「あんなに優しかったのに、一体どうして?」

交際4年目の彼氏に突然浮気された、高野瀬 柚(28)。

失意の底に沈んだ彼女には、ある切り札があった。

彼女の親友は、誰もが振り向くようなイケメンなのだ。

「お願い。あなたの魅力で、あの女を落としてきてくれない?」

“どうしても彼氏を取り戻したい”柚の願いは、叶うのか――。

◆これまでのあらすじ
穂乃果が既婚者であることを知った賢也は、穂乃果を振って柚の元へ帰ってきた。急に優しくなり、料理を作ってくれるようにまでなった賢也。柚は、つい恋人としてやり直してしまうが…。

▶前回:「フラれたんじゃない、俺からフッたんだ!」恋の終わりをドヤ顔で語る元彼に、女はドン引きして…




「賢也、最近ホントに優しいの。まさに雨降って地固まるってやつね」

仕事終わりの火曜日。

柚は、パスタをフォークに巻き付けながら創にのろけた。

賢也は、今朝から1泊2日の大阪出張に出ている。だから『lilgo』で創とディナーをしてから帰ることにしたのだ。

大阪出張は昨晩遅くに急に決まった。賢也は1時半頃までバタバタと支度をしていたので、今日柚は軽い寝不足である。

「…にしても創には、迷惑をかけたわ。ごめんね。まさか穂乃果さんが既婚者だったなんて」

「もう連絡は絶ってるよね?」と心配して聞くと、創は笑った。

「もちろんだよ。でも無視しててもあんまりしつこく『会いたい』って言われるから、昨日ついにブロックしたんだ」

― 穂乃果さんは、賢也に振られて、創にもブロックされたわけか。

思わず同情したとき、創は「でもさ」と大きな目で柚を見た。

「賢也とヨリを戻して、大丈夫なのか?」

「なんで?」

「いや…一度浮気した男の気持ちって、そう簡単には戻ってこないと思うからさ」

「そんなこと…。私は賢也を信じてるの。信じてるのよ」

半ば自分自身に言い聞かせるように、柚は言った。



帰宅して、スマホを片手に湯船につかる。

「大阪は今、雨か…」

柚は、遠くにいる賢也に思いを馳せた。

今朝、賢也が引いていたRIMOWAのシルバーのスーツケースには、3年も前に柚がプレゼントしたラゲッジタグがついていた。

グローブトロッターのライトグリーンのタグ。付き合いたての頃に贈った思い出の品を、賢也は今でも大事につけてくれていたのだ。

― 穂乃果のせいで色々あったけど、一段と絆が深まったように思えるわ。

今回の騒動も、いつか笑い話にできるだろう。

明るい将来を想像しながら、なんとなく穂乃果の様子が気になってインスタを開いてみた。


穂乃果のインスタを見た柚は、ありえない投稿を発見する


5時間前のストーリーズによると、穂乃果は今誰かと箱根の温泉宿にいるようだった。

「久々の箱根」という文字が書かれた投稿。高級そうな宿のロビーの様子が撮られている。

「ふーん。楽しそうね」

そのときだった。

動画の端に、見覚えのあるライトグリーンのラゲッジタグが映り込んだのを、柚は見逃さなかった。──それはどう見ても、賢也のシルバーのスーツケースだった。

「…どういうこと?」

スマホを脇に置く。

― 賢也は、穂乃果さんと箱根にいるってこと?

いや冷静になろう、と深呼吸をする。

たまたま似た荷物を持っていた人が、同じ宿にいただけだ。そう都合よく解釈しようと思った。

が、先ほど創に言われた「浮気した男の気持ちは簡単には戻らない」という言葉が邪魔をする。

「…大阪出張は、嘘なの?」

再び地獄に落とされたような気分だ。




翌日の夜。

悶々とした気持ちの柚のもとに、賢也が笑顔で帰ってきた。

「はい、お土産」

そう言ってリビングの机の上に、黄色い缶を置いた。「太郎サブレ」という文字の横に、くいだおれ太郎のイラストが描かれている。

「ありがとう…」

― 大阪土産だ。やっぱり出張は本当だったの?私の思い違い?

しかし気持ちは晴れない。そこで柚は、仕掛けることにした。ベッドに入った直後に、こう言ってみたのだ。

「今、箱根って混んでるかな?」

すると賢也はギョッとして柚を見た。

「…なんで?箱根?」

「うん。週末、会社の後輩が行くんだって」

とっさに作り話をすると賢也はホッとした表情になる。

「ああ。…そこそこじゃない?わからないけど」

― 怪しい!

しかも賢也は枕元の照明用リモコンを手に取り、勝手に電気を消した。

「疲れた。おやすみ」

眠たげに言って、背を向ける。

― 嘘が下手すぎるって…!

数分もすると賢也は気持ちよさそうにいびきをかきはじめた。よっぽど旅行を満喫したのだろう。

もう我慢などできなかった。

柚は、賢也のスマホを掴んで、賢也の右手を使って勝手にロックを解除する。

開いたのはもちろん、「槙野穂乃果」とのLINEだ。


LINEを見てわかったのは、まさかの事実だった


LINEをさかのぼり、穂乃果と賢也の間に一体なにが起こっているのかを調べていく。

確かに賢也は、言っていた通り数週間前に穂乃果をフッていた。

『既婚者だったんだね。もう無理だ。さよなら』

そんなメッセージが残されていた。

穂乃果は、これを「わかった」とあっさり受け入れている。このときの穂乃果はまだ、賢也などどうでも良かったのだろう。なぜなら創にぞっこんだったから。

しかしその創に、一昨日LINEをブロックされ、穂乃果は焦ったのだと思う。

一昨日穂乃果は慌てたように、賢也にこんなメッセージを送っているのだ。

『賢也、やっぱやり直そう?旦那とは離婚する』

そして、夫への不満を賢也に明かしていた。

『旦那はね、お金はあるの。けど愛情表現がない。淡白で退屈なの。ずっと前から別れたかったけど、私には稼ぐ力がないから別れられなかった』

つまり穂乃果は「稼ぐ力がない」から、夫と別れるために、乗り換え先の新しい相手を探していたのだ。

『もし賢也が、こんな私と結婚してくれるって言うなら、私本当に別れるから』

…第一希望は創だったが、諦めて賢也にすがったというところだろう。しかし自分が2番手だとは知らない賢也は、ホイホイと穂乃果に乗せられている。

『穂乃果、本気なの?』

『本気よ。信じて』

『じゃあ信じる。やり直そう』

…これがつい一昨日のやりとりだった。

その流れで、浮かれた賢也は、穂乃果を旅行に誘っていた。

『ならさっそく会いたいよ。俺、明日仕事早く終わるからさ、夕方から1泊で箱根にいかない?』

なるほど…と柚はギュッと目を閉じる。

― 「急な大阪出張が入った」なんて完全に嘘じゃん。

久々の逢瀬は盛り上がったのだろう。

2時間前には、「箱根♡」というタイトルのアルバムが作成されている。

中には、52枚もの写真がアップロードされていた。




浴衣姿の2人の写真。賢也の腕の中に穂乃果がすっぽり収まっている写真。ヴァンクリのブレスレットの写真もある。

― え…これ賢也がプレゼントしたの?

ヴァンクリなんて、記念日や誕生日にももらったことがなかった。賢也はかつてなく本気で穂乃果に熱をあげているようだ。

これはもう、今すぐ叩き起こして部屋から追い出そう──しかし、ふと冷静になる。

今ここで賢也を振ったところで、賢也は晴れて穂乃果と結ばれるだけなのではないか。

― だって、きっと穂乃果は理由をつけて器用に離婚を成立させるわ。自分の不貞行為をひた隠しにして。

それで賢也と再婚して、2人は、ハッピーエンド…?

― そんなのだめよ!

2人が何事もなかったかのように幸せを手に入れるのだけは、許せなかった。

黒い感情に囚われた柚は、思い立つ。

― そうだ。なんとかして穂乃果さんの夫に会おう。それで不貞行為を全部ばらそう。

穂乃果の夫が、賢也と穂乃果の実情を知って、訴えてくれればいい。

慰謝料でも請求してくれたらいい。

そう思った柚は、賢也のスマホ画面を自分のスマホで撮影し、LINEのトークやアルバムを証拠としておさえていった。

…これを、穂乃果の夫に見せに行くのだ。

▶前回:「フラれたんじゃない、俺からフッたんだ!」恋の終わりをドヤ顔で語る元彼に、女はドン引きして…

▶1話目はこちら:「あの女を、誘惑して…」彼氏の浮気現場を目的した女が、男友達にしたありえない依頼

▶Next:7月15日 金曜更新予定
穂乃果の夫を突撃。写真を見せられた夫の反応は?