20代後半から30代にかけて訪れる、クオーターライフ・クライシス(通称:QLC)。

これは人生について思い悩み、若さだけが手の隙間からこぼれ落ちていくような感覚をおぼえて、焦りを感じる時期のことだ。

ちょうどその世代に該当し、バブルも知らず「失われた30年」と呼ばれる平成に生まれた、27歳の女3人。

結婚や仕事に悩み、揺れ動く彼女たちが見つめる“人生”とは…?

▶︎前回:「セレブ婚で、自分より格上になった友人が許せない」嫉妬に狂う専業主婦は、低収入な夫に向かって…。




結婚願望はないけれど、生活のために結婚したい女・葵(26)


ここ最近、ずっと天気が悪かった。心まで明るくなるような五月晴れをあまり拝めないまま、ずっと梅雨のような天気が続いている。

でも今日は6月の頭だというのに、まるで絵画のように綺麗な青空が広がっていた。

「菜穂、結婚おめでとう!」
「ありがとう〜!ようやくって感じだけどね」

式場の美しい庭に映える、幸せそうな新郎新婦。同期である菜穂のウエディングドレス姿が、すごくまぶしく見える。

「葵、ブーケトスあるからね!」

すると彼女からこっそり耳打ちされ、私は思わず目を細めた。

「…ありがとう。それは、全力で取りに行かないとだね!」

でも本音を言うと、別に結婚しなくてもいいと思っていた。

生涯独身でもいいし、夫婦別姓にだって大賛成。

でもこのまま一生独身だった場合、私のQOLは非常に低くなりそうな不安にも襲われている。


正直「あまり結婚願望がない」という女に起きた、切ない出来事


預金残高180万の女


「お待たせいたしました!ブーケトスのお時間ですので、独身女性の方はこちらにお集まりくださ〜い!」

司会者の声に、ゾロゾロと何人かの女性が菜穂の前に集まってくる。

― ずっと思ってたんだけど、このブーケトスって何の意味があるんだろう。

人前で「私は独身です!」と言っているようなものだし、まるで見せ物だ。そして既婚者たちの、微笑ましく見守っているような余裕のある視線。

それも、案外ツラい。

しかもこんなときに限って、菜穂が投げたブーケは綺麗な弧を描いて私の足元に落ちた。

「あっ…」

周囲の視線が、一斉に私に集まる。その場がシンと静まり返り、まるで時間が止まったかのようにも感じた。

― ヤバッ。なんでここに来るの?私より、もっと結婚願望が強い女性のところに落としてよ〜。

何の罪もない、綺麗なブーケ。そんなブーケを慌てて拾い上げると、私は最大限の笑顔を作った。

「や、やった〜!次は私の番かな♡」

すると“これが正解の反応”と言わんばかりに、皆、安堵した表情で拍手するのだった。




「よかった〜!次は、葵の番だね」

菜穂の言葉に、私はどんな顔をしていただろう。

仕事も恋愛も、それなりに頑張ってきた。受験勉強も必死にやって満足のいく大学に入学できたし、新卒で今の広告代理店に入れたから、就職先にも不満はない。

でも、今の預金残高は180万。そこまで無駄遣いはしていないはずなのに、これが現実だ。

ちなみに今日、この披露宴に参加するために恵比寿のアトレで新調したワンピースは、4万2千円。髪の毛のセットに1万5千円、ご祝儀に3万円…。

夏のボーナス前に、意外に痛い出費でもあった。

「葵は、年収1,000万以上の人がいいんだって。誰かいたら紹介してね」

菜穂が旦那さんに、耳打ちしている声が聞こえてくる。

そう。私はどうせ結婚するならば、それくらい稼ぐ男性と一緒になりたい。最低でも年収1,000万以上。…ただ、3,000万なんて言わない。

だからそんなに高望みじゃないはずなのに、意外と条件に合う人は見当たらないのだ。

いつの間にか参列者は皆、自分の席に戻っている。私は拾ったブーケを、無意識のうちにギュッと抱きしめていたのだった。


生活力を向上させるために結婚したい。“一生独身でいる”ことの恐怖に…?


「あぁ、疲れた」

こんなご時世なので、披露宴だけで今回は解散となった。

でも、なんだかうまく言葉にできないモヤモヤが残った私。そこで美咲と遥を急遽呼び出し、渋谷の『食幹』で飲むことにしたのだ。




久しぶりにドレスアップをして9cmのヒールを履いたせいか、すっかり疲れ切っている。先に到着していた美咲と2人で店内に入ると、彼女は何か言いたげにこちらを見ていた。

「まさか、葵…。それブーケトスでゲットしたの?」
「そうそう」

幸せの象徴かのような可愛らしいブーケなのに、少ししおれてきた気がする。早めに花瓶に移し替えないといけないのはわかっているけれど、なんだか気乗りしない。

「あれツラいよね〜。葵、お疲れさま。ちなみにその同期の女の子は、誰と結婚したの?」
「同い歳で私たちと年収もそう変わらない、普通のサラリーマンだって」

菜穂は、ずっと「私は医者と結婚する」と豪語していた。でも26歳になった途端に方向転換し、ただのサラリーマンと交際期間3ヶ月で籍を入れたそうだ。

なんでもご実家が裕福で、本人にお金がなくても東京での暮らしは困らないと判断したらしい。

「わあ、すごい判断力だね…」

『銀ダラのもり味噌焼き』を食べながら、美咲が感嘆の声を漏らす。

「すごいよね…。でも正直、うらやましいかも」

2人して黙り込んでしまったタイミングで、遥から『ごめん、今日は日曜だから外出できそうにない』とLINEが入った。

「遥は来られないみたい」
「そうだよね、今日は旦那さんがいる日だもんね」

独身女2人。黙々と、銀ダラを食す。漠然とした将来への不安が押し寄せてきて、気持ちが沈む。

菜穂とは同期だから、年収もほとんど同じだ。でも結婚すれば家賃負担も減るし、ダブルインカムになるわけだから、単純計算で世帯年収は約2倍になる。

家だってもう少し広いところに住めたり、今は買えないようなものにも、手が届くようになるかもしれない。

結婚しても、一生安泰でいられるとは限らない。結婚しなくてもいいと、真剣に思っている。

でも今の生活レベルをもう少し上げるために…。そのために結婚するのはアリなのかもしれない。

「美咲は、結婚したいと思う?」
「うーん。そうだね。職場の人は既婚者が多いし、私の会社はバリバリの日系だから。早く結婚して落ち着きたいな、とは思ってる。葵は?」
「私は…。どうなんだろう」

しなくてもいい結婚。

でも将来の不安を考えると、保険として、しておきたいとも思う。

「遥も菜穂も、決断できてすごいな」
「そうだね。結婚なんて、決断力があるかどうかだと思うんだよね」

決して、理想が高いわけではない。夢見る夢子ちゃんでもない。でもどこまで妥協すべきなのか。そして誰と結婚すべきなのか…。

将来が、急に見えなくなってきた。

「美咲はいいな…。結婚したいと思える相手がいて」
「葵の場合は、見過ぎた悲劇もあるかもね。仕事で、いろんな人に会うでしょ?たくさんいい人に出会うほど、決断力が鈍っていく。で、結局決められないまま時間だけが過ぎていくんだよ」

親友の言葉が図星過ぎて、思わず言葉を呑み込む。

今年で27歳。ここ最近、年齢だけ重ねている気がする。そして、以前は感じたことのない奇妙な焦りを感じるのだ。

「見過ぎた悲劇、かぁ…」

周りを見れば、続々と結婚している。

― この先、どうしたらいいんだろう。

この日の夜は、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。

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▶1話目はこちら:26歳女が、年収700万でも満足できなかったワケ

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