“結婚できない女”をみてきた婚活カウンセラーが本音を暴露。恋愛なんて…
東京で生きる、孤独な男女。
彼らにそっと寄り添い、時には人生を変えてくれるモノがある。
ワインだ。
時を経て熟成される1本は、仕事や恋、生き方に日々奮闘する私たちに、解を導いてくれる。
これは、ワインでつながる男女のストーリー。
▶前回:街で見かける“おしゃれママ”の裏側。港区在住31歳女の心の闇とは
Vol.8 女の分岐点
〈プロフィール〉
名前: 美希(30)
職業:結婚相談所カウンセラー
住所:池尻大橋(母親と2人暮らし)
「ヤマダ様の魅力をわかってくれる男性は必ずいます。不安になるお気持ちはわかりますが、もっと自分に自信を持ってください」
彼女は何件か破談を経験し、仮交際中の彼との関係も不安になって泣き出してしまったのだ。
ここは、私の母が20年前に起業した、恵比寿にある結婚相談所だ。
従業員30人ほどのこの会社で、私は婚活カウンセラーとして働いている。
様々な理由から「結婚したい」と願う男女が、その目的を短期間で達成するこのシステムは合理的だと思う。
統計データや、人の深層心理を探り、より良い選択を提示することに喜びを見出す私にとって、この仕事は天職だ。
そんな私の恋愛事情は……。
50代には見えない「美魔女社長」と言われている母の血を受け継いでか、学生時代からモテなくはなかった。
でも、両手で収まるくらいの人数と交際し、人並みの経験をして、気がついたことがある。
ときめく感情が理解できないし、求められるまま、キスやそれ以上の関係に発展しても、“粘膜の接触”以上の意味を持たなかった。
「私は恋愛に興味がない!」という事実に気づいてから、仕事に邁進する日々に満足していた。
彼に会うまでは…。
恋愛に興味がなかった美希が出会った“彼”とは?
今付き合っている彼、昌人との出会いは半年前。
仕事の帰り、恵比寿駅西口の改札前にいた私に、彼が道を尋ねてきたのだ。
携帯が突然壊れ、友人と待ち合わせをしていたカフェの場所がわからなくなったという。
昌人の持つ柔らかい雰囲気に、私は一目惚れをした。
学術的には、一目惚れという現象には諸説あるらしい。
脳の錯覚だという説。
子孫繁栄のため、自分のとって有利な遺伝子を瞬時に汲み取るという説。
それまでは、前者の説を信じていた。でも、彼に会ってから、後者の説を信じるようになった。
彼と恋に落ちたのは、動物的勘だった。
「携帯が復活したら、よかったらLINEください」
「この人のこと、もっと知りたい」と思った私は、道案内を終えたあと、平静を装いながら笑顔でLINEのIDを書いた紙を渡した。
彼は驚いた顔をしていたが、2日後にLINEが届いた。
そして、数回のデートを経て、交際へと発展したのだ。
当時、昌人は、恋人に振られたばかりで寂しい時期だったと後から知ったのだが…。
私の勘は正しく、優しく、優秀で、体力も精神力もある彼。パートナーとなる相手として、相応しい条件がそろっていた。
ただ、1つだけ問題がある。
私は30歳、彼は34歳。お互いそろそろ結婚を意識しているのだが…。
「母親が専業主婦だったから、結婚したら、奥さんが家にいてくれたらいいなって思うよ」
前回のデートで聞いた、彼の理想の結婚生活像は、私の理想とはかけ離れているものだった。
そのうえ、彼の実家は、京都で有名な製菓会社を家族で営んでいるのだが、来年地元に戻り家業を継ぐというのだ。
― 私は結婚相談所を継いで、東京でバリバリ働き続けたいんだけどな…。
仕事を終え、私は、母と2人で住んでいる池尻大橋のマンションで、昌人との今後について考えていた。
そのとき、仕事用のチャットに相談所のメンバーから新着メッセージが届いた。
― もう夜の11時だけど、こんな時間に誰?
メッセージを確認すると、昼間面談をしたヤマダさんからだった。
『もう自分が嫌です。婚活やめます』
― えっ?確かにヤマダさん、自暴自棄になっていたけれど…。
深夜のトラブルに困惑した美希に、さらなる試練が待ち受けていた…!?
母に相談するためリビングへ移動した私は、さらに衝撃の光景を目の当たりにする。
「お、お母さん!?」
なんと、そこには気を失って床に倒れている母がいたのだ。
「大丈夫?しっかりして!?」
私は急いで救急車を呼び、病院へ向かった。
「お母さまは今、点滴を打ちながら休んでいます。過労でしょう。1週間ほど入院して検査などして様子を見ましょう。1階の時間外受付で手続きを…」
高齢の男性の医師は、事務的に私に告げた。
◆
1週間後。
「ヤマダ様、納得がいかないことがあれば、しっかり2人で話し合いをするべきですよ」
彼女は、仮交際中の男性のメッセージの返信がそっけないことで「どうせ私なんて…」と、むなしい気持ちになってしまったようだ。
面談で前向きになった彼女を見送った後、私は母が入院する病院に面会時間ぎりぎりで駆け込んだ。
「迷惑かけたね。病院食が味気なくて。明日退院したら生ハムと赤ワインでも飲みたいわ」
そう言って無理やり笑顔を作る母は、少し痩せたように見えた。
昌人とは『美希も、無理しすぎないでね』という彼からのLINEを最後に、5日前から連絡をしていない。
― 今は、私がしっかりしないと。残った仕事も片付けよう。
再び恵比寿の職場へ向かう道中、閉店間際のワインショップが目に入る。
「退院祝い…。1杯くらいなら乾杯しても良いよね」
イタリアワインコーナーで、目に留まったある1本のワインに即決した。
「ふふ、これにしてみよう」
翌日。
「お母さん、退院おめでとう!」
「美希、ありがとう。このワイン、初めてみたわ…」
そこまで詳しくない私が、このワインに決めた理由は単純だった。
商品のポップに“ソムリエオススメ”と書いてあったこと。
そして、このワイン名が気に入ったからだ。
「このワイン、お母さんの麻里奈と同じ『Marina』って名前だったから、気になってさ」
2人で乾杯をしたその赤ワインは、マリナ・ツヴェティッチ モンテプルチアーノ・ダブルッツォ マシャレッリ。
モンテプルチアーノというブドウ品種だった。
ジャムのような濃厚な香りの中で、口に運ぶとほろ苦さと塩気が余韻に残り、なんとも上品な味わいだ。
再び、グラスを鼻に近づけると、さらにムスクのような妖艶な香りも漂う。
「さすがマリナ!すごく美味しい」
あまりに上質な味わいに、2人でこのワインについて詳しく調べた。
ワイナリーを作ったのは、ジャンニ・マシャレッリで、マリナは、彼の妻の名前からとったそうだ。
そして、素晴らしい作り手であるジャンニ氏を若くして亡くなったあとは、妻のマリナが夫の遺志を継ぎワイナリーを守っているという情報も書かれていた。
すると、ワインを再び口にした母が突然、涙を流し始めた。
「どうしたの?」
「あなたが小さい頃から、私は仕事ばかりで…ごめん。美希には、女として幸せになってほしいと思っているのよ」
父と死別してから、プロとして数えきれないほどの男女を長年見てきた母。
昌人の存在は母にまだ話していなかったが、私の恋愛のことを心配しているのだと察しがついた。
「この1週間大変だったけど、さらに仕事が好きになったの。このマリナさんがワインに向き合って、味を守り続けているように、この会社をもっと大きくするのが、私の目標なのよ」
私の言葉を聞いて、母が何か言いかけたとき…。
仕事用のチャットの着信音が聞こえ、私は反射的に携帯を手に取ってしまった。
「もう…。プライベートでも仕事のことばかりなのは、誰に似たんだか…」
母の言葉を聞き流しながら、私は、メッセージを確認する。
『仮交際中の彼から真剣交際を申し込まれました!話し合いの大切さを教えて下さったおかげです。ヤマダ』
私は、嬉しくなって思わず母に報告する。
「ヤマダさん、良かったね。話し合い…ね。そういう美希はできてる?」
その瞬間、昌人の顔が浮かぶ。
「ちょっと隣の部屋で、電話してくるね」
昌人は、ワンコールで電話に出た。
「もしもし、美希?お母さんは大丈夫?」
「うん、ごめん。連絡できなくて…。こんな時だからこそ、昌人にちゃんと相談すればよかったね」
「本当だよ、ずっと心配してた。俺は、論理的で勢いがある美希が好きだよ。でも、俺との関係には遠慮してる気がしてさ…。何でも相談してよ」
私は、彼の優しい声を聞いて安心する。
「……私、結婚しても仕事は続けていきたいって思ってるの。だから、昌人の理想の女性にはなれないかもって考えてた」
「理想は理想。でも俺が好きなのは美希だから。お互いが納得できることを話し合って考えていこうよ」
― やっぱり私、仕事も昌人との関係も、大切にしたい!
電話を切り、深呼吸をして私はリビングに戻った。
「ねぇ、私、関西に支社を作ろうと思う」
ワイングラスを片手に母に言った。
「うん、それは事業化計画を出してくれれば検討する。でも、その前に色々聞きたいことがあるんだけど」
母はワインを注ぎながら、ニヤリと笑った。
◆今宵の1本
マリナ・ツヴェティッチ モンテプルチアーノ・ダブルッツォ マシャレッリ
(Marina Cvetic Monteplciano D'aburzzo /Masciarelli)
イタリア アブルッツォ州 サンマルティーノ
モンテプルチアーノ100%の赤ワイン。
マリナ・ツヴェティッチシリーズは、マシャレッリが手がけるワインの中でも上級ラインとしてリリースされている。
1987年創業のマシャレッリは、アブルッツォ州のワインの知名度を高めた存在感のあるワイナリー。
モンテプルチアーノも、決して高級品種といわれるブドウではなかったが、世界中にそのブドウ品種の可能性を提示した。
創業者であるジャンニ・マシャレッリ氏は、残念ながら52歳の若さでこの世を去るが、妻のマリナ氏が遺志を継ぎ、今なお素晴らしいワインを造り続けている。
▶前回:街で見かける“おしゃれママ”の裏側。港区在住31歳女の心の闇とは
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