「あんなに優しかったのに、一体どうして?」

交際4年目の彼氏に突然浮気された、高野瀬 柚(28)。

失意の底に沈んだ彼女には、ある切り札があった。

彼女の親友は、誰もが振り向くようなイケメンなのだ。

「お願い。あなたの魅力で、あの女を落としてきてくれない?」

“どうしても彼氏を取り戻したい”柚の願いは、叶うのか――。

◆これまでのあらすじ
賢也と穂乃果が2人で箱根旅行をしていたことに気づいた柚。穂乃果の夫に会い、穂乃果の不貞をばらそうと決意する。

▶前回:彼氏の浮気相手のストーリーズ。映り込んでいた「そこにあってはいけないモノ」とは…




― 旦那さんに会いにいこう。…でも、どうやって?

柚は、賢也のスマホをそっと元の位置に戻し、首をひねる。

そもそも穂乃果の夫の情報など、なにひとつ持っていないのだ。もちろん顔もわからない。

― Instagramを見たら、なにか載っているかな?

そう思って穂乃果の投稿をさかのぼり続けたものの、キラキラした写真の数々には結婚生活の気配すらなかった。

しかし、ふと手を止める。

夫の写真はないものの、自宅や庭の写真や、「近所のカフェ」などの写真は投稿されている。

― ストーカーみたいだけど、これを集めていったら自宅のざっくりした場所がわかってしまいそう…。

そう思い至った柚はその晩、ほとんど眠らずに穂乃果のアカウントから情報を集め続けた。



翌日の木曜日。仕事を16時で終えた柚は、穂乃果の家がある吉祥寺に直行する。

夕方の街は、制服姿の学生たちや子ども連れの親子で賑わっていた。

それを横目に、穂乃果が「近所のカフェ」と投稿していたオシャレなコーヒースタンドを探した。

「あれ?ここかな」

まさにInstagramに載っていたお店と同じ外観。そこを起点にして、柚は小一時間歩き回る。

そしてついに、インスタに載っていた穂乃果の自宅にそっくりな家を見つけた。


穂乃果の夫に接触する柚。穂乃果の不貞を暴露すると…


近づいてみると、表札には確かに「槙野」と書かれている。

― これだわ。こんなことしたら、本当はいけないのだけれど…。

うしろめたく思いながらも、少し離れたところで穂乃果の夫の帰りを待つことにした。

もう汗だくだ。

待ちぼうけのまま18時をまわり、次第に空が暗くなってくる。

半ば途方にくれた。

― 旦那さんは、もう家にいるかもしれないし、深夜帰宅かもしれないし…。

それでも、執念で待ち続けていたそのとき。スーツ姿の男性がやってきて、「槙野」と書かれた門に手をかけた。

― あの人よね?絶対、旦那さんよ。

少し白髪の混じった、細身で背の高い男性。顔には疲れがにじんでいるが、スーツもカバンも上等なものだとひと目見ただけでわかる。

このタイミングを逃すわけにはいかない。とっさに柚は、駆け寄った。

「あの!穂乃果さんの旦那さまですか?」

「は、はい。あなたは…?」

怪訝そうな顔で、穂乃果の夫はかすかに首をひねる。

「あの…穂乃果さんが、私の彼氏と関係を持っているんです」

「へ?」

突拍子もないことを言う柚に、穂乃果の夫は間の抜けた声を出して固まる。当然の反応だ。

「いや、急にすみません。…穂乃果さん、一昨日から箱根旅行に行ってましたよね?」

「ええ、たしかに行ってましたけど」

「それ、私の彼氏との旅行なんです。ほら…」

柚は、自分のスマホを男性に差し出す。

表示されているのは、浴衣を着た賢也の腕に、穂乃果がすっぽりと収まっている写真。昨晩こっそり、賢也のスマホの画面を撮影したものだ。

「はあ…」

男性はしばらく画面に見入ったあと、独り言のようにつぶやいた。




「…女友達と旅行って聞いてたのになあ。やはり男だったのか」

「はい」

穂乃果の夫は、「申し訳ないです」と言ったあと、小声で「実はね」と言う。

「ここのところ、穂乃果の言動を怪しいと思っていたところなんです。最近、変に帰りが遅かったりして…」

そのとき、玄関のドアがガチャっと音を立てて開いた。

なんと玄関ドアから、穂乃果が半身を出してこちらの様子をうかがっている。ベージュのフリル付きのエプロンを身に着けていて、いかにも家庭的な雰囲気だ。

「あのお…。どちらさまで?」

白くて美しい顔。

― どうしよう…。

心臓が跳ねるばかりで、何も言葉が出てこない。

― 穂乃果さんが出てくるなんて、想定していなかった!

自分の無計画さを呪い、汗が冷えていくのを感じていると、穂乃果の夫が困り顔で口を開いた。


夫が口にしたのは、予想外の一言だった


「この方の犬がね、このあたりで逃げちゃったみたいなんだ」

「あら…。それは心配ね」

穂乃果は眉をハの字にして、同情の目で柚を見る。

「え、ええ。そうなんです」

― 犬?

謎の展開に困惑しつつも調子を合わせると、穂乃果の夫は、柚に向かってこう言った。

「連絡先、教えてもらえますか?もし見かけたら、連絡しますから」

穂乃果の夫が小さな声で「いいから」と言ってカバンからペンとメモを差し出す。

言われるがまま、それにメールアドレスを書いた。

「あと、さっき見せてもらったお写真もよかったら送ってください。…近所の人たちに犬の情報、共有できますから」

紙を渡すと、穂乃果の夫は「ありがとうございます」と軽く頭を下げ、会釈をしてから家に入っていった。

帰りのタクシーの中で、柚はさっそく穂乃果の夫に連絡を入れる。言われたとおり、例の浴衣ツーショットの写真を添付して。

「先ほどの高野瀬 柚と申します。突然押しかけたりして、本当にすみませんでした」

「槙野秀和です。こちらこそ、さきほどはとっさに迷い犬などと突然言ってしまい、失礼しました。
箱根旅行、男の人とだったんですね。ショックです。
やはり、探偵をつけることにします。いただいたお写真、探偵に提出しても構いませんか?」

それから秀和は、「不貞につながる情報は、なんでもください」と念をおしてきた。

― 秀和さん。まともそうな人でよかった。

穂乃果と秀和の夫婦関係がどうなっているのかはわからない。でも、夫に「女友達と旅行」などと嘘をつくなんて、やっぱりどうかしていると思う。

― 穂乃果さんにもバチが当たればいいわ。




疲労困憊で玄関のドアを開けると賢也はもう帰ってきていて、テレビを見ていた。

「遅かったね。腹減った」

賢也はテレビを見続けながら言い、数秒後にこう付け加える。

「あ、あと洗濯機の上にあるジャケット、クリーニング出しといてくれない?」

…横柄な態度で指示をしてくる。もう我慢ならない。先日一瞬だけ現れた優しい賢也は、どこへ行ったのだろうか。

― 賢也は、私を家政婦みたいに思っている。

賢也がこの部屋を出ていかない理由など、そのくらいしか考えられない。

今すぐに賢也をフッてしまいたい衝動が襲う。でも探偵に撮られるまで。痛手を負わせる日まで、今は賢也を泳がせておくのだ。



それからの3日間は、賢也の帰宅が連続して遅くなった。箱根で穂乃果と完全によりを戻し、遊び呆けているのだろう。

またこんなLINEが、19時頃に送られてくるようになる。

「ごめん、今日も遅くなる」

でも、もはや虚しさも感じない。

…ただ、こんな暮らしはもう終わりにしたかった。

探偵に、一日でも早く賢也たちをとらえてもらいたい。

そう思いながら柚は、揚げる直前まで仕上げていたカニクリームコロッケを冷凍庫にしまう。

穂乃果の夫、秀和から目を疑うような連絡が入ったのは、それから数日後のことだった。

▶前回:彼氏の浮気相手のストーリーズ。映り込んでいた「そこにあってはいけないモノ」とは…

▶1話目はこちら:「あの女を、誘惑して…」彼氏の浮気現場を目的した女が、男友達にしたありえない依頼

▶Next:7月22日 金曜更新予定
柚は、穂乃果の夫から、まさかの連絡を受ける…