何不自由ない生活を送っているように見える、港区のアッパー層たち。

だが、どんな恵まれた人間にも小さな不満はある。小さな諍いが火種となり、後に思いがけないトラブルを招く場合も…。

しがらみの多い彼らだからこそ、問題が複雑化し、被害も大きくなりやすいのだ。

誰しもひとつは抱えているであろう、“人には言えないトラブルの火種”を、実際の事例から見てみよう。

記事最後には弁護士からのアドバイスも掲載!

さて、今回のケースは…?

▶前回:離婚で8,000万の財産分与を主張する妻が、夫の“ある策略”にハマり…




Vol.2 夫婦のいびつなパワーバランスが生んだ悲劇

【今回のケース】
■年収格差が生んだ離婚と親権争い
・夫=明憲(36)会社員 妻=充希(36)美容外科医 息子=翔太(5)
・妻のモラハラにより、夫が離婚を希望。親権をめぐって争っている。

明憲は、穏やかに寝息を立てて眠っている息子の顔を、じっと眺めていた。

枕もとには、1枚の画用紙が置いてある。翔太が幼稚園で描いた絵で、今日幼稚園に迎えに行った際、「パパ見て!」と勢いよく差し出してきた。

画用紙には家族3人の姿が描かれていたが、構図が非常にアンバランスである。中央にデカデカと妻の充希の姿が描かれ、余白の部分に小さく明憲と翔太が並んでいた。

充希の顔は、目元が吊り上がり、怒っているように見えた。

「なんだ、翔太。ママに怒られてるのか?」

「違うよ、僕じゃないよ」

「ええ…?」

「パパが怒られてるんだよ。それで、ボクがヨシヨシしてあげてるの」

その絵が示す通り、夫婦内のパワーバランスには大きな差があった。

格差を生み出している主な要因は、収入だ。

充希は美容外科医で、年収は4,000万円以上。対して明憲の収入は、その約7分の1の600万円程度であった。

結婚して翔太が生まれたばかりの頃は、充希も育児への意気込みを示し、家事にも取り組む姿勢を見せていた。

しかし、時が経つにつれ任される割合が増え、今では明憲がほぼすべてをこなしている。

充希は仕事の後、毎晩のように飲んで帰宅し、翔太の世話をしないどころか、ろくに姿すら見せなかった。そのくせ、家事に関しては常に監視しており、完璧を求めてきた。

明憲が、翔太に朝食を食べさせるのに手間取り、うっかり洗い物をせずに出勤してしまったときなどは、片付いていないシンクの様子を写真に撮って送りつけてくる。

明憲は、翔太の描いた絵を手に取った。

充希と暮らすことで、翔太に悪影響が及ぶことは間違いない。

― 離婚しよう。

明憲は、翔太を連れて実家に戻ることにしたのだった。


エリート女医がしがないサラリーマンの妻になったある事情とは…


2人の出会いは、充希が勤めているクリニックである。

明憲は、頬にある大きめのホクロが気になり、除去施術を受けるために訪れたのだった。

担当してくれることになった充希を見て、明憲の胸はトキめいた。美しい黒髪を持ったモデルのような女医と接する機会など、そうなかったからだ。

治療はレーザーによっておこなわれた。肌に照射される度に多少チクチクと痛みを感じたが、弱音を吐かず最後まで耐え抜き、4回目の施術で除去は完了。

明憲はそこで意を決して充希を食事に誘う。すると、案外あっさりと受け入れられた。

『何か好きな食べものはありますか?』

明憲は慎重に店を選ぶために、好みを探るLINEを送った。しばらくラリーを楽しみたいという思惑もあった。だが…。

『行きたい店がある』

そう充希から返事が届き、すんなり場所が決まった。

元麻布にある『トサージュ(TOSAGE)』という店。明憲には敷居の高さを感じる地である。気後れして方向感覚を失い、だいぶ道に迷い待ち合わせに少々遅れてしまった。




すでに充希はワインを注文していたが、傍らに置かれたボトルに漂う重厚感から、かなり値が張るであろうことが予想できた。

明憲は先を見越して、どんな展開を迎えてもいいよう財布には10万円ほど忍ばせていたが、それでも心細い。

明憲の不安をよそに、支払いは充希がカードで済ませた。2軒目もいくつか候補を考えていたが、「ちょっと休みたい」と充希に腕を引かれ、促されるままにホテルへ向かう。

忙しなく関係を結び、いつの間にか付き合うことになっていたのだ。

あとで知ったのだが、このころ充希は、妻子ある年上の医師と不倫関係にあった。医師に別れを切り出されたため、他の男を探し、乗り換える形でプライドを保とうとした。そのタイミングで、明憲に誘われたのだ。

これは、後に酒に酔った充希本人に告げられた事実である。

交際が始まって間もなく翔太を授かり、駆け足で結婚へと進んでいった。

幸せだと思っていた結婚生活に初めて違和感を感じたのは、翔太が生まれ、家族3人で明憲の実家を訪ねたときのこと。

初孫を囲み、両親は顔をほころばせている。翔太の鼻があまり高くないことから、両親が「明憲似ではないか」と嬉しそうに言った。

そこで充希は翔太の顔を覗き込み、笑顔で呟いたのだ。

「大きくなったら私がなおしてあげるからね」

冗談なのか本気なのか分からず、両親は苦笑いを浮かべるしかない。

明憲は、ホクロ除去をしたときのようなチクチクとした鈍い痛みを、胸の奥に感じた。


翔太の絵を見て、明憲の下した決断とは…


明憲はパソコンに向かい、親権に関するサイトに目を通す。

充希との離婚にあたり、親権についてお互いに譲らなかったため、話し合いでは決着がつかず離婚調停に入っていた。

育児放棄などの事実が認められる証拠が手に入れば、親権の取得に有利に働くのだが、それがなかなか入手できずほかの方法を模索している。

部屋の隅では、翔太が祖父母に買ってもらったスケッチブックに黙々と絵を描いていた。




実家に連れて帰って3ヶ月が経ち、だいぶ暮らしに馴染んでいるようだった。近くの幼稚園への転入も済み、お爺ちゃんとお婆ちゃんにも甘やかされ、いつも機嫌よく過ごしている。

「何を描いてるんだ?」

明憲は翔太の隣に腰を下ろし、スケッチブックを覗き込む。

「ボクとパパとママだよ」

以前、幼稚園で描いてきたものと同じような家族の絵だ。

相変わらず充希が大きく、余白に昭憲と翔太が描かれる構図は変わらなかったが、翔太と充希は手を繋いでいる。

そこに込められた意味は、専門家でなくても何となく分かった。

「ママに会いたいな…」

翔太が小さく呟いた。

明憲は、傍らに置いてあるクレヨンに目を向けた。随分と黒色のクレヨンが短くなっている。絵に視線を戻し、その理由に気づく。

充希の黒く長い髪が、厚く塗り上げられていた。きっと何度も同じような絵を描いてきたのだろう。

― やっぱり、必要なのは母親なのかもしれない…。

明憲はふっと息をついて立ち上がった。

「翔太、クレヨン買いに行こう」

「えっ?まだいっぱいあるよ」

「いいんだよ。行こう」

これが父親として、最後の贈り物になるかもしれない…。

明憲は、翔太の手を引いて近くの文房具店に向かった。



そうして明憲の決心を聞かされた両親だったが、ろくに面倒もみない母親のもとに返すために、可愛い孫を手放すというのは納得がいかない。

親権が母親のものとなれば、翔太に会うこともほとんど許されないかもしれない。

そこで銀座に事務所を構える青木聡史先生のもとを訪れ、明憲が親権を取れる可能性について聞いてみた。


〜監修弁護士青木聡史先生のコメント〜
「妻より年収が低い夫でも親権は取れる可能性はあります」


今回のケースでは、夫側の両親も協力的であり、年収600万円程度と経済的な面でも育てるのに足る収入があります。夫の収入が妻よりも低い場合でも、そのことが原因として親権が取れないという判断には通常なりません。

このケースのようにお子さんが幼児であれば、幼児の世話は、父親よりも母親の方が親権者にふさわしいという母性優先の原則があります。

もっとも、実家付近の幼稚園への転入も済み、子が、すでに新しい環境に適応している状況などは、夫にとっては、プラスのポイントとなるでしょう。難航しているようですが、妻の育児放棄などの証拠が集まれば、夫が親権を取れる可能性はあります。

親権を巡る離婚の裁判手続においては、通常、家庭裁判所の調査員による聞き取りが入ることになります。保育園などに赴いて、どのように過ごしているか、両親との関わりはどうだったかなどを尋ねます。

夫婦にもそれぞれ状況を尋ねます。これまでどちらが面倒を見てきたのか、離婚して片親になった場合の家族のサポートはあるのかなど。

子どもの置かれる環境を第一に考えることが調査のポイントになります。


相手が、途中で親権の取得を諦める場合もあります


離婚が成立するまでの間、別居している場合は、婚姻費用が発生します。一般的に、収入の多いほうが、少ないほうに支払います。

今回のケースにて仮に、裁判手続きの期間が長くなった場合には、収入の多い奥さんの方が婚姻費用を離婚するまで継続して支払うことになり負担が大きいです。

そのため、もともと仕事中心で育児放棄をしていた奥さんとしては、早期に離婚するためにも争点である親権の帰属に関し、妥協する可能性はあります。


監修:青木聡史弁護士

【プロフィール】
弁護士・税理士・社会保険労務士。弁護士法人MIA法律事務所(銀座、高崎、名古屋)代表社員。

京都大学法学部卒。企業や医療機関の顧問業務、社外役員業務の他、主に経営者や医師らの離婚事件、相続事件を多数取り扱っている。

【著書】
「弁護士のための医療法務入門」(第一法規)
「トラブル防止のための産業医実務」(公益財団法人産業医学振興財団)他、多数。


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