「結婚するなら、ハイスペックな男性がいい」

そう考える婚活女子は多い。

だが、苦労してハイスペック男性と付き合えたとしても、それは決してゴールではない。

幸せな結婚をするためには、彼の本性と向き合わなければならないのだ。

これは交際3ヶ月目にして、ハイスペ彼氏がダメ男だと気づいた女たちの物語。

▶前回:結婚に焦る31歳・看護師。アプリで念願の彼氏をゲットしたが、あるコトに不満が爆発し…




Episode 11:栞(31歳・化粧品会社勤務)の場合


「栞?僕に何かついてる?」

土曜日の昼過ぎ。

私は、もう少しで交際3ヶ月を迎える海斗と、秩父宮ラグビー場で試合観戦をしていた。それなのに、チラチラと視線が向かう先は、グラウンドではなく、となりに座る彼。

仕事を終えたばかりの海斗は、スーツ姿のままで、額に汗をにじませている。

ジャケットを着ていてもはっきりとわかる上腕の筋肉と、胸板の厚さ。はち切れそうな太ももは、筋肉フェチの私にはたまらない。

大学時代、ラグビー部の主将をしていたという彼は、今でも現役選手のような逆三角形の体型を維持しているのだ。

「あ、ううんっ!海斗くんも、そのまま試合に出られそうだなーって」

顔は、俳優で実業家でもある坂口憲二にそっくりで、まさに私の好きな“イケメン・ゴリラ系”。この日も、どこをどう見てもかっこいい。

「いや、さすがにもう動けないよ!僕がラグビーやってたのなんて、10年以上前だしね」
「そう?でも、今も筋肉すごいし、肩に子どもを乗せてるお父さんの姿が想像できるよ」

すると、次の瞬間。

海斗は、手に持っていたビールをゴクゴクッと飲み干した。

「栞、結婚しよう!」

プロポーズだなんて、本当だったら飛び跳ねて喜びたいところ。

…だけど、私にはどうしても引っかかることがあって、イエスとは言えなかった。


見た目は超タイプ、全方位かっこいい彼なのだけれど…


大学卒業後、化粧品会社に就職した私は、デパートのコスメ売り場に配属された。

メイクが好きだったし、接客も得意。そんな私にとって、いち早く新商品を使って、お客様や自分にメイクできる職場は、控えめに言って最高だった。

ところが、4年前。

趣味で始めたSNSのメイク動画が社内で評判になったのをきっかけに、次の人事異動で広報部に所属することになったのだ。

最初は売り場を離れるのが嫌だった。けれど次第にPRの仕事の楽しさに目覚め、今ではフリーになるための下準備も計画的に進めている。

― 結婚後には独立していたいし、そろそろ相手も見つけたほうがいいよね。

そこで、登録したまま放っておいたマッチングアプリを開いたのが、海斗との出会いのきっかけだった。

私より2つ上の33歳。テレビ局でディレクターをしていて、年収は1,000万。しかも、見た目がめちゃくちゃタイプ。

そんな彼からの“いいね”は、3日前の日づけだ。

私が慌てて反応すると、海斗からのメッセージはすぐに送られてきた。

海斗:はじめまして!栞さんは、スポーツ観戦がお好きなんですね。どんなスポーツを見るんですか?ちなみに僕は、大学時代までずっとラグビーをしていました。

栞:はじめまして。ルールは詳しくないですけど、サッカーも野球も見ます!あ、この間、友達とラグビーを見に行きました。

これには、元ラガーマンの彼は気をよくしたようで、メッセージの温度がグンと上がる。次の週には、早々にニュージーランド産の羊肉が人気の『ワカヌイ グリルダイニング・バー東京』で食事をすることになった。

海斗の第一印象は、写真で見るよりもずっとがっしりとしていて、気配り上手。メニューやお酒を選ぶときも、率先して決めてくれるところが、頼りがいがあっていい感じだった。

東京タワーを望むこのレストランには、ラグビー選手もよく来店するらしい。そんなことを饒舌に話す姿は見た目とギャップがあって、なんだか可愛い。彼も、私に好印象を抱いてくれているのがわかる、心地いい時間だった。

2回目のデートは、1週間後。

六本木のスポーツバーで、サッカーの試合を見て盛り上がり、3回目のデートではラグビーの試合を見に行った。

そして、その帰りに彼から告白され、交際がスタートしたのだった。




「栞は、山とか海って好き?」
「んー、好きなほうかな。でも、どうして?」

交際開始から、1ヶ月たったころ。

お台場にある海斗のマンションに呼ばれ、唐突に聞かれた。彼は、真っ赤なリモワのスーツケースに、いそいそと着替えを詰め込んでいる。

「いや、実は明日から、番組制作で2週間山梨に行くんだよね」
「番組制作?海斗くんって、スポーツ担当じゃなかった?」

確か、彼のマッチングアプリのプロフィールには、“スポーツ部所属”と書かれていたはずだ。

「あれ、言ってなかった?半年前から、いろんな地域のドキュメント番組を作る部署に異動になったんだよ!北九州とか仙台にも行ってるんだけど、それが僕にすごく合っててさ」
「そっか…、じゃあ次に会えるのは少し先だね。気をつけて行ってきてね!」

だが、彼が東京に帰ってきたのは、予定より1週間もあとだった。

「山梨、すごくいいところだったよ!現地で仕事を進められるようにしてもらって、ゆっくりしてきたんだ。今って、通信環境さえあれば、どこでも働けるしね」
「う、うん。よかったね。私も、たまにはどこか違うところで仕事してみたいかも…」

― 海斗くんが帰ってくるって言ってた週末、予定空けてたんだけどな…。まあ、約束してたわけじゃないし…ね。

日焼けをしたせいで、ますます白く目立つ歯を見せて笑う海斗は、気を落としている私にまったく気づいていない。それどころか、次の週は栃木へと出かけて行って、3日延泊して帰ってきた。

― 仕事なんだから。

そう自分を納得させて、シャワーを浴びたあと。

私は、彼から送られてきたLINEを読んで、思わず顔をしかめてしまった。


出張を終えた彼からのLINE、そこにはなにが書かれていた?


海斗:今から会えないかな?お土産があるんだけど、生菓子だから早く渡したいんだ。

時刻は、22時。

― 今からって、結構微妙な時間じゃない?もう、お風呂にも入っちゃったし。

栞:お土産ありがとう!でも、もう遅いから今日は無理かな。明日は?
海斗:そっか!じゃあ、会社に持っていくからいいよ。気にしないで!

せっかく買ってきてくれたのに、悪かったかなと思ったのも束の間。

海斗:今日、栃木で物件探してきたんだ!近いうちに、引っ越そうと思ってる。

リモートでも仕事はできるし、新幹線で通勤すればすぐだから、栃木に拠点を移すと言うのだ。

― 何だろう、このモヤモヤ…。そうだ!海斗くんって、まだマッチングアプリ退会してなかったよね。私も削除する前に、もう1回だけ見ておこう。

こうして、改めて海斗のページを読み返してみると、そこには、「東京都世田谷区出身、港区在住。仕事柄転勤になることはほぼありません」と書かれている。

― うんうん、そうだった!

プロフィールに書かれている情報が、今の彼とどうしても噛み合わないのだ。

たとえば食の好みは「肉料理一択」と書かれているのに、彼は今では「栃木で畑を借りて無農薬野菜作りをしたい」と言っている。

興味の対象が変わることは誰にだってあり得ることだが、短期間なのに振れ幅が大きすぎて、私は1人置いてきぼりの気分になった。

そうして迎えたのが、あのプロポーズの日だった。




「海斗くん…栃木に移住するって言ってたよね?結婚して、一緒に栃木で暮らそうってこと?」
「うん、そうなったらいいなって思ってる!」

照れくさそうにする様子から、彼が悪い人ではないということは伝わってくるし、こんなときでもやっぱりかっこいい。

「…それって、いつごろから考えてたの?」
「ほら栞、自然が好きだって言ってたし、たまには違うところで仕事したいんでしょ?さっきは、子どもを肩にって。だから、うまくやっていけるんじゃないかなって思ったんだけど…」

― それくらいのことで…?

ここにきて、私は気づく。

海斗は即決・即行動型で、自分は熟考・慎重型。…私たちには、決定的な違いがあるのだ。

「実は私ね、いつか結婚後したらフリーで働けるように、4年近くかけて準備してるところなの」

「それはすごいね!でも、そんなに石橋を叩きすぎたら、渡る前に壊れちゃいそうだな。僕の場合は」

海斗は、自虐的に笑っている。

「何かを決めたり、始めたりするのって、私にとってはすごい挑戦で時間がかかることだから、海斗くんとは進んでいくペースが違いすぎちゃうと思う。最近、ずっとモヤモヤしてたんだ。結婚ってなったら、私たちもっといろいろなズレが出てくると思うから…だから、ごめんなさい」

「うん…、言われてみると確かにそういうことってあるかもしれないね。わかった!じゃあ今日は、試合が終わるまで一緒に見て、別れよう」

そう言って笑う海斗は、スポーツマンらしく潔くてホッとした。

― あーでも、彼ってやっぱりかっこいいし、惜しかったかな?…ううん、違うよね。

こうして、私たちは交際3ヶ月で破局した。

見た目や肩書よりも、同じペースで歩んでいける相手。次は、そんな出会いに期待したい。

▶前回:結婚に焦る31歳・看護師。アプリで念願の彼氏をゲットしたが、あるコトに不満が爆発し…

▶1話目はこちら:「今どのくらい貯金してる?」彼氏の本性が現れた交際3ヶ月目の出来事

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とにかくせっかちな彼に合わせて、自分もペースアップした女が得た別の幸せとは…?