年収2,500万の開業医。冷え切った夫婦生活に絶望する女医は…
年収“8ケタ”(1,000万円以上)を稼ぐ女性たち。
給与所得者に限っていえば、年収8ケタを超える女性の給与所得者は1%ほど。(「令和2年分 民間給与実態統計調査」より)
彼女たちは仕事で大きなプレッシャーと戦いながらも、超高年収を稼ぐために努力を欠かすことはない。
だが、彼女たちもまた“女性としての悩み”を抱えながら、日々の生活を送っているのだ。
稼ぐ強さを持つ女性ゆえの悩みを、紐解いていこう――。
File1. 陽菜、年収2,500万円。女医が怯える夫の疑惑
「今日も仕事、忙しかったな」
35歳の陽菜は昨年、目黒区に耳鼻科を開業した。
目黒区は、東京23区の中でも世帯年収が高く、子育て世代も多いため、耳鼻科の需要は高いだろうと考えたのだ。
結婚・出産もして、念願の自分の医院を開き、その医院の近くに高級マンションも購入。
しっかりとした生活の基盤もできて、陽菜の人生は誰が見ても順風満帆だった。
「陽菜、女性もこれからの時代は自立しなきゃだめ。必ず手に職をつけて、何があっても自分の力で生きていけるようになりなさい」
この言葉は、陽菜が幼い頃からずっと両親に言われてきたものだ。
成績優秀だった陽菜は地元の高校を卒業後に上京し、東京医科歯科大学に進学。そして卒業後は、研修医から勤務医を経て、昨年、耳鼻科医院を開いた。
耳鼻科を選んだ理由は他の診療内科と違って、ある程度時間の融通が利き、ライフスタイルの変化が多い女性に有利だと考えたから。
実家は事業をしており恵まれた環境ではあったが、女の子だからと甘やかさず育ててくれた両親に、陽菜はずっと感謝の気持ちを持っていた。
だが…最近は少しだけ、その気持ちが揺らいでいた。
― 私、これで本当によかったのかな…。
そう思うことが増えていた。そう、たった1つのことを除いては…。
陽菜を悩ませる“ある存在”とは?
どうしたら、女として見てくれるの?
順風満帆な陽菜の人生に、影を落とすもの。
それは夫の康明との冷えきった関係だった。
流通業の企業に勤務する康明の稼ぎは、陽菜の年収の3分の1程度。30代前半の康明の年齢からすれば、年収800万円は御の字だろう。
しかし、2,500万円を稼ぐ陽菜から見れば、康明の年収はどうしても「物足りない」と思ってしまうのもまた事実だった。
実際に、自宅の分譲マンションは1億円を超えるが、陽菜の名義で購入したもの。夫だけの年収では、おそらく審査を通ることすらできなかっただろう。
そして、年収格差以上に陽菜を悩ますこと…。
それは、2人目を出産してからというもの、明らかに康明は陽菜に“女性としての関心”を失っていることだった。
陽菜は3歳下の康明と5年前に結婚。現在は、4歳と2歳の息子のママとして、子育ての真っ最中だ。
例えば、陽菜がヘアスタイルを変えたとき。
「ねぇ、今日は美容院に行ってきたの。髪型、どうかな?」
「…うーん、いいんじゃない?」
「……そう、ありがとう」
陽菜がヘアスタイルを変えても、新しい服を買っても、康明から気づくことも何かコメントをしてくれることもない。
そればかりではない。結婚記念日や陽菜の誕生日にお祝いをしてくれることも、すっかりなくなっていた。
今年も陽菜からバレンタインプレゼントを渡したにもかかわらず、康明からのホワイトデーのお返しはなかった。
もちろん、夜のお誘いも皆無だ。
「ごめん、今日は疲れているんだ」
「明日の朝早く家出ないといけないから、もう寝ないと」
こんな言葉ばかり言っては陽菜を拒絶し、康明が陽菜に関心を示さない毎日が続いていた。
流通業で休みが変則的な康明は、陽菜とは休みが週に1日しか合わない。そのことも陽菜を不安にしていた。
仕事で夜遅くに帰宅することも多く、出張も多い康明。そんなふたりの関係は、陽菜の友人に心配されることもしばしばだった。
「康明くん、背が高くて格好いいし、職場の女性からモテそう〜」
「陽菜、旦那さんの浮気とか気をつけた方がいいよー。お金も子どもも、全部陽菜任せだし」
友人の忠告を聞いたとき、陽菜は笑いながらも「大丈夫だよ〜!」と返していた。
しかし、ある日。
陽菜がいつものように帰宅しポストをのぞくと、そこには見覚えのない住所からのハガキが入っていた。
見覚えのないハガキから、夫が隠していたある事実が判明する…
陽菜が見つけたハガキは、ある温泉宿からだった。
裏にはご丁寧に「先日はご宿泊いただきありがとうございました」と記されている。
新商品の仕入れ担当を務めているため、もともと出張や会食という名の外出が多かった康明。しかし、コロナ禍となってもその回数が減ることはなく、陽菜は徐々に夫の浮気を疑うようになったのだ。
そして、今回のこのハガキ。これで明らかに“黒”に近くなった。
「ねぇ、このハガキは何?」
陽菜は極力さりげなく尋ねるようにした。しかし、康明の回答はこうだった。
「…うーん、出張で行ったかな?何だろうね」
陽菜は平静を装っていたが、康明のこの言葉を聞いた陽菜は、心の中で何かがプツンと切れるのを感じた。
― こんな場所、出張で泊まるはずないじゃない…!まともな言い訳もできないの?
そして、瞬時に康明の今までのそっけない素振りの数々が呼び起こされ、それらがまるで澱が重なるように陽菜の心を埋め尽くしていく。
― もう、黙るのは無理…。
悲しさと怒りが頂点に達した陽菜は、康明にこう言った。
「…誰かと泊まったんでしょう?私は、康明が忙しいと思っていたから、家事と育児も全部引き受けてきたのに!」
しかし、康明からの反応は冷たいものだった。
「あぁ、確かにお前は医者だし、稼ぐし、何でもできるよ。俺なんていなくてもいいくらいにね。どうせ俺のこと、ずっと下の人間だと思って見下してるだろ」
逆ギレとも開き直りとも取れる康明の発言。
「何で、そんなこと言うの…?」
悲しさのあまり、陽菜の目には涙が溢れていた。そして、そんな陽菜を目の前にしても、康明は何も発しない。
そんなふたりのあいだには、重い沈黙が流れていた。
◆
「はーい、ご飯できたよ!みんな食べよう。さぁ、パパも座って!」
陽菜と康明の生活は、いつの間にか日常に戻っていた。正確には、陽菜が「無理やり日常に戻した」のが適切かもしれない。
結局、康明とのケンカはうやむやになったまま。「あのこと」には触れないのが、今では夫婦の暗黙の了解になっている。
しかし、ひとりになった時、ふと陽菜は思う。
― こういうとき、どうしたらいいのかしら。「悲しい」とか「寂しい」とか「もっと私のことを見て」とか言って、泣けばいいのかなぁ。
「女性もこれからは自立しなきゃだめ、手に職をつけなさい」
こう両親に言われて育ってきた陽菜は、今まで数多くの努力をして年収2,500万円を得るまでになっていた。
しかし、陽菜の悩みに対して、年収の多寡など無力だ。むしろ今の悩みは、その稼ぎが引き起こしたものとも言える。
稼げることが女にとって幸せなのか、今はこれで本当に幸せなのか、陽菜にはもうわからなかった。
しかし、一方でこうも思う。
― 子どもを産んだ以上、そして自分の医院を持った以上、私は前に進むしかない。歩みを止めるわけにはいかない…。
年収8ケタを稼ぐ女の強さ。
この強さこそ、陽菜の最大の強みでもあり、弱みなのかもしれない。それでも、どうにかして前に進もうと思う陽菜だった。
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