「女は所詮、金やステータスでしか男を見ていない」

ハイステータスな独身男で、女性に対する考え方をこじらせる者は多い。

誰も自分の内面は見てくれないと決めつけ、近づいてくる女性を見下しては「俺に釣り合う女はいない」と虚勢を張る。

そんなアラフォーこじらせ男が、ついに婚活を開始。

彼のひねくれた価値観ごと愛してくれる"運命の女性”は現れるのか―?

◆これまでのあらすじ

会社経営者の明人は、高スペックなマイに当初は拒否反応を示すも、彼女の猛アプローチに心打たれ交際を開始した。

この世の春を謳歌するように幸せな日々を過ごしていたが…。

▶前回:「子どもを産むなら女性は若い方が」付き合いたての恋人の無神経な発言に、アラサー女は…




Vol.10 終わりの始まり?


<私が出会ったヤバい社長の話、聞いて>

かつてミスキャンパスでファイナリストとなり、現在はモデルをしているという女性の突然の告白が、日曜夜のSNSを駆け巡った。

<恵比寿の会員制ラウンジでヒドイ対応されたの。今でも言い返さなかった自分に腹が立つ…>

<「1万円やるからひざ枕して」とか「女は言うことだけ聞いてろ」とか…。自分は有名な会社の社長だってずっと自慢してたんだけど―高見堂なんとかって>

週末、ずっとマイの部屋で過ごし、夢見心地で目を覚ました月曜の朝。

スマホを開いた明人は、画面上に表示されたあふれんばかりの通知に目を疑う。

<トコリス社の高見堂明人。女性をモノとしてしか見ない最悪の経営者>
<港区のパパ活狂いおじさん>
<昭和気質のパワハラ野郎は抹○されるべき>

自分に対する汚い言葉がネットに溢れている。俗にいう、大炎上状態だ。

「ど、ど、どういうことだ…」

だが、実際、その女性については身に覚えがあった。

「もう。日頃の行いが悪いから…」

震える手でスマホを眺める明人とは対照的に、マイはどこか呑気である。

「悪いって、ちょっと待ってよ。そのコだって笑っていたし、タク代だって渡して…」

これ以上言うと墓穴を掘るという寸前で、明人は口をつぐんだ。しかし、マイはそんなことはお見通しとばかりの苦笑いをしている。

「その時は笑顔で我慢していたけど、後から我慢できなくなってきたんでしょう?そういう怒りってくすぶり続けるの」

「ああ…」

「とりあえず、今は事の成り行きを見守りましょうよ。後は久保さんや、専門家に相談して任せた方が無難よ」

大理石のダイニングテーブルの上にはマイが淹れたモカコーヒーがふたつ。

エシレバターをたっぷりつけたヴィロンのレトロドールを彼女はパクパクと食べはじめた。

大きな窓からリビングに差し込む、まぶしすぎるくらいの朝日。地上20階を超える部屋の眼下には、静かな東京の風景が広がっている。

燃えたぎるネットの中とは比べ物にならないくらい静かな光景だ。

肝の据わったマイの態度は、「たいしたことない」と明人を元気づけているようだった。堂々とした彼女を見習い、明人は心を落ち着かせようと深呼吸をする。

しかし…。


自業自得の大炎上だが、明人は懲りずに…


止まらない誹謗中傷


それから2日経っても、炎上が鎮火する気配は全くなかった。

件の女性の告白を皮切りに、明人から高圧的な態度を受けたという女性社員や、入社面接でセクハラまがいの質問を受けたという女性たちが追随した。

一連の投稿には#MeTooとハッシュタグが付けられ、まれにみる大騒ぎとなってしまったのだ。

「明人さん、しばらく会社には来ない方がいいです。ビルの前にカメラ持っている変な奴がいるし、クレームの電話も鳴りやまないので…」

久保からの連絡を受けた明人は、マイの家で待機することにした。マイはいつも通り仕事へ行っている。

「しばらくって、どのくらいだよ…」

とりあえず、できる仕事や関係各所へのフォローに手を付けるも、ネットが気になって仕方がない。よせばいいのにエゴサーチばかりしてしまう。

幸い、明人は公にしているSNS個人アカウントは持っていなかった。しかし、そのために矛先が会社のアカウントへ一気に向いていた

<短足ゴリラおじさんが社長って!>

これまでずっと我慢していたが、コメントの短足という言葉がトリガーとなった。

我を忘れた明人は会社アカウントでログインし、返信してしまう。

<股下75cmはあるわ。書き込んでいる暇あったら働け。無職が。>

もちろん、それは火に油を注ぐ結果になった。投稿からしばらくした後、久保から慌てた様子で連絡がくる。

「マズいですって。家も特定されてしまいましたよ」

「え…」

久保から教えられたサイトの投稿画像を見ると、それは間違いなく明人が住むマンションとドアの写真だった。

「あれ、この影…」

フードデリバリーの特徴的なバッグの影が、ドアに映りこんでいる。おそらくその写真は以前届けてくれた配達員が撮影したものだろう。

明人の頭の中に、大川の顔が思い浮かぶ。




副業で配達人をしている、明人のかつてのバイト仲間だ。

― なんで彼が…?盟友だと思っていたのに。

自分はただデリバリーを頼んだだけ。だが、意識なく彼のカンに障ることを言ってしまったのかもしれない。

ネットニュースにも、女性たちの怒りの告発や明人の過去の悪行が掲載され、ワイドショーでも特集されてしまった。

取引を停止するというクライアント企業も出てきたほどだった。

そして、数日後。明人は久々に出社した。

緊急取締役総会が招集されたのだ。


明人に下された審判は…


どん底


「大丈夫だよ、明人さん。ほとぼりが冷めたらまた呼び寄せるから…」

社内のカフェテラスで、呆然とする明人の肩に優しく手を添えた久保。その手にかつて感じた温かさはない。無機質でずっしりとした重たさがある。

緊急取締役総会の決議で明人は代表取締役社長を解任され、代わりに久保がその椅子に座ることになった。

明人も、その件について異論はない。

決断は人任せな部分がある久保だが、人間としてできた男で、なおかつ部下からの人望は男女分け隔てなく厚い。社長にふさわしい男だと心から推薦できる。

「でも、俺が退任って…」

「仕方ないよ。形式的にでも決着をつけないと、この騒動は収まりそうにない」

「わかる。確かに悪かった。でも、そこまでのことをしたとは思えないんだが」

その言葉に久保の表情が変わった。そして彼は大きなため息をつく。

「まだダメみたいだな」




「…?」

「マイさんと交際もしたし、今なら変わってくれると思ったのに…」

明人が顔をしかめると、久保は急ごしらえの笑顔になり、彼に告げた。

「大丈夫、僕に任せておいてよ」



― まさか、久保が計画したことなのか??

嫌な予感はしていた。

発端となった女性には、久保も会ったことはある。SNSのDMでやりとりでもしたのだろうか。

失意の帰宅後、マイの部屋から見える東京の鮮やかな夜景を前に、明人は頭を抱えた。

十年以上、切磋琢磨し、よき同僚でありサポート役であり、そして親友であった彼。そんな彼が自分を陥れるなんて…。大川のこともそうだ。

男同士の友情は女性同士のそれとは違って崇高で、嫉妬や裏切りとは無縁だと思っていた。親友面の裏側に、黒いたくらみを持っていたとは。

関係なかったのだ、男も女も。

女はヒステリックだとひとくくりにして考えていたが、自分だってカッとなったら手が付けられない。その結果が、今なのだ。

「ただいまー」

21時過ぎ、お弁当を両手にいっぱいに抱えてマイが帰ってきた。落ち着いてデリバリーも頼めないだろうからと虎ノ門横丁でテイクアウトしてきたという。

その表情は明人とは正反対の明るさがあった。

「とりあえず今は、いっぱい美味しいものを食べてゆっくり休んで。落ち着いたらじっくり反省すればいいんだから」

おそらくニュースで社長解任のことを知ったのだろう。

マイはそそくさとテーブルの上に明人の好きな肉料理を並べはじめる。

彼女は料理が得意ではない。パックから皿に並べ替えるだけの作業だが、ちょこまかと動き回るその姿に、心からの思いやりを明人は感じ取った。

遅くまで働いて帰宅した彼女にここまでしてもらう自分の情けなさに、明人は絶望する。

今、彼女の会社は絶好調だ。今日も商談を3件、PRのためのメディア取材をこなしてきたという。

「…」

「どうしたの?」

惨めだ。彼女の存在が、どん底の自分をさらに浮き彫りにさせる。

ムクムクと思い出したかのように湧き上がってくる、黒い感情、嫉妬。

恋愛感情に溺れて、忘れかけていた男のプライドが顔を出してくる。

次の瞬間、明人は思わず口に出していた。

「マイ、別れよう…」

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男の意地でマイに別れを告げた明人。彼女の答えは…。