯一の救いであった。
― だって、このまま賢也の恋がすんなりと実るのだけは、納得いかないから…。
結局「賢也を取り戻す」という当初の目的は達成されなかったが、その点においては、創の存在に感謝をするばかりだ。
◆
翌日も、翌々日も、賢也からはなんの連絡もない。
― 私たち、本当に別れてしまったんだ。
在宅勤務中もそのことを実感してしまい、何度も涙があふれた。
部屋にいると、いろいろなものが目に入るのだ。賢也と行った旅行のお土産。賢也の育てていたサボテン。
楽しかった頃の記憶が、柚の涙腺を刺激してくる。
しかし、3日も経てば柚は冷静になった。
“柚にすがりつかれても、俺はもうなにも感じない”
あのとき賢也は平気でそう言ってきたのだ。
― あんなことを言うなんて、かつての賢也とはまるで違うわ。
もう以前の賢也は、この世には存在しないも同然だ。そう思うことにした。
― 今夜、思い出の品は全部捨ててしまおう。賢也の荷物もまとめてしまおう。それから、この部屋も解約しよう。ここの家賃は、私1人では払えないし…。
ようやく前を向ける気持ちになった柚は、仕事を終えて食材を買いに行く道で、創にまた連絡を入れる。
「もう私、賢也のことはさっぱり忘れることにしたわ」
「へえ、急にどうしたの?」
「…賢也がどうなっても、自分の人生には無関係だって思えてきたわ。あの人、ひどいから。もういいの」
「じゃあ俺の変わったミッションも、もう終了だね?」
創は、ほっとした様子で笑った。
「うん。本当にありがとう。結局創にも、それに穂乃果さんにも迷惑をかけたわ…」
自分の勝手なお願いに付き合ってくれた創に感謝をしながら、明治屋に入る。
― 今日からは久しぶりの1人暮らしを楽しむんだから。
自分の好きな食材だけが入った紙袋をぶら下げ、部屋まで帰ってきたそのとき。
柚が目にしたのは…まったく予想外の光景だった。
柚が見たものとは?
部屋に明かりがついているのだ。そして、鍵がかかっていない。
― え、賢也?荷物でも取りにきたのかな。
不審に思いながらドアを開けると、廊下に賢也が突っ立っていた。
「え?どうしたの?」
「いや…」
「荷物?言ってくれたら、まとめて送ったのに。でも、ちょうどよかった。この部屋の解約について、ちょうど今日電話しようと思ってたの」
明治屋の紙袋を玄関に置き、サンダルに手を掛ける。そのとき賢也はかすかな声で「あのさ」と言った。
それから、決まり悪そうに頭を掻く。
「柚…」
「ん?」
「やり直したい」
柚は、玄関でサンダルを脱ぎかけたまま静止する。
「…はい?」
「ごめん。勝手だってわかってる。でも、やり直したいんだ」
柚は真顔で賢也を押しのけ、廊下を進んだ。紙袋をテーブルに置いて、深いため息をつく。
「なに?もしかして、あの人にフラれたからって戻ってくるの?それは、勝手すぎるでしょう」
自分が思ったよりも、冷たい声が出た。
「違う」
「何が違うのよ?」
「…柚を失ってみて、わかったんだ。俺、たった数日で死ぬほど後悔した」
― この人、今さら何言ってるの?あの夜、私をタクシーに押し込んで去っていったくせに!
「あんなふうに一方的に『別れよう』って言っておいて、元に戻れるなんて思わないでよね」
柚は紙袋の中身を手際よくキッチンに並べながら言う。賢也は、寂しそうにそれを見つめた。
「俺、柚のご飯また食べたい…」
― …なにそれ。
身勝手すぎる言動。腹が立つ。
しかし、だからと言って賢也を無理に追い出そうという気持ちにはなれない。
「…なに。ご飯まだなの?」
「まだ」
「そう」
一緒にいて4年目。もう家族相手みたいな情がわいてしまっているのかもしれない。
「じゃあ作ってあげるから、シャワーでも浴びてて」
一切微笑みはしなかったが、2人分の食事を用意した。
「いただきます」
シャワーからあがった賢也と共に、向かい合って箸を動かす。会話はなく、せっかくの生姜焼きもどこか味気なく感じられた。
お互いのお皿が空になりかけたとき、賢也が突然話し始めた。
「実はさ、俺が戻ってきたのはね…」
賢也の話は、予想外なものだった。
柚は思わず、持っていた箸を落としそうになった──。
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賢也が戻ってきた、まさかの理由とは?