「結婚するなら、ハイスペックな男性がいい」

そう考える婚活女子は多い。

だが、苦労してハイスペック男性と付き合えたとしても、それは決してゴールではない。

幸せな結婚をするためには、彼の本性と向き合わなければならないのだ。

これは交際3ヶ月目にして、ハイスペ彼氏がダメ男だと気づいた女たちの物語。

▶前回:「銀歯、笑うと見えるよ」容姿の指摘ばかりする歯科医師の彼氏。女が美人の友達に泣きつくと…?




Episode 8:あかり(32歳・ネイリスト)の場合


「そんなに“あの子”が気になるなら、かえ…」
「いいのっ?じゃあ、食事が済んだら帰る準備をしよう!」

― 返事、はやっ!しかも、本気で帰るつもり?

付き合って3ヶ月になる恭介と私は、『星野リゾート 界 箱根』に1泊旅行に来ていた。

午前中に都内を出て、彼の愛車で箱根観光。旅館に到着したのは、16時過ぎ。眼前に広がる一面の緑を満喫しながら露天風呂に浸かり、夕飯も後半の旬彩土鍋ご飯まで食べ終えた。

私は都心ではなかなか目にすることのできない心癒される景色と、素晴らしい料理に夢心地だった。

一方で、恭介はというと…私とは対照的にソワソワとスマホばかり気にしている。だから私は、少しいじわるな気持ちで、彼に「帰ろうか」と問いかけたのだった。

「華子がさ…ご飯食べてないみたいなんだ」

彼は、申し訳なさそうな表情を浮かべているが、内心では早く“彼女”に会いたくて仕方がないという気持ちを隠しきれていない。

「…恭介くん、帰るなら1人でどうぞ」
「わかった、ごめんね!この埋め合わせは必ずするから」

こう言い残すと、彼は本当に先に帰ってしまったのだ。

1人で過ごすには贅沢すぎる客室で、箱根の地ビールや日本酒をしこたま飲んでいると、酔いがまわり投げやりな気持ちになった。

― もう無理…。私、華子ちゃんには勝てない!


彼女を旅館に置き去りにして帰った男…そこまでさせる“華子”とは?


今から半年前。

友人が誘ってくれた食事会で、恭介と出会った。

第一印象は、“ずっとスマホを気にしている人”。アプリの開発をするプログラマーだと聞いていなかったら、ただの感じの悪い人だと思ってしまうところだった。

― きっと、仕事でスマホを見ているんだろうな。

すると、難しそうな顔をしていた彼の頬がふと緩んだ。そして次の瞬間、私の視線に気づき、スマホをテーブルの上にそっと置いたのだった。

「あ、すみません。ちょっと仕事のことと…」

口ごもっている恭介のスマホの画面の中で、何かが動いている。

「もしかして、猫…ちゃんですか?」

大の猫好きな私は、真っ白で毛足の長いペルシャにくぎ付けになった。彼は、自宅に迎えて半年になる愛猫・華子の様子を見守りカメラで確認していたのだ。

クールな顔立ちで、私より4歳上。どことなく話しかけにくい雰囲気の恭介だったが、猫がきっかけで、私たちは一気に打ち解けた。

2人で食事をしているときは、カメラ越しに華子も参加。彼女のおもちゃを一緒に買いに行ったりするようになったのは、出会いから3ヶ月後。

私たちの交際がスタートしたのは、そのころだった。




「華子は、あかりちゃんが好きみたいだね」
「嬉しい〜!華子ちゃん、美人だね。モフモフ〜!」

交際が始まってから、1ヶ月後。

用賀にある彼のマンションを訪ねると、華子はすぐに私のひざの上に乗ってきて、喉をゴロゴロと鳴らした。

― かわいい〜っ!これからは、こうして彼の部屋に来るたびに華子ちゃんに会えるんだ!

猫は好きだけれど、自分1人で飼うのはそう簡単ではない。だから、こうやって彼の愛猫に会えることで、私は気持ちが満たされていくのを感じていた。

部屋の中をグルッと見渡すと、窓際には天井まである大きなキャットタワー。シャカシャカとした素材のトンネルのおもちゃや、猫じゃらしもたくさんある。爪とぎは買い替えたばかりなのか、真新しい。食事場やトイレも清潔だ。

そこは、華子への愛情の深さを感じられる部屋だった。

「大事にしてもらえて、幸せだね〜!華子ちゃん」

そう言いながら、華子の額をなでていると、恭介は嬉しそうに目を細めた。

― 猫が好きな人に、悪い人はいないはず!素敵な彼氏ができて、私も幸せ…。

こんなふうに、思っていた。

ところが、3度目に彼の部屋を訪ねたとき。

「あかりちゃんの爪についている…そのキラキラって、取れたりしないよね?」

恭介は、私の指先をジッと見つめながら聞いてきたのだった。


猫好きの彼氏からの質問…その真意は?


「あ、これ?ジェルでしっかり固めてるし、取れないよ」

ネイリストをしている私の指先は、お客さんへの見本でもある。だから、さまざまなパーツをつけたり、常に最新のデザインにしたりしている。

彼が、ネイルに興味を持つなんて意外だなと思いつつも、嬉しくなった私は続ける。

「見て見て!今日はね、これを使って家で新しいデザインの練習をしようと思ってるの!」

次の瞬間、鞄の中から金箔やシェルが入ったケースを取り出した。

「待って!それ、出さないで」
「えっ?」

恭介が声を荒らげるのは、珍しい。

「華子が、間違えて食べちゃったら危ないから!」
「あっ、ごめん…。気がつかなかった…」

猫の誤食は、命にかかわることもあるらしく、彼はそれを心配していたのだ。

途端に、自分の手元が危険なものに思えてきた私は、華子に触れないように細心の注意を払う。

― そっか、こういうのって危ないんだ…。気をつけなくちゃ!

この日を境に、私の指先からは凹凸のあるデザインや、万が一にでも取れてしまう恐れのあるパーツを使ったデザインは消えたのだった。

また別の日。

「あのさ、ちょっと言いにくいんだけど…。あかりちゃん、うちに来るのは、仕事が休みの日にしてもらってもいいかな?」

職場を出たその足で、彼の部屋に向かうと、こんなことを言われたのだった。意味がわからず、ポカンとしてしまう。

「いや、あかりちゃんって、ネイリストさんでしょ?だから、その…、仕事の後だと薬剤のニオイが強くて」

自分ではすっかり慣れてしまっていたが、ネイルをオフするときに使うアセトンのニオイは刺激が強い。その強烈なニオイは、華子にとってよくないのだという。

説明を聞いて納得した私は、恭介の言うとおり仕事が休みの日だけ、彼の家に足を運んだ。なかなか予定が合わないときは、仕事の後に家でシャワーを浴びて、着替えをしてから出かけたり、華子のために努力をした。

華子はかわいいし、とてもいい子だから、私も大好きだ。

けれど、交際開始から3ヶ月がたつころには、恭介との2人の時間があまりにも少ないことへの不満も募っていた。




「次の休みは、2人で温泉旅行にでも行かない?」

断られることが前提の提案だったが、彼の返事はOKだった。

「1泊くらいだったら、華子も大丈夫だと思うから。行こう!」

こうして、私たちは新緑の箱根へと向かうことになった。

この日のために、自動餌やり機を買い、トイレの掃除も完璧に済ませたという恭介からは、それでもまだ華子のことを心配しているのが伝わってくる。

「ねえねえ、恭介くん!この白あんのカステラ饅頭、人気みたいだよ」

私が気を紛らわせようとしても、彼は上の空。夜になると、スマホのアプリから気弱な声で華子に話かける有様だ。

「華子〜!寂しい思いをさせてごめんね…。明日には帰るから!」

こんな言葉を何十回も耳にすると、自分が恭介のことを無理やり連れだしたかのような、複雑な気持ちにさせられる。

露天風呂に入る前後に華子、食事中も華子…。

華子を置いて旅行をするのは初めてだと言っていたけれど、ここまで気がかりで仕方がない様子の彼は、見ていて気の毒になってくる。

「恭介くん、飲まないの?湯上りのビール、最高だよ?」

お酒の力で、少しはリラックスした気分になるだろうと、彼のグラスにビールを注ごうとする。

「…でも、飲んじゃったら、華子に何かあったときに車出せなくなるからさ。僕のことは気にしないでいいから、あかりちゃんは好きなだけ飲んで!」

あろうことか、恭介は、旅行の途中で帰ることも考えていたのだ。さすがにあきれてしまった私の口からは、ポロリと本音がこぼれた。

「何か…全然楽しくない。恭介くん、華子ちゃんのことばっかりだし、せっかく2人でいるのに、私のこと放っておきすぎだよ!」
「だって、華子は僕がいないと何もできないだろ!?」

私はこの一言で、彼と華子の間に自分が入る余地が生まれることは期待できないと悟った。

それでも、今日はこのまま自分と一緒にいてくれるだろうと、一縷の望みを抱いて「帰る?」と聞いてみた。

答えは…言うまでもない。

恭介は居ても立ってもいられない様子で、愛車のBMWの鍵を握り、旅行の途中で帰ってしまった…。

その日の深夜。

「もしもし、あかりちゃん?ごめん…。実は、旅行前から華子のお腹が少し緩くて、気になってたんだ。

もしかしたら、置いていかれるって気づいてたのかも。申し訳ないんだけど、明日1人で帰って来れる?」

このときすでに、泥酔していた私は…。

「恭介くんが、ここまで猫のことばっかりだとは思わなかった。今日1日、私のこと考えてくれたことってあった?今だって…。もう、無理!」

彼は、悪い人ではないのだろう。ただ、華子への愛があまりにも強く、まわりが見えなくなることが多すぎる。

「結婚したら、いつか猫を飼いたい!」こんなことを口にしていた私だけれど、次は猫だけでなく、自分のこともしっかりと見てくれる相手を探そうと思うのだった。

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