「あんなに優しかったのに、一体どうして?」

交際4年目の彼氏に突然浮気された、高野瀬 柚(28)。

失意の底に沈んだ彼女には、ある切り札があった。

彼女の親友は、誰もが振り向くようなイケメンなのだ。

「お願い。あなたの魅力で、あの女を落としてきてくれない?」

“どうしても彼氏を取り戻したい”柚の願いは、叶うのか──。

◆これまでのあらすじ
賢也の浮気相手・穂乃果は、見たこともないくらい可愛い女性だった。柚は2人を別れさせたい一心で、イケメンの親友・創に「穂乃果をおとしてきてほしい」と懇願する。

▶前回:目の前を通り過ぎる、自分の彼氏と浮気相手。その夜、のうのうと寝ている彼の横で女は…




賢也の浮気現場を見てから、3日が経過した。

柚は相変わらず、自信を失ったままでいる。

穂乃果が、想像以上に魅力的な女性だったからだ。

― 私、そのうち賢也にふられるんだろうな。あんなに可愛い穂乃果さんがそばにいるんだから…。

そう思いながら、オフィスビルを後にする。最近はリモートワーク続きだったので、久々の出社にじんわりと疲れを感じていた。

そのとき創から電話がかかってきた。

「おう、仕事終わった?」

「うん」

「例の件だけど、びっくりするくらいうまくいってるよ」

柚は3日前、創に「穂乃果をおとしてほしい」などという無理なお願いをしていたのだ。

― そんなに早く手応えがあるなんて!

驚いていると、創はいつになく浮かれた声で、穂乃果との関係の進捗を語り始めた。

「あれから3日間、穂乃果さんとDMでやりとりしてたんだ。そしたらさっき、偶然近くにいることがわかって。勢いで2人で会っちゃった」

「え、もう会ったの!?」

「うん」

創は今日の昼過ぎ、ストーリーズに代々木公園の動画をアップしたそうだ。すると穂乃果から「私も近くにいる」とのメッセージが来たという。

「それで2人で急遽、お茶しようって流れになって」


初めて会ったときの、穂乃果の反応は―?


「穂乃果さんね、すごい積極的だったよ」

完全に楽しんでいる様子の創の声に、柚は思わず笑った。なんだ、創も穂乃果に夢中になっているではないか。

「…魅力的な子なのね。やっぱり」

「うん。あざとくって、いかにも男にモテそうな感じ。で、それはいいんだけどさ…」

創の声色が、急に深刻なものに変わる。

「さっき会ったとき俺、穂乃果さんに『彼氏いないの?』って聞いてみたんだ」

その質問に穂乃果は、こう答えたという。

『いるよ。彼は商社マンで、すごくイイ人。でも私にはちょっと退屈なの』

創は声のトーンをさらに落として続けた。

「『その商社マンとは、2ヶ月くらい付き合ってる』って言ってたよ。賢也が怪しくなったのも、2ヶ月くらい前だよね?きっとあいつ、二股してるぜ」

…柚は愕然とした。

― もう正式に付き合っているの!?しかも2ヶ月前からって…。

足元がふらついた柚は、電話をつないだままとっさにタクシーを止める。

ふとLINEを見ると、賢也からは例の定型文が来ていた。

『ごめん、今日も遅くなる』

― 最悪だ。

「創?いまね、ちょうど賢也からLINE来てた。今日も遅くなるって…」

「そっか」

「ねえ。穂乃果さんが創に惚れたらさ、きっと賢也とはすぐ別れるよね?」

「…まあ、可能性としてはな」

柚は、赤信号で停車していたタクシーの中で、夜の渋谷を見上げた。

カラオケ館の水色の看板が目に鮮やかだ。高校時代、創とあのカラオケに行ったことがある。そんなことをぼんやり思い出す。




創は高校1年生の1学期、いつも独りぼっちでいた。

当時の創はひどくシャイで、誰に話しかけられても「まあ」とか「へえ」しか答えない人だったのだ。

タレントのような見た目を持つ創に、最初はクラスメイトみんなが興味津々だった。しかし創があまりもそっけなくするので、次第に誰も話しかけなくなっていった。

そのまま新学期の3ヶ月が過ぎようとしていた頃。

紫陽花が咲く帰り道、柚はひとりでとぼとぼ帰る創を見つけた。

「ねえ、東山」

「…ん?」

声を掛けると、創は驚いて少し身を固くした。


創の心がほぐしたのが、柚だった


「東山ってさ、どうしてそんなによそよそしくするの?」

「…よそよそしい?」

「そうよ。いつもみんなに塩対応じゃん。せっかくみんな東山としゃべりたがってるのに」

創は困った顔をして、だまりこんだ。

「もしかして、人と話すのが好きじゃない?」

柚は、背の高いブレザー姿の創を見上げる。

「まあ…そうかもしれない」

それから創は、柚にあわせるようにゆっくりと歩きながら、自身の中学時代の話をしてくれた。

「俺、人と関わるのが苦手なんだ…」

創は「目立つ見た目だったせい」で、過去にクラスの男子から何かと意地悪を受けていたらしい。それがトラウマになっているそうだった。

「だから別に、友達がほしいとも思わない。面倒だから、いらないって思う」

「ふーん」

柚は真顔で反応してから言った。

「ね、今日ひま?今から来てほしい。みんなでカラオケするの」

クラスのにぎやかなメンツで、カラオケにいく約束があったのだ。

「いや、いいよ…」

「お願い。1回だけでいいからさ。もしかしたら、楽しいかもしれないじゃん?」

柚は笑顔でそう言って、半ば強引に創を連れ出したのだ。

いつだったか創は、この時のことについて照れながら柚に言った。

「あのときは、正直面倒だと思った。けど、今はすごい感謝してる。もし柚がいなかったら、高校の3年間は、中学みたいに孤独でつまらなかったと思うんだ」

青信号になり、カラオケ館の看板が背後に流れていった。柚は我に返って、電話の向こうにいる創に言う。

「ねえ。私、賢也と元に戻れるかな…?」

創は「んー」と悩ましい声を出したあと、柔らかな声で諭した。

「戻れるかもしれないけど…。悪いけど、俺はもうやめたほうがいいと思うよ。だって賢也、柚を幸せにする気ないだろ」

「でも…別れたくない。それだけは確かなのよ…」

柚の頭にはどうしても、優しかった頃の賢也ばかりが浮かんでいた。




自宅マンションに着いた柚は、ウーバーイーツのアプリを開きながらエレベーターに乗っていた。

― どうせひとりだし、なにか注文しようかな。

そう思いながら部屋のドアを開けた、そのとき。

「…おかえり」

賢也のきまり悪そうな声が、聞こえたのだ。

「え?」

まだ20時前だった。遅くなると言ったわりに、賢也はもう帰ってきた。

「早かったね」

「うん…」

賢也は、見るからに元気がなかった。

「なんか、あったの?」

「いや?急に仕事が早く終わったんだよ」

その時ふとLINEを見ると、創からこんな文面が来ていた。

「穂乃果さんが『やっぱり今夜、どうしても創くんとディナーしたい』って(笑)。もしかして、賢也は家に帰ってくるんじゃない?」

― すごい。穂乃果さんの気持ちが、完全に創に移ってる…。

賢也はさっそく眼中から外されたわけか。柚が考えついた突飛な作戦は、思ったよりうまくいったようだ。

「あれ?柚、ご飯作らないの?」

賢也は、柚がスーパーの袋を持っていないのを見て無表情のまま言った。

「だって今日は出社だったし残業もしたのよ。だからウーバーしようと思ってた」

すこしイラッとしてトゲのある口調で言い返したものの、柚は隠しきれない嬉しさを感じていた。

どんなに賢也を最低だと思っていても、こうして戻ってきてくれるだけでホッとする。

しかし。

ホッとできたのも束の間だった。

柚は、重大な計算違いを犯していたのだ──。

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▶1話目はこちら:「あの女を、誘惑して…」彼氏の浮気現場を目的した女が、男友達にしたありえない依頼

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柚が見落としていた、あることとは?