夫が出張中、男と楽しむ32歳女。浮かれて終電を逃し、真夜中に行き着いた場所とは
結婚したら、“夫以外の人”に一生ときめいちゃいけないの?
優しい夫と、何不自由ない暮らしを手に入れて、“良き妻”でいようと心がけてきた。
それなのに・・・。
私は一体いつから、“妻であること”に息苦しさを感じるようになったんだろう。
◆これまでのあらすじ
カフェの推し店員・圭吾と急接近する麻由。義母からの孫ハラや夫の浮気に悩まされたこともあり、彼に惹かれていく。そんなとき、会社帰りに、“ある女性”から話しかけられる。
“本命”との対峙
会社の帰り道、私はある女性に話しかけられた。
「私、圭吾と付き合ってます。彼と連絡取るの、やめてくれませんか?」
圭吾くんと同じカフェで働く、大学生くらいの女の子だ。以前、彼女に接客してもらった記憶がある。
― 以前は、圭吾くんに『彼女くらいいてもおかしくない』って思ってたけど…。
最近では、圭吾くんとは毎日LINEしているし、時々2人で会っている。だからてっきり、彼に付き合っている人はいないと思いこんでいた。
私が何も言わないでいると、彼女は「私、亜美って言うんですけど」と話し始めた。
「圭吾とは、半年くらい前から付き合ってます。最近、彼の様子がおかしいから、スマホを確認したんです。そうしたら、毎日“麻由”って女性と連絡を取ってることに気づいて」
彼女のさらさらの黒髪が繊細そうに揺れ、大きな瞳からは、ぽろりと涙がこぼれている。
― 泣いてるの!?
「ええと。とりあえずこれで拭いて」
私はあわててバッグからティッシュを取り出し、彼女に差し出す。未だかつて、道のど真ん中で女の子を泣かせた経験なんてない。幸い、周りは薄暗くて人も少ないけれど…。
亜美は、ティッシュを無言で受け取り、目元を押さえながら何やらブツブツとつぶやいている。
「せめて、相手が絶対かなわないくらい綺麗な子だったらよかったのに。なんでこんな、おばさんと…」
彼女の言葉が、私の胸に矢のように突き刺さった。
亜美の突撃にダメージを受ける麻由だが、圭吾に会い続ける。そしてとうとう…
亜美は、しばらく目を潤ませていたが、不意に私に向き直った。
「今日は、『ちゃんと彼女がいるので、自重してくださいね』って、あなたに伝えることが目的だったので。こちらでもう、失礼します」
そう言って、新宿駅の方へ速足で去っていく。
― いや、そんな一方的に…。一体なんなのよ。
怒りや、驚き、呆れ…。様々な感情が、自分の中に渦巻くのを感じる。
― 時々2人で会ってくるくらいで、なんでこんなに言われなきゃいけないの?
しかも、別に自分が圭吾くんに一方的につきまとっているわけではない。むしろ、彼の方から積極的にコンタクトを取ってくるのだというのに。
モヤモヤとした気持ちをぬぐい切れず、私は帰路についた。
◆
本音
1週間後。
新宿三丁目のダイニングバー『どん底』のカウンター席で、私は圭吾くんと並んで座っていた。
この1週間、いつものように彼からLINEが来るたびに、亜美の顔が頭をよぎった。
しかし、夫との関係が冷え切っている今、圭吾くんはやはり私の癒しなのだ。
― 別に、体の関係があるわけじゃないしね…。
なんだかんだ連絡を取り続け、土曜日の今日も、彼に誘われて夕食を共にしている。
カクテルで乾杯した後、軽食をつまみながら他愛もないことを話していたけれど。
このお店名物の具だくさんのナポリタンが運ばれてきて、「さあ食べよう」という瞬間。
「麻由さん、すみません。亜美って子が、麻由さんのところに行きませんでしたか?」
「うん。先週、会社帰りに話しかけられたけど」
「やっぱり……。昨日あいつに、『麻由さんに会った』って言われたんです。ご迷惑おかけしてすみません」
圭吾くんが、申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
「綺麗な子じゃない。圭吾くんとお似合いって感じ。私なんかと会ってないで、亜美ちゃんに時間を割いたら?」
私は、気にも留めていなかったかのように、淡々と言って、ナポリタンを口に運ぶ。
圭吾くんは「まいったな」と頭を搔いている。
「亜美は、悪いやつじゃないんですけど。麻由さんも会ってみてわかったでしょう。すごく繊細というか、少し思い込みが激しいし、重たい子なんです」
聞けば、亜美は圭吾くんの2つ年下で、まだ20歳なのだそうだ。
同じ慶應生で、栃木の実家から出てきて品川で1人暮らしをしているらしい。コロナ禍で大学生になったので、なかなか友達ができないなか、バイト先で圭吾くんと知り合い、付き合うようになったという。
「バイト先も同じだし、週3は顔を合わせてるんですけど、ことあるごとに『会えなくて寂しい』って電話かけてくるから、よく彼女の家に行ってるんです。でも、家に行くとシャワー浴びてる間にLINE見られたりとかして」
「なるほど…」
「少し前にパスコード変えたので大丈夫だと思ってたんですけど、寝てる間に指紋認証で開けられちゃったみたいですね。それで、麻由さんと連絡を取ってるのを知ったんだと思います」
ため息をつく圭吾くん。
先日の亜美の様子を見ても、日ごろからかなり振り回されているのだろう。半年付き合っていたら、かなりストレスが溜まっているのかもしれない。
― そのタイミングで私と知り合った、ってことなのかな。
「彼女がいるのに、どうして私と会うの?って、私も人のこといえないけどね」
圭吾に、自分と会い続ける理由を尋ねる麻由。彼の返答は…
すると圭吾くんは、バツが悪そうな顔で言う。
「麻由さんって僕に“彼氏としての立ち振る舞い”を期待しないじゃないですか。
僕、普段は亜美の地雷を踏まないようにすごく気を使ってるんです。彼女、僕のちょっとした言動にすぐに反応して、傷ついたり怒ったりするから。
でも、麻由さんはそういうところがないから、僕的にはすごくラクで。自分も素のままでいられるし」
― 本命の彼女といると疲れることもあるから、“息抜き”したくなった、というところだろうか。
「まあ、私は圭吾くんの彼女じゃないし。そもそも結婚してるしね。そういう期待は、たしかにしてないな」
私の言葉に、圭吾くんはうなずく。
「麻由さん既婚者だし、満たされてる女性の余裕を感じます」
「…満たされてなんか、ないよ」
衝動的に言い返していた。
「うちは、夫が浮気してるの。最近は頻繁に浮気相手のところに泊まってるみたいだし、今夜だって帰ってこない。だからこうして、圭吾くんに誘われるがまま会ってるの、私」
気づけば、私は自分を取り巻く状況を、話し始めていた。
「私も、圭吾くんと同じ。あなたと会っていると、心が軽くなるの。夫とは過ごせない楽しい時間を共有できて、癒されるし。
それに、どんな理由であれ、私に会いたいって言ってくれる男の子がいる――その事実で、夫に対抗できているような気がするの」
夢中で言い切った瞬間、「ラストオーダーですが…」と店員さんから話しかけられ、ハッと我に返る。
「あ、これでお会計お願いします。麻由さん、いったん出ましょうか」
圭吾くんがサッとカードを渡して、会計を済ませてくれて…私たちは外に出た。
「ねえ、麻由さん。最近、カラオケって行ってます?」
「カラオケ?コロナもあったし、何年も行ってないかも」
「ですよね?僕も、しばらく行ってないんです。こんな時は、パーッと歌いませんか?」
返事を待たずに、圭吾くんは私の腕を掴む。
「ちょ、ちょっと」
「いいから、行きましょう!ゴーゴー!」
元気づけようとしてくれているのか、それとも単に酔っているだけなのか。
彼の真意はわからないけれど、自分の中のどす黒いものを吐き出してしまった後、その明るさに救われるような気分になる。
「もう…終電まで、だからね」
時刻はすでに、23時を回ろうとしていた。
― わかってはいたけど、私と圭吾くんじゃ選曲が全然違うのね。
靖国通り沿いのカラオケ店に入って小一時間、私は先ほどから、ジェネレーションギャップというものをまざまざと突き付けられている。
デンモクの履歴を見れば、一目瞭然だ。私が入れた曲と圭吾くんのそれとでは、流行した時期にちょうど10年分の開きがある。
しかし、紅白を見ていたおかげで、思いのほか圭吾くんの選曲についていけている。
歌って、叫んで、合いの手を入れて…久しぶりの体験に、気持ちがどんどんスッキリしていった。
「あれ、ヤバイ。終電、逃しちゃった」
気づけば、時間は0時半を過ぎてしまっていた。総武線の最終電車が行ってしまったことに気づき、私は青ざめる。
どうしようかと思案する私に、彼は事も無げに言う。
「麻由さん、旦那さんは今日も帰って来ないんでしょう?僕はこのままオールしても全然いいかなって思ってるんですけど、どうですか?」
「オールって、このまま朝までカラオケするってこと?」
「僕はそれでもいいですよ。オルカラ、久しぶりで楽しそうだし。でも麻由さんが嫌だったら、別の場所でも」
なんでもないことのように言う圭吾くんを前に、私はどうすべきか迷って…返す言葉を、頭の中でひたすら探していた。
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圭吾と一緒に終電を逃してしまった麻由の選択は?