麻倉未稀「風呂場でひとり泣いた」56歳で乳がん発覚「告知も怖いけど、検査結果を待つ時間が不安でたまらなかった」
仕事や育児、介護などに追われ、健康診断やがん検診を先延ばしにしてしまう…。歌手の麻倉未稀さんもそんなひとりでした。圧倒的な歌声で多くの人を励まし続けてきた麻倉さんも、がんが発覚した直後は不安になり、風呂場でひとり泣いた夜もあったと言います。そして手術当日に届いた悲報に命と向き合った心の軌跡を伺いました。
【写真】「術後は怖くて胸が見られなかった」病院のベッドに横たわる入院中の麻倉さん(5枚目/全11枚)
「病気だったら怖い」と、自分のことは後回しに
── 昭和に大ヒットしたドラマ『スクール☆ウォーズ』の主題歌『ヒーロー』で知られる麻倉未稀さん。現在はがん検診の普及啓発活動をしていらっしゃいます。その活動のきっかけとなったのが、ご自身が乳がんにかかった経験だそうですね。
麻倉さん:乳がんが見つかったのは2017年、56歳のときのことです。今でこそ「がん検診に行ってくださいね!」と呼びかける活動をしていますが、当時はみなさんと同じです。健康番組の企画で人間ドックを受けることになったときは「病気が見つかったらどうしよう」「怖いな」と緊張していました。
── がん検診って、がんが見つかるのも怖いし、検診のための時間を作るのもおっくうですよね。
麻倉さん:そうなんです。私もずっとノーチェックで過ごしていて…。じつは40代で乳房に違和感があり、がんを疑って乳腺外科に通っていた時期もあったんです。ただ「悪性ではない」という診断が3年続いたこともあり、油断があったのかもしれません。気がつけば10年以上経っていました。
また、当時は毎日が忙しくて。歌手活動のほかに、夫が心臓を患い、さらには父も心臓の病気で手術を受けるなどしてそのサポートも必要でした。「私も人間ドックに行ってしっかり体を調べなきゃ」と頭ではわかっていても、どうしても自分のことは後回しに。40代、50代の方ってみなさん同じ状況じゃないでしょうか。
── そのタイミングで、テレビの健康番組からのオファーがあったのですね。
麻倉さん:あまりに忙しい日々だったので、事務所も「どうせ断るだろう」と思っていたみたいです。ただ、歌手って体が資本ですから、頭のどこかで「今後も長く歌い続けるため、一度人間ドックで調べて、治さなきゃいけないところがあれば治しておきたい」という思いもありました。それで思いきって番組に出演して、調べてもらうことにしたんです。
そして、見つかったがんはステージ2でした。早期発見ではなかったため、大きな手術が必要になりましたが、いっぽうで、あのまま父の体調が落ち着くまで検査を待っていたら手遅れになっていたかもしれません。今思えばギリギリのタイミングでした。
お風呂場だけが感情を吐露できる唯一の場所
── がんの告知を受けると多くの人はショックを受け、「なんで私が」と腹を立てたり、不安になったりして、病気を受け入れるのに時間がかかるといいます。麻倉さんはいかがでしたか。
麻倉さん:診断直後は「良性なのでは?」と先生に食い下がったり、「なんでこんなことになったんだろう」と、動揺したりしましたね。
とくに不安だったのが、治療方針が決まるまでの期間でした。どんな治療をするかを決めるには、しこりの細胞をとって、どういうタイプの乳がんなのか調べる必要があります。その結果が出るまでの約1週間は長かったですね。「結果が出るまでに読んでおいてください」と渡されたパンフレットには、生々しい手術の写真が載っていて、とてもじゃないけど怖くて読めません。
治療方針が決まっていないから、この先の仕事をキャンセルすべきなのか、予定通りやっていいのか、何ひとつ決められない。病気が病気なだけに「死ぬのかな」という恐怖も頭をよぎり、完全に八方塞がりの状態になってました。そのころは毎日、お風呂で泣いていました。夫も父も心臓に病気を抱えていますから、余計な負担をかけたくなかった。だから、お風呂場だけが、私の本当の感情を吐き出せる唯一の場所だったんです。リビングではなるべくふつうを装っていました。
── 治療方針が決まってからは少し気持ちに変化が出たのでしょうか。
麻倉さん:治療の方向性としては、手術で左乳房の組織をすべて取り除き、同時に乳房を再建し、術後、ホルモン剤治療を受けることに。治療が決まれば、その準備に追われますから、八方塞がりな不安は薄れていきました。
もうひとつ、「治療を始めた後、歌は続けられるの?」という大きな不安があったのですが、これについては主治医の土井卓子先生が「手術後3日もしたら歌えるようになるわよ」とおっしゃって。声を維持するための方法を一緒に考えてくださって、それでかなり治療に能動的に取り組めるようになった気がします。
手術日は小林麻央さんが亡くなった日だった
── そして、2017年6月22日に手術を受けられました。その日は、乳がんで闘病していた小林麻央さんが亡くなった日でもありましたね。
麻倉さん:乳がんの診断を受けてから、私は麻央さんのブログを何度も読み、たくさんの勇気をいただいていました。手術が無事に終わったその日の夜中、術後の痛みに苦しみながらふと携帯電話の画面を見ると、小林麻央さんが亡くなられたというニュースが流れていたのです。
私が手術を終えて麻酔から覚めようとしているまさにそのときに、同じ乳がんと闘い抜いた彼女が旅立っていった。その事実を知って、言葉にできないほどのショックを受け、死について、深く、深く考えさせられました。
── 同じ病気だっただけに、落ち込んだのではないですか。
麻倉さん:落ち込んで、引っ張られてしまいそうになる私を救ってくれたのが、主治医の土井先生でした。翌朝、回診に来た先生は私の顔を見るなり、「で、歌った?」「胸、見た?」と、サバサバした口調でたずねてこられたんです(笑)。泣いている場合じゃないわよ、と言わんばかりの明るいテンションでした。
「先生、昨日手術したばかりで、自分の切られた胸なんて怖くて見られませんよ!」と言うと、「きれいに処置できたから見たほうがいいわよ」って。いい意味でその勢いにのまれて、術後のリハビリに向き合うことができました。
── がんは手術後も、放射線や抗がん剤など、つらい治療が続くといいます。麻倉さんはいかがでしたか。
麻倉さん:私の乳がんは「ルミナールA」というタイプで、抗がん剤治療ではなく、ホルモン治療薬を10年飲み続ける必要があります。「抗がん剤じゃないなら、副作用はないのでは?」と思われるかもしれませんが、関節のこわばり、ホットフラッシュ、記憶力の低下などはありました。体力面でも、急にドーンと具合が悪くなることがあり、日常生活や仕事に影響はありますね。
ただ、それらについても、歌手活動を続けながら、少しずつ対処法を見つけています。「歌いたい」気持ち、そして、その後開始したがん検診の普及活動などを支えに、これからもがんに向き合っていきたいですね。
取材・文:鷺島鈴香 写真:麻倉未稀

