「私、一生子ども産まないから」20代女子が独身なのにそう決めた、意外すぎる理由
結婚しても子どもを持たないという選択は、もう特別なものでもない。
“2人”が、家族のかたち。
明るい未来を信じて、そう決断する夫婦も多い。
それでも…悪気のないプレッシャーや、風当たりの強さに、気持ちがかき乱されることがある。
これは、3人の女が「夫婦、2人で生きていく」と決めるまでの、
選択と、葛藤と、幸せの物語。
◆これまでのあらすじ
ピラティススタジオのオーナー兼インストラクターの美菜は28歳。20歳年上の夫の篤彦と、愛に満ちた幸せな毎日を送っている。そんな美菜は、あらめて「私は子どもを持つことはできない」と宣言する。それには深い理由があった。

結婚を機に、美菜と篤彦が広尾のマンションに引っ越してきたのは一年前。夫婦2人で快適に過ごせる家を…と、分譲マンション探しをしたのだが、思わぬ難航をした。
どのマンションメーカーも、不動産会社の営業マンも、2人が新婚と聞くと、
“ご家族が増えた場合でもこちらの間取りなら…”
“ここは子ども部屋にぴったりです”
“防音性が高いので、元気なお子様が走り回ったり、少し大きくなってピアノなどを習っても…”
などと、“いずれ子どもが生まれる”ことを前提に話が進んでいくのだ。
子どもを持つつもりがない美菜は当然モヤモヤするが、空気を乱したくないので、その場では家族計画の話はうやむやにする。
ただやはり、夫婦2人で暮らす間取りの部屋を希望すると“こちらだとご家族が増えた場合…”と、話は振り出しに戻る。
― 新婚夫婦が住宅を購入するって、家族が増えるのが前提で話が進むんだ…。
美菜と篤彦の部屋探しはそんな幕開けだった。
「ここまで気が滅入るだなんて、予想外だったな」
「もし美菜が良ければだけど…俺にも考えがあるんだ」
肩を落とす美菜の顔を覗き込み、篤彦は神妙な面持ちで言った。
篤彦の思わぬ提案に美菜は…?
篤彦は離婚経験があり、前妻との間に2人の子どもがいる。長男は社会人、長女は大学生で、今でも定期的に連絡を取り合い、ときには食事をしたり買い物に出かけるような仲だ。
篤彦のそんな境遇もあるので、新しい家庭で子どもを作ることにはあまり乗り気ではないだろうと、美菜は思い込んでいた。
前の家庭での子どもの気持ちを考え、再婚後は子どもを持ちたがらない男性も多いと聞いたことがあったのだ。
― 篤彦さんは、私との子どもも欲しいのかな…。
美菜はそう言われる覚悟をしながら、篤彦の言葉を待った。
「美菜。これから生涯、家族構成、夫婦2人なんだよ。家に縛られて暮らすのはやめよう」
「…え?」
「美菜の希望通り、我が家は子どもは作らない。そうと決めれば大人2人、どこに住もうが、何度引っ越そうが自由自在だよ」
篤彦の意外な提案に、美菜は驚きのあまり一瞬言葉を失う。そして続く言葉を聞きながら、じわじわと湧く喜びをかみしめた。
「家は買わずに、賃貸で気ままに暮らそう。1年ごとに引っ越したっていいし、セミリタイアして海外に行くのもいい。美菜と一緒ならトレーラーハウスで日本一周するのも楽しそうだ」
「キャンピングカーで暮らすって言ってるの?…もう。ワクワクさせないでよ」
篤彦の満面の笑顔での提案に、美菜はつられて笑ってしまった。
「こう見えて、手際よくテントも張れるし、火だって起こせる。俺がいれば、美菜はどこだって生きていけるよ」
「さすが元マイホームパパは頼もしいね」
2人はひとしきり笑うと、篤彦は美菜の体を抱き寄せた。
「賃貸だったら、家族計画とかいちいち聞かれないよ。家は気楽に探そう」
美菜は篤彦の温もりに身を委ねながら、小さく頷いた。
― 篤彦さんと出会えてよかった。
出会ったこと、こうして結ばれたこと。美菜にとってすべてが奇跡のようで、感謝の気持ちで今日も胸が満たされる。
「篤彦さん。これから2人でいろんな場所に行こうね。たくさんの景色を見せてね」
4歳から24歳までバレエ漬けの毎日を送っていた美菜にとって、篤彦は初めて外の世界を見せてくれた人だ。

美菜の母は元バレリーナで、名門バレエ教室を運営していた。つまり、美菜の運命は生まれるから決まっていたのだ。母のような世界に名を轟かすバレリーナになること。幼い美菜は、それに疑問を持つことすら許されず、過酷なレッスン漬けの毎日を送った。
友達と遊ぶことはおろか、怪我を避けるようにバレエ以外の運動はほぼ禁じられた。レッスンやコンクールが最優先なので、小中高と、修学旅行や文化祭にもほとんど参加できなかった。
厳しすぎるレッスンは苦痛以外の何物でもなかったが、結果を残せば母が喜んでくれる。褒めてくれる。愛してくれる。美菜は「母に見放されないように」すがる思いでバレエに全てを捧げてきた。
しかし、大人になるとぱたりと踊れなくなった。心も体もいつの間にか限界を超え、突然体が一切動かなくなったのだ。
美菜はそのまま表舞台を去った。半狂乱となった母と、分かち合えることはなかった。それは美菜にとって、母に対する最初で最後の反抗で、今生の別れだった。
そして決意したのだ。
― 私は、一生子どもを産まない。だって…
美菜の決意に篤彦の反応は?
― …だって私も、母のような子育てをしてしまうかもしれないから…。
美菜にとって「子どもを産まない」という決意は、負の連鎖に対する恐怖。そして、これからの人生は自分のためだけに生きるという、呪いからの解放だった。
バレエときっぱりと縁を切った美菜はようやく、自分の人生を歩み始めた。
ピラティスを始めた頃、友人に誘われて行った初めてのゴルフコースで美菜は篤彦と出会った。
“バレエしか知らない”美菜は同世代の女性と比べて、あまりに世間知らずだった。ともすれば“ぶっとんだお嬢様発言”も、愛嬌のある美菜が語るとかわいらしく、いつの間にか周りに人があふれていた。篤彦もその1人。共通の友人を交えての交流が始まった。
とはいえ、年齢差20歳のグループだ。篤彦たち男性チームは極めて遠慮がちで紳士的。その一方で、女性陣の中で美菜はひときわ積極的だった。
サーフィンやマウンテンバイク。スキーにスノーボード。篤彦が連れて行ってくれる様々なスポーツの場は、全てバレリーナ時代に禁じられていたものだ。瞬く間に夢中になった美菜は、新しい世界を見せてくれた篤彦を自分から毎週末デートに誘う始末だった。
しかし、グループの輪を抜け、2人の時間が増えても、篤彦は美菜と適度な距離を取り続けた。
「美菜ちゃんと同世代の彼氏ができるといいね。スポーツマンだったら紹介してくれよ。仲間が増えれば嬉しいからさ」

新宿御苑を2人でジョギングしながら、篤彦は美菜に言った。
「私、同世代には興味ありません」
「どうして?」
「だって、子どもっぽくて」
美菜の発言にたまらず吹き出した篤彦は、足を止めゆっくり歩き始めた。
「どうして笑ってるんですか!?」
「ごめんごめん。だって、美菜ちゃんだって、十分子ども…」
「ひどい。私、たしかに普通の人生経験は少ないですけど、ものすごい苦労を乗り越えてきたんです!」
感情豊かにムキになる美菜は、目に涙をためて篤彦に詰め寄った。慌てた篤彦はすぐに「ごめん」と謝罪し、弁明する。
「そうだよな。笑って悪かったよ。美菜ちゃんは、俺なんかよりよっぽどすごい経験をしてきたはずだ。子どものころから一つのことに本気で打ち込んで、誰も見たことのない景色を見てきたんだ。本当に尊敬してるよ」
「尊敬じゃなくて、好きになってください」
「え!?」
驚いて素っ頓狂な声を上げたのは篤彦の方だ。
「いや、好きだよ。もちろん、好きだけど…妹的な…っていうか…」
たじたじの篤彦に美菜は強気で畳み掛ける。
「そういう好きじゃなくて、女として見てほしいんです。尊敬もあまり嬉しくないです。後輩バレリーナたちに、さんざん言われてきたことですから。むしろ、私、普通に女として好きになってもらった経験がなくて…」
いつの間にか美菜の声は震え、表情が歪んだかと思えば両手で顔を覆い、わっと泣き出した。
「ちょ…ちょっと、泣かないでくれよ。頼む」
篤彦は周りの視線を気にしながら、美菜の肩を抱くようにして、木陰のベンチに促した。
不思議と美菜は、篤彦には心を開いて自分の過去の話をすることができた。
小さな頃からレッスンは辛かったけど、踊ること自体は好きだったこと。
母を憎んでいたけれど、笑ってくれると嬉しかったこと。
小さい頃に離婚した父親は、ほとんど記憶にも残っていないこと。
篤彦は、何度も相槌を打ちながら、美菜の心に寄り添い、いつまでも話を聞いてくれた。
「今からでも、普通の人生をやり直したいです。学校もまともに行けなかったし、友達と遊んだ思い出も全然なくて」
ベンチに2人並んだまま1時間は経っただろうか、ジョギングで流した汗が引き、少し寒さを感じた。美菜は話が長くなったことを詫びながら笑顔を見せ、話を切り上げる。
「というわけで、みんなの人生が私の憧れです。あーあ。大学にも、行ってみたかったな」
「大学、今からでも遅くないよ。行けばいいんじゃないかな」
「え?今から大学に?」
考えたこともない提案に、美菜は驚きで目を丸くした。
「美菜ちゃん。変な意味で捉えないでほしいんだけど、学費が必要なら俺、工面っていうか…援助っていうのも違うか。あ。そうだ。奨学金設立しようかな、美菜ちゃんのための。自分の子ども2人の養育費は払い済みなんだ。この先再婚もないだろうから、まとまった金を使う予定もないし」
なぜかタジタジな様子でそう提案する篤彦が、あまりに愛おしくて目眩がした。
「無償の愛って、親じゃない人から貰ってもいいんですね」
美菜はそう言いながら、篤彦の腕にしがみついた。
「もう、絶対に離しません。私、篤彦さんのことが大好きです」
篤彦は、苦笑いしながら頭をかき「参ったな」と言った。
「奨学金はいりません。大学には行ってみたかったけど、今からその青春を取り戻そうと思っているわけじゃないんです。ただ、一つだけお願いがあります…」
美菜は篤彦の顔を潤んだ瞳でじっと覗き込み、覚悟を決めたように小さく息をついた。
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はじめて明かされる美菜のもう一つの過去…

