結婚したら、“夫以外の人”に一生ときめいちゃいけないの?

優しい夫と、何不自由ない暮らしを手に入れて、“良き妻”でいようと心がけてきた。

それなのに・・・。

私は一体いつから、“妻であること”に息苦しさを感じるようになったんだろう。

◆これまでのあらすじ

義母からの“孫ハラ”に悩む麻由。さらに夫に浮気疑惑が持ち上がり、ツライ日々。そんな中、カフェの推し店員・圭吾と食事することになり、急接近…?

▶前回:会社に泊まったはずの夫が、見たことないスーツを着て帰ってきた。問い詰めたら…




圭吾とのデート


圭吾くんと“就職内定お祝い”の食事に出かけた夜。

ヒルトン東京の中華レストランで食事をし、ほろ酔い気分でお店を出た。

「ごちそうさまでした」と笑顔で言われたあと、「ところで麻由さん、よかったらこの後…」と圭吾くんがささやく。

― この後、なんだろう?まだ21時だし、もう1杯飲もう、とかなら全然アリだけど…。

「麻由さんと、一緒に行きたいところがあるんです」

不意に、圭吾くんがグッと私に顔を近づけてきた。

ほんのりと赤い顔でそんなことを言われたら…私は行き先も聞かず、つられてコクリとうなずいてしまった。


圭吾が麻由を連れて行った先は?


「麻由さん、日本酒好きですか?」

「うん、意外といけるよ!」

圭吾くんに連れられて訪れたのは、西新宿の『原始焼 二代目 魚々子』。

金曜夜ということもあり、サラリーマンを中心ににぎわっていた。

カウンター席に通されると、目の前で魚をあぶっている様子を見ることができて、テンションが上がる。

ずらりと並ぶ日本酒のメニューにも、心が躍った。

― こういう居酒屋って最近あまり来てなかったから、新鮮かも!

「いいお店知ってるね!ここ、よく来るの?」

「この近くの会社でインターンしてるから、時々来るんです」

ホテルディナーも素敵な時間だったけれど、こうして居酒屋でくつろいだ気分でお酒を飲むのも、また違った楽しさがある。

「ここのホッケすごくおすすめですよ。もし、まだお腹に余裕があったら、食べてみませんか?」




築地から仕入れた新鮮な魚介料理がウリのお店だ。

炭で丁寧にあぶられたホッケや白子ポン酢をおつまみにして、お酒がすすむ。

浩平の浮気疑惑のこともあり、なんだか今日は「私も少しくらい羽目を外したって…」という気分だ。

圭吾くんもさっきよりリラックスした表情に見える。

仕事のこと、趣味のこと、学生時代のこと。

お互いに話は尽きなくて、時間が経つのはあっという間だった。

「そういえば麻由さんの旦那さんって、どんな方なんですか?」

ラストオーダーで注文した、じゃこと三つ葉の出巻玉子を箸で切り分けながら、圭吾くんが私に尋ねる。

「うちの夫かぁ。うーん、真面目で優秀な人だよ。5つ年上で、商社で働いてる」

「エリートじゃないですか。麻由さんは、旦那さんのどういうところが好きなんですか?」

「す、好きなところ?そうね…」

皿に取り分けられたふわふわのだし巻き卵を見つめながら、思わず口ごもる。

夫の好きなところを問われて、今まで私はなんと答えていたのだろう。

誠実なところ?優しいところ?寛容で、めったに声を荒らげないところ…?

妊活のことで口論になったり、他に女性の影がちらついたりしている今、夫の好きなところを問われてもパッと思い浮かばない。

でも…。

「優しいところかな。家庭的だし、一緒にいて安心感があるの」

「めっちゃいい人じゃないですか!」

圭吾くんに、夫の不満を漏らすわけにはいかない。

直感的にそう思った。

「じゃあ麻由さん、そろそろ帰らないとですね。優しい旦那さんも待っていることだし」

「あ、うん…」

「今日は連れまわしちゃってすみません。遅くまでありがとうございました」

圭吾くんは「さっきご馳走になっちゃったので」とサッと会計を済ませてくれて、私たちは店を出る。

― あっけないくらい普通の飲みだったな……。

駅に向かって歩きながら、密かに苦笑する。

今日のことは、“推しメンと飲みに行けたラッキーな思い出”として、胸にしまっておこう…そう心に決めた。

「麻由さん、気をつけて帰ってくださいね」

「ありがとう、圭吾くんも」

いつかの夜みたいに、新宿駅の西口改札を入り、14番線ホームにあがる階段の手前で向かい合う。

私は中央線に乗るから、山手線に乗る圭吾くんとは、ここでお別れだ。

「じゃあ、今日はありがとう」と言って彼に背を向けて歩き始めた、その時――。

「麻由さん。ちょっと待って!」




不意に、彼に腕を掴まれた。驚いて振り向くと「あ、すみません」と彼がぱっと手を離す。

「コレ、麻由さんに渡すの忘れてました。今日のお礼に、と思って」

手渡されたのは、『アトリエうかい』の紙袋だった。中からのぞくカラフルなクッキー缶を見て、私は歓声を上げる。

「ありがとう…!私、甘いもの大好きなの」

大好きなコーヒーと一緒につまんだら、きっと最高においしい。想像して、自然と笑顔になる。

すると圭吾くんは、少し何かを迷ったように沈黙した後、口を開いた。

「…じゃあ、今度はスイーツ巡りにでもお誘いしてもいいですか?」

「う、うん!」

勢いでうなずくと、圭吾くんは「約束ですよ!」と念押しをして、爽やかに手を振って去っていく。

― 何これ…。やばい、好きになっちゃいそう。

ドキドキしながら、私はゆっくりと中央線のホームへと足を進めたのだった。


圭吾にときめく麻由。一方、夫との関係は…


1ヶ月後


「じゃあ、今日も泊まりだから」

「…そう。いってらっしゃい」

浩平は今日も、私と目を合わさずに家を出ていく。

扉の閉まる音がした瞬間、私は深くため息をついた。

― 本当に堂々と“お泊まり”するようになったなぁ…。ナメられてるな、私。

先月、彼が「週末を挟んで大阪出張」と言っていた期間、大阪になんて行かずに都内のシティホテルに宿泊していたことを、私は知っている。




彼のスーツをクリーニングに出そうとしたら、ポケットからホテルの領収書が出てきたのだ。

それを見つけた瞬間、浮気されていることへの悲しみや苦しさよりも、夫が自分のことを軽く見ていることへの怒りのほうが勝った。

― 浮気するなら、せめてバレないようにしてほしい。

“決して傷つけてはいけない存在”として、妻である自分を丁寧に扱ってほしかった。

偽りの大阪出張以来、浩平は公然と外泊を繰り返すようになった。

その態度を見ても、「浮気がバレても、きっと妻は自分と別れないだろう」と根拠なく信じ、私を侮っているような感じがする。たまらなくイヤな気分だった。




ヴヴッ――。

1人のリビングでスマホの通知音が鳴る。確認すると、圭吾くんからのLINEだ。

『圭吾:おはようございます!麻由さんは今日もお仕事ですね。僕も今日はインターンです、お互い頑張りましょう!』

前向きな文面に、ささくれ立った心がふっと癒される。

先月彼と食事をしてから、ほぼ毎日LINEするようになった。

そして、軽く飲んだり、休日にお茶したりすることもある。

回を重ねるごとに、圭吾くんからやんわりとアプローチを受けるようになった。

「僕みたいな男って、麻由さん的にアリですか?」とか、「麻由さんが独身だったらなぁ」とか。

口説き文句とまでは言わないけれど、小さく小さく、ジャブを打たれているような感じがする。

そのほんのりとしたアピールは、夫の浮気によって疲弊した私の心を、絶妙に癒してくれていた。

推している男の子から好意を持たれていることへの純粋な喜びと、「私だってまだまだイケる」という自己肯定感とで、心がすごく満たされる。

今や、圭吾くんとの関係は、私の精神安定剤のようになっていた。




会社帰りに…


そんなある日。

帰り道、いつも通り会社を出てサザンテラスを歩いていると、1人の女性から声をかけられた。

「ちょっといいですか。あなた、麻由さんですよね?」

「はい、そうですが…?」

見ると、どこかで見たことのある女性だ。

― あ、カフェのバリスタの子だ…!

圭吾くんが就活の面接で不在だった日、この女性にコーヒーをいれてもらったことを思い出す。

つやつやに手入れされた綺麗な髪に、ぱっちりと大きな目。それに、雪のように白い肌…。

お店で接客を受けた時は、気がつかなかったけれど、こうして見てみるととても美人な子だった。

「私、圭吾と付き合ってます。単刀直入に言いますが、圭吾と連絡取るの、やめてくれませんか?」

私は驚いて、彼女の顔をまじまじと見つめる。

圭吾くんに彼女がいることを、今まで想像しなかったわけじゃない。

でもここ最近は、これだけ頻繁に連絡を取り合っているから、きっと彼の中で自分は本命の女に位置づけられているのだと、期待を持ってしまっていたのだ。

頭をガツンと殴られたような、大きな衝撃だった。

▶前回:会社に泊まったはずの夫が、見たことないスーツを着て帰ってきた。問い詰めたら…

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圭吾の彼女と対峙する麻由。どう切り返す?