◆これまでのあらすじ

レスに悩む元同級生の、医師の陸と外資コンサル勤務のミナト、そして弁護士の幸弘。

ミナトは妻のカリンに「転職して中国に行こうと思う。だから離婚しよう」と伝えるが、カリンからは意外な言葉が返ってきて…。

▶前回:年収3,000万の外コン夫が「大幅に給与が下がる仕事に転職したい」と言い出した。その時、妻は…




辻家/カリンの答え


「ミナトってバカなの?私、めちゃくちゃ怒ってます」

ミナトが離婚する意思を伝えたところ、カリンは怒りに震えながら言う。

「ミナト、何1人で勝手に決めて結論出してるの?どうして私たちが一緒に中国に行く選択肢がないの?どうして!?バッカじゃないの??」

「いや、だって…カリンは行きたくないだろ?中国って言っても、初めは工場地帯の田舎だし、そのうえ、給料も今よりずっと下がるし。カリンが今やってるような、インスタでキラキラ生活を見せるなんてできないし…」

「ねぇ、前から思ってたけど、ミナトって私のインスタ見てないよね?」

カリンは、無言でスマホを取り出し、Instagramの自分のアカウントを見せた。

「見てはないけど、撮影してたのは見たよ。今日着た服だとかブランド物を載せてるんだろ?」

「違う、それは個人アカウント。私が仕事でやってるのはこっち」

そこには、ヨガウェアを着たカリンがたくさん写し出されていた。

プロフィールには「カリン:元モデル・産後の体型管理と健康法」と書かれ、アカウントはどれも、カリンがやっている運動方法や食事内容、そしてモデルらしく服の着こなしや歩き方などを紹介している。

「私の本当のアカウントはこれ。インスタで情報発信しながらクラスも持って、産後の体型維持に悩む女性たちに指導したり相談にのったりしてるの」

「そうだったんだ…知らなかった」

「ミナトが言うブランド物は多分、友達が始めたブランドレンタルを紹介してたやつでしょう?普段はブランド物なんて載せてない。そんなことしたら、ファンが離れるし」

カリンの言っていることはよくわからなかったが、ミナトは妻の知らない一面を見た気がした。


「だから、別に東京じゃなくたって私の仕事は変わらないの。むしろ中国に行けるなんて、中国の流行や語学も学べるから、いいことづくしじゃない」

「え、中国に行くの嫌じゃないの…?」

カリンは元モデル。都会もファッションも好きで、行ったこともない中国の田舎に行くことなんて、絶対に嫌だと思っていた。




ただでさえセックスレスで、夫婦仲もうまくいっていない状態で付いてきてくれるはずなどない、とミナトは思い込んでいたのだ。

「それに、離婚したら娘にも簡単に会えなくなるかもしれないのよ?そんなの耐えられるの?」

「でも今も会えてないし、親のケンカする姿を見せるくらいならいっそ、別れた方がいいと思って」

「もーそれがバカ!大バカ!私たちの気持ちを確認もしないで勝手に決めないで。私はミナトの転職に賛成だし、中国もついて行く!」

カリンの力強い言葉に、気を張っていたミナトは全身の力が抜けたように感じた。

「でも、給料も下がるし環境も悪くなるけど…。それにレスのことだって、どうしたら改善できるのかもわからないし」

「給料は前にも言ったけど、私も稼いでるから大丈夫。環境だって住めば都っていうでしょ?なんとかなるよ。レスのことは、私もわからない。だからこそ、一緒にカウンセリングを受けたりしてみよう。だから…」

カリンはそこまで言うと、少し声を詰まらせた。

「1人で勝手に悩んで決めないで。離婚とか言わないで。私だってあの子だって、あなたのことが大好きなんだから…」

そう言うと、今まで我慢していたのか、カリンの目から涙が溢れ出した。

これまでミナトは仕事で追い込まれ、妻からのプレッシャーに追い詰められ、自分1人だけが苦しんでいるように感じていた。

それに、自分が情けなく感じて、こんな自分といることでカリンや娘に申し訳ない気持ちもあった。

その考え自体が、間違いだとも気がつかずに。

「ごめんカリン、本当にごめん…。俺は多分、不安だったんだ。仕事も思うようにいかなくて、せっかく結婚できたカリンにも、いつか呆れられるんじゃないかって…半分いじけてた。

嫌われるくらいなら、自分から別れようってそう思ってた。ごめん…」

ミナトはカリンを後ろから強く抱きしめると、静かに涙を流した。




「嫌われるとか、ほんっとそれがバカすぎる。何?私がミナトと結婚したのって、お金のためだと思ってたの?失礼すぎ!舐めないでくれる?」

「うん、思ってた。俺の顔なんて、万札にしか見えてないんだろうって」

「だったら、アラブの石油王でも捕まえてるわ」

2人は泣き笑いながら冗談を言うと、カリンがミナトの方を向き直し、もう一度強く抱き合った。

こうやって肌の温かみを1年以上感じていなかった2人は、冷たく固まっていた心の奥が、じんわりと溶けていくのを感じた。


佐々木家/陸の帰宅


Ann『今日家に来て、来なかったらそっちに行くから。話があるの』

陸が家を出てから1週間後の土曜日の朝。杏から連絡が来た。

仕事を休んでしまった陸は、次の週の月曜日からはいつも通り出勤することができた。

幸弘やミナトに本音を打ち明けたことで、少し気持ちが整理ができたのだ。

だが、どうしても家に帰る気にはならず、そのままビジネスホテルに泊まり続けていた。

ちょうど陸も杏と話し合いをしようと思っていたので、一旦家に帰ることにする。




「ただいま…」

物音一つしない薄暗い部屋。リビングに行くと、物が散乱していた。

キッチンにいた杏がチラリと陸の顔を確認したが、すぐに目を逸らす。

気まずい空気の中、荷物を置いてソファに座ると、杏が言った。

「ねぇ、あなた。他に女がいるの?」

唐突な質問に、陸は呆気に取られた。

「え、どういうこと?」

「病院で噂されていたの。私たちの別居のことをどこで知ったのか、もう噂になってるみたい。それで、その原因が陸に女性でもできたからじゃないかって」

「いや、そんな…」

「病院のスタッフがね、昔見たらしいの。“医者キラー”って呼ばれてた非常勤の看護師と陸が、方面が違うのに一緒のタクシーに乗ったところを。

しかも次の日、その看護師が言ってたらしいわ。“病院の将来が心配。陸さん、私なんかに引っかかるんだもん”って。ねえ、その話本当なの?」

恐ろしいほど冷静に、だが強い怒りを抑えながら杏が言った。

陸は返す言葉がなく、床に頭をつけて土下座をする。

「ごめんなさい!一度だけしてしまった…」

「最っ低、信じらんない…」

陸と杏がセックスレスになったのは、結婚した時からだった。

20歳の時から杏と付き合っていたため、結婚を決めた30歳の時には、すでに10年が過ぎていた。

お互いに忙しかったが、杏は特に忙しいと性欲が湧かなくなるタイプで、陸からの誘いを何度か断った。

初めは気にしていなかった陸も徐々に傷つき、自分から誘うことがなくなった。それから陸も杏に対して女性としての感情が薄れ、お互いに触れ合うことはなくなっていた。

そんなある日。

救急患者を対応した後、夜中にタクシーで帰宅しようとした時に、その看護師が待っていた。

同じ方面だからと一緒にタクシーに乗ったところ、「好きです」と言われ、強引にキスをされた。

連日の疲れと久しぶりの女性との接触に理性を忘れ、そのまま彼女の家まで行きベッドを共にしたのだ。




「あんな子に引っかかるなんて、最っ低!あの子、医者なら誰でもいいって、いろんな人に色仕掛けしてたのよ?あんなのに自分の夫が引っかかるなんて、最悪すぎる…」

杏は呆れと怒りで言葉を失った。

「わかってる。俺がすべて悪かった、ごめん…」

本当なら、杏を傷つけないためにも隠し通すべきなのはわかっていた。

だが、ずっとビクビクして隠し事を続けながら、今後も杏と何食わぬ顔をしてやっていくなど無理だと、陸は思ったのだ。

床に穴が開くほど頭を下げる陸を見下ろし、杏が言った。

「出てって、今すぐ。顔も見たくない。気持ち悪い」

汚れたものを見るような目を向けられた陸は弁明もせず、再び家を出て行った。




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▶1話目はこちら:「実は、奥さんとずっとしてない…」33歳男の衝撃告白。エリート夫婦の実態

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陸は義父に呼ばれ、杏とのことを問い詰められ、そこでつい本音を言ってしまい…