もうひとつ、伊藤を代表する軟弱キャラ作品がある。フジテレビ開局45周年記念ドラマとして唐沢寿明主演でドラマ化され、大学病院医学部教授たちの権力闘争を描いた『白い巨塔』(2003年)だ。伊藤は、唐沢扮する財前五郎教授に目をかけられる下っ端医局員・柳原弘を演じた。

 いかにも弱々しい感じの柳原は、いつも猫背でびくびくしている。先輩や同僚たちからは軽んじられているが、ちょっとした打算から財前教授だけはとりたてようとする。財前教授から医療ミスの責任をなすりつけられた柳原が、裁判の傍聴席から反旗を翻す場面は同作の大きな見どころだった。

◆事務所退所が意味するところは?

『陰陽師』と『白い巨塔』という2作で軟弱キャラを演じた伊藤からすると、「海猿」シリーズの仙崎大輔役は、紛れもない新境地に違いなかった。でもそれがどこか形作られたイメージに思えたのはなぜだったろう?

 事務所退所に踏み切った伊藤が、「今までのキャリアに自信がない」と言うのが、まさに同シリーズ以降、自らに課せられた屈強なキャラクターのイメージのためではなかったのか。その意味では、『悪の教典』(2012年)のサイコパス教師・蓮実聖司役は、どこか屈強さの脆さを象徴していたように思う。

『TOKYO VICE』(WOWOW、2022年)で演じた汚職刑事役は、いかにも前時代的に男臭い役柄だったが、もはや「海猿」の仙崎大輔のような完全なる正義漢ではなかった。

 伊藤英明の出演作品とは、イメージとの葛藤そのものでもある。それらを払拭して、まっさらな、風通しがいい自然な状態に一度立ち戻ること。それが今回の事務所退所が意味するところでないかと思うのだが、どうだろう?

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu