26歳日系CAが、彼氏のLINEポップアップを見て衝撃をうけたワケ
東京で生きる、孤独な男女。
彼らにそっと寄り添い、時には人生を変えてくれるモノがある。
ワインだ。
時を経て熟成される1本は、仕事や恋、生き方に日々奮闘する私たちに、解を導いてくれる。
これは、ワインでつながる男女のストーリー。
▶前回:週末にお泊まりデートしても早朝に帰る男。仕事だと言い訳するが、彼女に隠れて何を…
Vol.3 裏切りの後に
〈プロフィール〉
名前:琴子(26)
経歴:日系客室乗務員
住所:港区高輪
「よかったじゃん、琴子!そんな素敵な人に出会えたなんて。私もその食事会、参加したかったなぁ」
CA同期の沙羅と琴子は、けやき坂通りの『Bricolage bread & co.』でランチを楽しんでいる。
琴子は、食事会で出会った男性と最近付き合い始めた、という報告を済ませたばかり。彼は2歳年上の28歳。大手証券会社に勤めていて、斎藤工似のイケメンだ。
「あっ、噂をすれば、康則からLINEだ」
会話の合間に携帯を見て、にやけてしまう琴子。その様子を見て、沙羅が身を乗り出してくる。
「ねぇ、今日これから彼と会うんでしょ?イケメン彼氏、見てみた〜い!」
「康則、近くで時間つぶしているみたいだから、呼んでみようか」
琴子は彼氏を自慢したい気持ちを抑え切れず、康則を呼び出すことにした。
数十分後、康則がいつも通り爽やかな姿で登場した。
「わ、本当にかっこいい…」
自分の彼氏を褒められた琴子は、内心鼻高々だった。
「沙羅ちゃん、初めまして。琴子から聞いていたけど、美人さんですね」
自然に褒め言葉が出てくる康則。
そして2人は、同じ石川県出身という共通点もあり、琴子の知らない“地元ネタ“で盛り上がり始めた。
話に入れない琴子は、若干の嫉妬心を覚えるが『女性の扱いがスマートなところも、私の好きなところ』と自分に言い聞かせていた。
完璧な彼氏ができて浮かれていた琴子だったが、この後、とんでもないことが発覚する…?
「今日はありがとうございました。2人の時間を邪魔しちゃってごめんなさいっ。じゃあ琴子、またね」
康則が合流してから1時間ほどたってから、沙羅は大きく手を振りながら笑顔で帰っていった。
「沙羅、美人でしょ?でも、2人が盛り上がってたから、嫉妬しちゃった」
「琴子の友達だから、印象良くしておこうと思っただけだよ!君のほうが美人だよ」
調子がいいと思いながらも、康則の言葉に、琴子はつい嬉しくなってしまう。
事件が起きたのは、1ヶ月後。
土曜の夜、琴子が、浜松町にある康則のマンションを訪れて、2人でテレビを見ていた時のこと。
康則がキッチンに飲み物を取りに行ったときに、サイドテーブルに置かれたままの彼のスマホが震えた。思わず視線を向けると『昨日は楽しかった。次はいつ会える?』というメッセージがロック画面に表示された。
― あれ、あのアイコンって…。
「どうかした?」
缶ビールを手に戻ってきた康則は、琴子の顔を覗き込む。
「ううん…」
そう答えたものの、琴子の疑惑は消えない。
― 康則、昨日は遅くまで残業だったはず…。
一緒にみていたお笑い番組もまったく頭に入ってこなかった。康則がときどき笑う声が遠くに聞こえる。そのうち、彼はビールを飲んだままうたた寝をし始めた。
琴子は、罪悪感を感じつつ、放り投げられた康則のスマホを手に取り、ロックの解除を試みた。
0715という康則の誕生日で、ロックがすんなり解除される。
恐る恐るLINEを開くと、そこには見覚えのあるアイコンがあった。
― 沙羅…!?
そこには、康則と沙羅のやり取りが残されていた。
『仕事が終わったら、電話するね』
通話マークの次には、沙羅からのメッセージ。
『素敵な時間をありがとう♡』そして『昨日は楽しかった。次はいつ会える?』
琴子は、スマホを盗み見た罪悪感も忘れ、頭で考えるより先に彼を叩き起こし、画面を彼に押し付けた。
「何なのこれ!」
康則は、目を覚まし一瞬で状況を理解したようだ。今まで見たことのないような情けない顔をし、聞き取れないほどの声でつぶやいた。
「えっと…ご…ごめん…」
「どういうこと?昨日の夜、沙羅と過ごしたの!?」
「…うん」
その言葉を聞いた瞬間、琴子は、荷物をまとめ、彼の部屋を飛び出した。
静まり返ったマンションの内廊下からエレベーターで1階に降りる。
エントランスを出るまでに、康則が追いかけてくれるかなと期待していたが、そんな気配はなかった。携帯が鳴ることもなかった。
― あー、私なにやってんだろう。こんな事態になってでも、まだ、康則から連絡が来ることを期待しているなんて…。
彼は、きっと誰でもよかったのだ。CAと遊びたかっただけなのだ、琴子は、頭ではわかっている。しかし、怒りの矛先をどこに向けたらいいのかわからなかった。
気持ちを落ち着けたくて、ひたすら自宅のある品川に向かって第一京浜を歩く。
外の風に触れて少し冷静になってきたと同時に、今度は、沙羅に対する怒りが湧いてきた。
― 康則が最低な男だってことは、もうしょうがない。でも、沙羅まで…。どうして?
そんなことを考えていたら、目に涙が溢れてきて止まらなくなってしまった。
どうしても、沙羅に事実を確認したくて連絡することにした。
『沙羅、何か私に言うことない?』
意外にもすぐに既読がつきメッセージが返ってきた。
『康則さんのこと?』
悪びれるふうもなく、返信がくる。
『昨日2人で会ったの?』
『この前3人で会った時、琴子が席外した瞬間に康則さんからLINEのIDきいてきたから』
『それで朝まで過ごしたってこと?』
いくら続きの言葉を待っても返信はなく、謝罪の言葉が返ってくることはなかった。
この、返信がないという状態がすべての答えだろう。
どん底の琴子に、さし伸ばされた手とは
◆
「いらっしゃい!」
2週間後。琴子は、CAの先輩である礼美さんの松濤にある低層マンションを訪ねていた。
康則と沙羅のことがあり、仕事中にうわの空だった琴子を心配して、礼美さんが「話聞くよ」と声をかけてくれたのだ。
ベンチャー企業の社長と3年前に結婚した礼美さんの自宅は、広くてとてもセンスがある部屋だ。
リビングに飾られた背丈ほどまであるカラフルな絵画が、白を基調とした室内のアクセントとなっている。
「雑誌に出てきそうな、素敵なご自宅ですね」
ウェルカムシャンパーニュと、クラッカーの上にツナとマスカルポーネとトリュフ塩を乗せた絶品のおつまみをいただいく。
幸せな気持ちに浸っていると、礼美さんは、ワインセラーから黒いエチケットのワインを取り出した。
ソムリエ資格を持つ礼美さんは、ソムリエナイフを滑らせるようにワインのキャップシールに這わせ、コルクを丁寧かつ素早く抜きながら話を始めた。
「このソルデラっていう名前の赤ワイン、イタリアでもともと評価が高かったワインなの。
でも、2012年にワイナリーの元従業員が夜に侵入して、熟成中のほとんどのワインを床に捨てられちゃったっていう悲劇のワインでさ」
「えっ…そんなことが…」
「でも、飲んでみて。これは、その悲劇を乗り越えた翌年の2013年のワインだから」
琴子は、まずは香りをかぐ。
バラのドライフラワーのような濃厚で甘い上品な香りが広がり、思わず背筋を正した。
そして、ゆっくりと口にワインを運び、今までに味わったことのないような味わいに目を開いた。
「私、詳しくないので、いい感想かわからないんですけど…。
濃厚なのに華やかで渋みが心地よくて、すごく…おいしい。力強くてきれいな味わいです」
そう言った琴子に、礼美さんは笑顔で言った。
「ワインの感想に正解も不正解もないよ。琴子が感じたことがすべて。
裏切りを乗り越えて、また立ち上がってこんな素敵なワインを造れるのってすごいよね」
グラスをそっと傾けると、礼美さんは続けた。
「熟したイチゴのような甘みもあるし、上質なシガーのような香りも隠れてる、一言では表せられない複雑な味わい。
人と同じで、ワインも色んな経験をして、年を重ねて熟成してどんどん変化していくの。
1つ言えるのは、私は琴子の仕事に真剣で素直な性格が好きだから、この『ソルデラ』と同じで、これからのあなたにも期待しているってこと」
「礼美さん、本当にありがとうございます。なんだか元気が出てきました」
ワインの美味しさと礼美さんの粋な励まし方に、琴子は衝撃を受けた。
― 3ヶ月後 ―
「お疲れさま」
琴子が笑顔で沙羅に声をかける。
あの事件以降、沙羅の顔を見るのはつらかった琴子だったが、今は仕事中は割り切って接することができている。
康則と沙羅がどうなったかは知らないが、彼女に彼氏がいるという噂は琴子の耳に入ってこない。
しかし、そんなことはもうどうでも良いことだった。
― 今日は、18時から5回目のワインスクールの講座がある。急いで向かわなきゃ。
礼美さんの家で、ソルデラを飲んで以来、琴子はワインの魅力にすっかりとりつかれていた。
スクールを通じて、年代問わず、同業以外の共通の趣味をもった友人ができたことは琴子にとっては良い変化となっている。同じ講座を受けている経営者の男性から、食事のお誘いLINEが来ているが、まだ返事は出していない。
― 今度は、慎重に男性を選ばなきゃね。
ふと笑みがこぼれると、偶然礼美さんが前から歩いてきた。
「最近、琴子キラキラしてる。いいことあった?」
琴子は笑顔で返した。
「はい、とっても!」
あの日、ソルデラに出会ってなければ、今の私はいないだろう。
◆今宵の1本
カーゼ・バッセ ソルデラ IGP トスカーナ(Case Basse/Soldera IGP Toscana)
イタリア トスカーナ地方モンタルチーノ南西部
イタリアが誇るサンジョヴェーゼ100%の赤ワイン。
2012年、天才醸造家のソルデラ氏を逆恨みした元従業員が、熟成中であった2006年から2012年分のワインの栓を抜いてしまうという悲劇にあい、被害総額は8億円にも及ぶとも。
このワインの香りは、熟した赤い果実やシナモンなどのスパイスを思わせ、味わいは、みずみずしくも厚みがあり、酸・渋み・甘み・旨味のバランスが心地よく広がっていく。
その余韻に誰しもが魅了されるだろう。
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