「贅沢はさせてくれるけど“ココ”が無理…」25歳女がリッチな年上男を切ったワケ
自由気ままなバツイチ独身生活を楽しんでいた滝口(38)。
しかし、“ある女”の登場で生活が一変……。
これは東京に住む男が、男としての「第二の人生」を見つめ直す奮闘記である―。
◆これまでのあらすじ
離婚した妻の娘・エレンを引き取ることになり、年下恋人雛子とまともにデートすらできなくなった滝口。久しぶりに時間をつくり、彼女とゆっくり食事をすることになったのだが…。
▶前回:「彼氏いるの?」食事会での質問。男をその気にさせた、25歳女の絶妙な回答とは
Vol.5 突然の別れ
「はぁ…」
雛子が乗ったタクシーを見送ると、滝口は深いため息をついた。
この日、彼女と2週間ぶりに会っていたのだが…。
『フロリレージュ』で、鮮やかで美しい料理とワインのペアリングを堪能した。塾から帰ってくる娘の手前、多少控えめに。そこまでは良かった。
だが、デザートとエスプレッソが運ばれてきた時、雛子が申し訳なさそうに切り出したのだ。
「トオルさん、私たち、サヨナラしたほうがいいと思うの」
雛子の口から出た思いがけない言葉に、滝口は唖然とした。だが、原因はわかっている。
「ごめん。僕が悪いのはわかっている。娘のことだよね?」
「それを言ってしまうと、娘さんがかわいそう。でも、私なりにいろいろ考えたうえでの結論なの」
エレンとの同居が始まったことによって、今までのように頻繁に会えなくなったことが本当に寂しい、と雛子は言った。
「元奥さんが留学している1年間だけっていう話だけど、実際どうなるかわからないでしょ?この先ずっと、娘さんがあなたと暮らす可能性もあるだろうし…」
その後、雛子は、しばらく沈黙してから口を開いた。
「それに……私、結婚したいと思っているの」
その一言で、滝口はすべてを悟った。
「そっか、そうだよね…。でも、僕は娘もいるし、今すぐ結婚の約束はできないから…。もっと雛子を幸せにしてくれる人が見つかるといいね」
そして「ごめんね」と付け足した。
店を後にし、雛子をタクシーに乗せると、滝口は車が見えなくなるまで雛子を見送った。
雛子に別れを切り出されたことにショックを受ける滝口。しかし、落ち込んでいる暇はなかった…
― いい大人が、去っていく恋人を追いかけるような真似なんて、できないよな。
滝口は、しばらくその場から動けずにいた。
パラパラと小雨が肩を濡らし始め、向こうから空車のタクシーが近づいてくるのに気づくが、手が上がらない。
自分が思っていた以上に、雛子に愛情を抱いていたことを思い知らされた。
別れは、人を一瞬で弱らせる。
つい先日、友人に言われた言葉を思い出した。
「若い子はさ、転職するみたいに付き合う相手を変えるみたいだから、心配だよな」
あの時「気をつけないと、年上の男が持っている知識や教養、財力から必要なものを吸い取って、いなくなるぞ」と注意された。雛子は、そんな浅はかな女性じゃないと思いたいが、実際そうなった。
彼は、二度目の深呼吸にも似た深いため息を吐き、ゆっくりと歩き始める。
― エレンは傘、持って出かけたのかな。
ふと、娘のことが脳裏をよぎる。
― エレンが帰宅するより前に、帰らないと。こんな時でも娘か。俺もすっかり父親だな。
ふと、おかしさが込み上げてきた。滝口は手を上げてタクシーを止め、伝えた。
「急いで松濤まで」
◆
6月下旬の水曜日。
今日は、エレンが通う小学校で保護者会がある。滝口は仕事を15時で切り上げ、学校に向かっていた。
子育ての経験がほぼない彼にとって、保護者会の参加は今日が初めて。仕事のときに愛用しているゼニアの細身のスーツに、ネクタイをキリリと締めている。
「パパって…今日学校に来るの?」
今朝、エレンは保護者会のことを気にしているようだった。
だが、父親が来ることが心配なのか、それとも来ないことが心配なのか、滝口にはわからなかった。
「ああ、行くよ。初めての保護者会だからね」
「ふーん…。エレン、今日帰ったらすぐ、塾の自習室に行くから」
興味なさげに言うと、ランドセルを背負い「いってきます」も言わずに出ていってしまった。
― 女の子は難しいなぁ…。
エレンを塾に入れてから、多少のコミュニケーションは取れるようになった。だが、まだまだ“スムーズ”とは言えない。
― 学校ではどんな感じなのか、保護者会でわかるといいが…。
あれやこれや考えているうちに、小学校に着いた。
支給されているネームプレートを首から下げ、滝口は足を踏み入れた。
保護会といっても、母親ばかり。
何人かずつ固まって、雑談に興じている。いやが応でも、滝口は目立つ存在だった。
― まいったな。これは、完全アウェーだ。
居心地の悪さを感じながら、あたりをキョロキョロ見回しながら歩く。
その時、不意に背後から声をかけられた。
「あの、滝口さん?」
聞きなれない声に、滝口は振り向いた。
長い髪をゆるく巻き、他の保護者に比べると幾分若々しい目の前の女性に、滝口は覚えがない。水色のサマーツイードのジャケットを羽織り、どことなく知性を感じさせる雰囲気だ。
相手に気づかれないようネームプレートを確認しようしたが、それに気づいたのか女性が自己紹介をしてきた。
「西尾咲希の母、沙織です。あの、こないだ東急本店でお会いした…」
そこまで聞いて、滝口はハッとした。3日前に、エレンと買い物に出かけた東急百貨店本店で、ばったり会った保護者だ。
「あぁ、すみません。この間お会いした時と雰囲気が違うもので」
先日は、いかにもスポーツジムから帰ってきたような装いで、地下の明治屋で娘と買い物をしていた。
「滝口さんこそ、スーツ姿素敵ですね。なーんて、小学校で言うことじゃないですけど」
沙織は、肩をすくめて笑った。
「エレンちゃん、うちの娘と同じ塾なのでよく一緒に自習室に行ってますよ。といっても、娘は個別じゃなくて集団ですけどね」
初めて聞く家の外でのエレンの様子に、滝口は食いついた。
「あの、何か言ってますか?うちの娘は」
すると、周りの様子を気にしながら、沙織は答えた。
「そう言えばこの間、パパのこと言ってましたよ。ママがいなくなっちゃったから、パパと仲良くしなくちゃいけないのは、わかっているんだけど、って」
外でそんなことを話しているのか、と滝口は少し驚いた。そのとき、沙織はバッグからスマホを取り出しながら言った。
「塾も一緒ですし、今後も繋がっておくと何かと便利だと思うので、LINE交換しませんか?」
娘の友達の母と知り合い、喜ぶ滝口。だが、沙織の思惑とは…
西尾沙織の思惑
保護者会が終わり、神山町の自宅に戻った沙織は、ジャケットを脱ぎ、ソファに腰をおろした。
娘の咲希は、塾に出かけてしまったようだ。
沙織は、娘が2歳の時に子育ての価値観の違いから夫と離婚している。以来、ファイナンシャルプランナーの仕事をしながら、1人で沙希を育ててきた。
咲希は、誰とでもうまくやるタイプだが、特定の誰かと仲良くしている様子はなく、これまで友達を家に呼んだこともなかった。
ところが、6年生になった途端、いきなりエレンという美しい女の子を家に連れてくるようになったのだ。聞けば、ママがアメリカに行ってしまい、離婚して離れて暮らしていたパパと住むために渋谷に来たという。
咲希とエレン、2人はひとり親という境遇が同じせいか、気が合うようだった。
咲希に、友達ができてよかったと思うと同時に、滝口に近づけたことに、沙織は心躍らせていた。
彼は、娘の小学校に行事の際にやってくる、所帯じみた父親たちとはかけ離れている。
すらっと長身、上品で紳士的な物腰。個別指導の塾に入れるなど、お金に糸目なく、娘を大切に育てようとしているところも好感が持てる。
― パパ友っていうのかしら?中学校のオープンキャンパス、誘っちゃおうかな。
沙織は少し考えてから、LINEに文字を打ち始めた。
『沙織:今日はお疲れさまでした。ところで、うちの娘が、エレンちゃんを中学校のオープンキャンパスに誘っているんですが、パパもご一緒にいかがですか?』
そして、送信した後『お忙しかったら、私、連れて行きますよ』と追加で送ってみた。すると、すぐに既読マークになり返信が届いた。
『滝口:ありがとうございます。ぜひ、ご一緒させてください』
その返信を見て、沙織はふふふと笑った。
▶前回:「彼氏いるの?」食事会での質問。男をその気にさせた、25歳女の絶妙な回答とは
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