「結婚するなら、ハイスペックな男性がいい」

そう考える婚活女子は多い。

だが、苦労してハイスペック男性と付き合えたとしても、それは決してゴールではない。

幸せな結婚をするためには、彼の本性と向き合わなければならないのだ。

これは交際3ヶ月目にして、ハイスペ彼氏がダメ男だと気づいた女たちの物語。

▶前回:「彼の名前、ググッてみて」友人からの忠告が。女が彼を検索すると、思いもよらぬ事実が発覚し…




Episode 6:杏奈(30歳・役員秘書)の場合


「もう無理…限界!」

木曜日の23時。帰宅した私は、玄関でハイヒールを雑に脱ぎ捨てた。

体を引きずるようにして、やっとの思いでリビングまで進むと、今度はジャケットをソファに放る。

月曜日に着ていたアイスグレーのスーツ。それと、火曜日のESTNATIONで買った新作ワンピース、昨日着ていたボウタイブラウスとセットアップのスカートも積み重なっている。

― はあ、まだあと1日…。木曜日って、1番しんどい。

私は年が明けてすぐに、これまで担当していた上司ではなく、取締役のサポートをするグループ秘書になった。

同じ秘書課で働く先輩が、体調を崩して休職することになったからだ。だから、1日も早く仕事を覚えることに必死だった。

それに加えて、もともと掃除が得意ではないこともあり、部屋の片づけはどうしても後回しになってしまう。

― 私みたいに片づけが苦手なタイプって、男の人は引くんだろうな。

せめて、朝使ってシンクに置きっぱなしにしていたマグカップは洗おうと立ち上がったけれど、シャワーを浴びてそのまま眠ってしまった。

だが、仕事以外ではちょっとだらしない私にも、念願の彼氏ができた。

しかし、交際2ヶ月目。私は、彼が口にした「5点」という失礼すぎる言葉に、激しい怒りを覚えることになったのだ。


「掃除が苦手…」散らかり放題の部屋で暮らす杏奈の、新しい彼氏は?


「初めまして、杏奈です」

友人の舞子と、彼女の会社の先輩だという2人の男性と、恵比寿にある『Lemon』で食事をした。店の扉の横にある、レモンが目印のイタリアンレストランだ。

「こんばんは。舞子さんと同じ部署で働いている、加藤です」

加藤稔は、商社勤務の34歳。

数年前に大流行したドラマで、自らを“プロの独身”と宣言した俳優・星野源そのままの外見で、思わず二度見してしまった。彼もまた、黒ぶち眼鏡をかけていて、見るからに几帳面そうなのだ。

4人で会話をしている最中も、グラスについた水滴やテーブルの汚れを拭いたり、空いた食器をまとめたりしている。

「稔さんって、キレイ好きなんですね」

私は、雑然とした自分のテーブルまわりを整えながらつぶやいた。

「杏奈は苦手だもんね〜!片づけとか」

酔った舞子に、早速ウイークポイントをバラされてしまった。

「どうせ、私は片づけが苦手ですよ〜」

稔にとって、大ざっぱな私は恋愛対象外だろうからと開き直る。ところが、彼の答えは違っていた。

「杏奈さんみたいな魅力的な方だったら、多少片づけが苦手でもいいんじゃないですか」

自分にはない繊細さを持つだけでなく、予想に反して積極的な稔に不意を打たれた私は、この言葉をきっかけに彼に惹かれていった。

交際がスタートしたのは、そのあと3回デートを重ねてからだった。






交際が始まって、1ヶ月半。

私は、高輪にあるタワーマンションの1室に招待された。

「お邪魔しま〜す!」
「どうぞ。はい、これ」

稔が並べた真新しいスリッパを履いて、リビングへと進む。そこには、都心の景色を望むことができる大きな窓があったのだが、それ以上に驚いたのは、指紋1つついていないピカピカに磨き上げられたガラスだった。

黒を基調とした部屋。その中央にある革張りのソファに座ると、目の前に置かれた無垢材のローテーブルも、表面がツヤツヤと輝いている。

― キレイ好きなのはわかってたけど、もしかして結構すごい感じ…?

視線を落としたフローリングにはほこりもなく、白いラグには髪の毛1本さえ落ちていなそうだ。

「杏奈ちゃん、紅茶でよかった?」
「あ、うん!ありがとう」

テーブルに置かれたティーカップとソーサーは、エルメス。キッチンに置かれたロンネフェルトのライト&レイトセイロンは、会社の役員室で出すものと同じ紅茶だった。

清掃が行き届いた部屋と、高価な紅茶セット。粗相があってはいけないと、そっとカップのハンドルをつまみ、ゆっくりと口元へ運んだ。

「今日の夜なんだけどさ…」
「えっ?」

静かなリビングで、稔に急に話しかけられて驚いた私は、うっかり紅茶をこぼしてしまった。

「ごめんなさいっ」

鞄の中からハンカチを取り出して、ラグを拭こうとする。




「ちょ、ちょっと待って!こういうのはまずスプーンで汚れをこそげ落として、それからぬるま湯を…」

― そ、そこまでっ?確かに、染みになっちゃったら大変だけど…。

急いでキッチンに向かう彼に、私はぼうぜんとして固まってしまった。

さらに、翌週。

ふたたび稔の部屋に招かれた私は、履いてきたハイヒールをタオルで拭いてから、シューズボックスへとしまう彼を見た。その途端に、何だか落ち着かない気持ちになった。

だから今度は、私の家に稔を招待しようと決めたのだった。それなのに、彼からとんでもない一言を浴びせられてしまう。


超キレイ好きの彼氏を家に招いたら、驚きの一言が…?


「おいおい、杏奈〜!この部屋はそうだなあ、5点がいいとこだね」

稔はやって来るなり、玄関に置いてあった私の靴を並べ直し、リビングをジッと観察した。そのすぐあと、鼻の穴を膨らませて得意げな表情をしてこう言ったのだ。

― どうして、いきなり杏奈呼び?それに何、5点って?

「それって、何の点数?」

下に見られたような気がして、いら立った私は答える声がとげとげしくなる。

「んー?いや、片づけが苦手っていうのは、本当だったんだなって。あ、100点中じゃなくて、10点中の5点だから。すごく悪いってわけじゃないよ?」

「そういうことを聞いてるんじゃなくて!何かそれって、失礼じゃない?これでも頑張って掃除したんだけど」
「いや、そんなに怒らなくても…」

苦手なりに頑張ったことをからかわれて、機嫌がなかなか戻らない私に、稔は終始背中を丸めて小さくなっていた。

― ホント、失礼すぎる!でも、悔しい…。そうだ!

彼が帰ったあと、5点と言われた部屋を眺めていると、ある考えが浮かんだ。





次の週末、私は稔の誘いを断った。

稔:もしかして、まだ怒ってる?本当にごめん。

彼は、すっかり反省しているようだった。そこで、私はこう返信した。

杏奈:ねえ、来週の日曜日うちに来ない?
稔:でも、この前のことで、僕を家に呼ぶのが嫌になったんじゃない?
杏奈:まあ、いいから!お昼頃だよね?待ってるね。

約束の日。

リビングに入るなり、稔はうなった。

「おお…どうしたの、これ?」
「ふふふ、実は私、先週掃除の勉強をする講座に参加してきたの!って言っても、1日だけの簡単な内容だったんだけど。見違えたでしょ?」

洗剤の種類や特性、しつこい汚れの落とし方、収納のコツなどを学んできた私は、そのノウハウを実践して家中をキレイにした。

彼の反応を見ると、成果は大いにあった。

― ふう、これでスッキリした!…でも、この部屋キレイすぎて落ち着かないんだよね。

隣で掃除について熱く語る稔に空返事をする私は、もうすでに燃え尽きた気持ちだった。

それからというもの、私に触発されて稔のキレイ好きは加速。見たこともないブラシや、掃除グッズが次々と増えていった。

そんな彼の家に行くと、ソファに座るのも、テーブルに物を置くのも、トイレやシャワーを借りるのも緊張するようになった。気がつくと、キレイすぎて居心地が悪い空間でしかなくなっていた。

稔のことを見返したい一心で掃除をしたけれど、その結果、ちっともリラックスできないこともわかった。

交際スタートから、3ヶ月がたつころ。

私は、彼の部屋でこう切り出した。

「稔くん、ごめんなさい…。私、掃除を頑張ってみたけど、本当はちょっと散らかってるくらいのほうが落ち着くの」

まさか、というような表情で言葉を探す彼に、さらに続ける。

「キレイすぎると、緊張しちゃって…」
「…僕は、散らかっているとちょっとしんどいかな。“多少片づけが苦手でもいい”って言ったけど、こういうのって感覚的なことだし。難しいよね」

私は、恋人とは同じような感覚で、ゆったりとした時間を共有したい。

ましてや結婚となったら、常に生活をともにするわけだから、最初のうちはすり合わせることができても、ゆくゆくはどちらかが無理を強いられることになるだろう。

彼と私とでは、その基準がかけ離れているし、お互いに譲ることはできない気がする。

「このままだと、私たち疲れちゃいそうだね」
「うん、残念だけど…」

こうして、私たちは別れることになった。

これくらいのことで…と思うかもしれないが、仕事で疲れて帰ってきたときに、ホッと一息つける空間がなくては困る。

そして、そこに一緒にいてもしっくりくる「ちょっと散らかっていてもOK」という相手だって、きっといるはずだと思うのだった。

▶前回:「彼の名前、ググッてみて」友人からの忠告が。女が彼を検索すると、思いもよらぬ事実が発覚し…

▶1話目はこちら:「今どのくらい貯金してる?」彼氏の本性が現れた交際3ヶ月目の出来事

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