湘南ベルマーレなどで活躍した永里源気さんは、知的障がいと自閉スペクトラム症を持つ長男・大和さん(中学2年生)の育児経験をきっかけに、療育特化型の放課後等デイサービスを開設しました。開設の理由には、障がいを持つお子さんはもとより、保護者の方への思いも強かったようです。(全3回中の3回)

【写真】永里さんが開設した放課後等デイサービス「Athletic club ハートフル」(全15枚)

運動療育をメインに少人数制で

── 2022年1月に、療育特化型の放課後等デイサービスを開設されました。きっかけと経緯を教えてください。

永里さん:タイに単身赴任していたとき、現役引退後にサッカー以外で何をやりたいかを考える機会が多かったんです。鳥取に住んでいたときに大和が通っていた児童発達支援センターやデイサービスなどで出会った方々が、大和だけではなくぼくたち夫婦にもすごく寄り添ってくれて。そのときの経験から、今度はぼくが、発達障がいや知的障がいなどを持つお子さんとご家族のための場所を作りたいなと思って開設しました。サッカー選手がこういうところを立ち上げることで、障がいに対する理解や関心が深まればいいなという思いもありました。

永里さんが開設した放課後等デイサービス「Athletic club ハートフル」の夏祭り

たまたま、当時所属していた厚木のサッカーチーム「はやぶさイレブン」のチームメイトに「息子が障がいを持っていて、ゆくゆくはデイサービスを立ち上げたいと思ってるんだよね」という話をしたら、その選手のお父さんが偶然にもデイサービスをしていて。チームのスポンサーさんにも同じ事業をしている方がいたので、アドバイスをもらいながら進めていきました。物件探しや指定申請の書類作り、銀行からの融資など、すべてが初めてのことだったので、どれもすごく大変でしたね。

── 開設後に大変だったこともありますか?

永里さん: 周囲からは「早いほうだよ」と言ってもらったんですけど、自分のSNSや地元の媒体以外で広告を出していなかったので、通ってくださる方が増えるかどうかということが大変でした。たまたま来てくださった方が伝えてくれた口コミをきっかけに広がったり、ここをよく思ってくれた方が紹介してくださったりして、今は約65人のお子さんに入っていただいています。神奈川県内からも都内からも通ってくれていますね。

── 永里さんが開設された「Athletic club ハートフル」の特色を教えてください。

永里さん:運動療育をメインに、少人数制にしていることが特色です。大人数で1か所にいることが苦手なお子さんや集団での行動がストレスになるお子さんもいるので、1グループを3~5人にして、各グループにつき2~3人の指導員が対応しています。同じ場所に長時間いることが苦手というお子さんも多いので、セッションが計1時間になるように設定しています。

お子さんたちの特性によって合う・合わないがあったり、学年差があったり、学年差があっても運動のレベルが合っているということもあったりするので、様子を見ながら各グループに振りわけて、気持ちよくセッションに臨めるような環境作りを意識しています。不登校のお子さんは個別で見させていただいたり、日曜日は理学療法士さんや作業療法士さんに来ていただいて特別なセッションを行ったりもしています。

── 保護者同士が情報を共有できる場にもなっているんですよね。

永里さん:はい。厚木に来て今の支援学校に大和が通い始めたとき、バス停には中学部に通う子のお母さんもいれば、高等部に通う子のお母さんもいて。上の学年のお母さんに「大きくなるとどういうことが必要?」とか「どういうことをやっていくの?」とか、先の不安を相談できる機会ってすごくいいなと感じたんです。ハートフルでは、お子さんのその日の様子を保護者の方に直接聞きたいという思いと、セッションが終わったあとに今日の様子をフィードバックしたいという思いから、送迎サービスはやっていなくて。そのぶん、お子さんがセッションを受けている間は、ここの待合室が保護者の方々の情報共有の場になればいいなと思っています。「小学校1~4年生はちょっと大変だけど、高学年になると落ち着いてきますよ」というような自分の経験談をお伝えすることもあります。

「こんなできるようになったの!?」成長に驚くことも

── 通ってらっしゃるお子さん方を見ていて、大和さんの育児経験があったからこそ共感するところや、同じ診断でもこんなに違うんだなと感じたところはありますか?

永里さん:こんなに違うんだなと感じることのほうが多かったですね。大和は知的障がいの特性のほうが強く出ていたので、ASD(自閉スペクトラム症)も診断に入ってはいるものの、そこまで特性が出ていなかったんです。もちろん、こだわりが強いところが共通していたり、「そういうところあるよね」と共感したりすることもあるんですけど、やっぱりお子さん一人ひとりによってタイプが違っていて。本や教科書に載っているだけじゃない部分がたくさんあるので、日々勉強中です。

いっぽうで、大和が毎日同じルーティンで生活していたことで今は見通しをもって過ごせるようになってきたように、同じ曜日や決められた時間にしっかりと通い続けてくれているお子さんが伸びているなということは、すごく実感しています。安心できるルーティンを組んであげることで、「こんなことできるようになったの!?」と成長を感じられるシーンがあって、ぼく自身も嬉しいですし、やりがいにつながっています。

── どのようなシーンで成長を感じましたか?

永里さん:支援学校に通うお子さんで、初めはセッション通りできなくて、自分がやりたいことをバーッとやってしまうタイプのお子さんがいたんです。まずは自由遊びをして、この場所が楽しいと思ってもらうところから始めて、ずっと通い続けてくれていて。自分で言葉を伝えることはできないんですけど、文字が読めるお子さんなので、ふとしたタイミングで「じゃあ日付を読んでみようか」とか「名前を読んでみようか」と言ってみたところ、文字に興味があるみたいだということがわかったんです。

トランポリンも好きだったので、ホワイトボードに「トランポリン」と書いて5分間一緒に飛んで、「じゃあ、『トランポリン』という文字を消してください」と言うと消してくれて。お姉ちゃんがバスケをやっていてボールを突くことも本人のブームだったので、ボールを投げて取ることもセッションに取り入れたり、好きな活動をたくさんしたあとに必ず“消す”という作業を入れてみたり。そんなふうに組み合わせながら進めた結果、座っていられる時間がすごく伸びて、少しコンパクトにはなるものの、通常セッションを受けられるようになりました。

このお子さんの場合は好きな活動を一番最後に置いておくのがいいかなと思ったので、保護者の方から情報を聞いて、学校でやっていることとデイサービスでやることをリンクさせたり、お子さんの様子を見て活動を組み込んだりする中で「あ、これだったらいけるんじゃない?」というセッションが完成しました。この2年間ですごく成長してくれたと思います。

── 永里さんはデイサービスのほかに、サッカースクールや運動教室も運営されています。指導者として心がけていることはありますか?

永里さん:発達障がいがあるお子さんのなかには、できないことに対して劣等感を持ってしまったり、周りの人からネガティブな発言をされたりすることもあるんです。たくさんの成功体験を積んで自信を持って日常生活につなげることが大事だと考えているので、結果だけではなく、そこまでのプロセスに対して「この部分ができたよね!すごいじゃん!」と言うことを心がけています。サッカーの指導をするときも、「こういうところができていないから、こういうプレーをしたほうがいいよ」ではなくて、どういうところがよかったかを具体的に伝えるようにしていて。ほめてばかりいるので、テンションの高いコーチだと思われているかもしれません(笑)。デイサービスでの子どもたちとの関わりが、サッカースクールや運動教室で指導者として関わるときにも生きています。

自分の子どもにも、基本的にはほめまくります。いけないことをしたときも、怒鳴ったり叱ったりではなく、今やったことを冷静に説明して「これはいいこと?悪いこと?」「じゃあどうしたらいい?」と聞くようにしています。

「18歳を過ぎても安心して通い続けられる場所を」

── 近年、障がいの有無などさまざまな違いを超えて、すべての子どもたちが同じ環境で共に学ぶ「インクルーシブ教育」という言葉を耳にする機会が増えました。大和さんを14年間育ててきて感じたことやデイサービスを運営していて思うことがあれば聞かせてください。

永里さん:大和が幼少期を過ごした鳥取では、「基本的には養護学校に行ってください。普通の学校の学習室に入る場合は、保護者の方も一緒に入ってください」と言われたんです。かかりつけのお医者さん、相談支援の人、行政の人などが面談をしてくれて、大和に合った事業所を提案してくれたり一緒に見学に行ってくれたりもして。ぼくたち家族としては、障がいの特性をしっかりと把握しているプロの先生がいるところに通えるのは、すごく安心だなと感じていたんです。

7歳のときの大和さんと

厚木に引っ越してきたときは、逆に小学校の学習室を勧められたんです。でも、ぼくたち夫婦としては「いやいや息子は絶対に無理なので、支援学校がいいです。支援学校一択です」という感じで。どうして重度の障がいを持つ息子が普通の学校の学習室を勧めてもらったのかなと思って聞いてみると、「普通の子と一緒の学校に通いたいという考えを持つ保護者の方もいらっしゃるから」というようなお話だったんです。特性や障がいの程度、ご家庭の考え方、先生の理解など、さまざまなので一概には言えませんが、インクルーシブはもちろん大事だけど、定型の子と同じ扱いを受けることが、子と親にとってベストな選択になるかどうかは難しいところだなと思います。

もしかしたら、学校や先生によっては、支援ではなく指導をしているケースもあるかもしれません。ハートフルに通ってくれているお子さんのなかには、定型の子と同じ扱いを受けることが苦しくて、部活や学校に行けなくなってしまったお子さんもいて。学校や先生の特性に対する理解と関心が、さらに高くなるといいのかなと思います。

── 最後に、大和さんに願うことと今後の目標を教えてください。

永里さん:ぼくが先に死ぬので、できるだけ身辺自立できることを増やしてほしいなとは思います。でも、それよりも何よりも、大和自身が安心できるものや場所、人をたくさん増やしてほしいなというのが一番の願いですね。急にしゃべれるようになれとか、完璧にご飯を食べられるようになれとか着替えられるようになれとか、できるようになってくれればそれはそれで嬉しいですけど、それ以上に、本人が楽しく安心して過ごせる場所と手段を増やしてくれればいいなと思います。

今は、児童福祉法で原則的には18歳までしか放課後等デイサービスが利用できないので、普通の子は高校を卒業すると大学や専門学校に行く選択肢があるんだろうけど、息子のような子はいきなり社会人になっちゃうんですよね。大和の場合、就労支援は難しいのかなと思うので、入所施設や生活介護を利用するような形になるのかなと思うんです。でも、新しい場所に馴染むのに時間がかかるお子さんもいますし、ハートフルには小学校から通ってくれているお子さんもたくさんいるので、高校を卒業したあとも安心して通い続けられる場所をぼくが作ることが今の目標です。

PROFILE 永里源気さん

1985年12月16日生まれ。湘南ベルマーレユースを経てトップチームに昇格。その後、東京ヴェルディ、アビスパ福岡、ヴァンフォーレ甲府などで活躍した。22歳のときに結婚し、4児の父に。現在は地元・神奈川県厚木市で療育特化型「放課後等デイサービス Athletic club ハートフル」を開設しており、少年サッカーチームやスクールも運営している。元女子サッカー日本代表の永里優季さん、永里亜紗乃さんは実妹。

取材・文/長田莉沙 写真提供/永里源気