店を出た途端、女は彼氏に向かって泣き叫び…。幸せなディナーデートがぶち壊しになったわけ
「あんなに優しかったのに、一体どうして?」
交際4年目の彼氏に突然浮気された、高野瀬 柚(28)。
失意の底に沈んだ彼女には、ある切り札があった。
彼女の親友は、誰もが振り向くようなイケメンなのだ。
「お願い。あなたの魅力で、あの女を落としてきてくれない?」
“どうしても彼氏を取り戻したい”柚の願いは、叶うのか――。
◆これまでのあらすじ
柚は、イケメンの親友・創に頼み込んで、穂乃果を誘惑してもらった。事は計画通りに進み、穂乃果の興味は、賢也から創に移ったが…。
― 穂乃果さんはもうすっかり、創に心変わりしたわ。
柚はドレッサーの前で微笑んだ。
ここのところ、賢也の帰りは早い。週に何度も送られてきていた『ごめん、今日も遅くなる』のLINEから解放されたことが、嬉しくてたまらなかった。
毎晩、賢也と一緒に夕食をとれる幸せ…。
― ぜんぶ創のおかげ。感謝ね。
微笑みながら、ブラックのタイトワンピースを着た。
今日は、賢也と久しぶりにディナーに出かけるのだ。
「賢也ー?そろそろ出るよー?」
「うーん、ちょっと待って」
賢也に声をかけながら、シャネルのネックレスを首元に飾る。
これは、去年賢也からもらったもの。2人が順調だった頃の思い出の品だ。
休日におめかしをしてレストランに行くのは、何ヶ月ぶりだろう。
今日はあの頃の気持ちを取り戻すために、柚が『レストラン・モナリザ』を予約したのだった。
「賢也―?」
「うん。もう行けるよ」
うきうきする柚のテンションとは裏腹に、覇気のない小さな返事が聞こえてきた。
― 賢也、全然楽しそうじゃない…。もう穂乃果さんのことなんか、忘れてよ。あの人は今、創に夢中なんだから。
「行こっか」
「うん…」
とぼとぼと歩く賢也に続いて、マンションのエレベーターに乗り込んだ。
久々のレストランディナーで、ケンカ勃発。その原因とは…
エレベーター内の鏡には、浮かれた表情の柚と、沈んだ顔をした賢也が映っている。
賢也はまだ、穂乃果のことを諦めてはいないようだ。その証拠に、最近めっきり元気がない。
― はあ…そこまで執着するとはね。
賢也の気持ちは、柚が想像していたよりもずっと強いものだったのだ。
◆
地上36階から見える夜景に、柚は目を細めた。
「綺麗ねえ」
「な。最高の景色だ」
雰囲気に飲まれたのだろうか。レストランに着くまで元気がなかった賢也に、笑顔が戻った。
「ワインも最高だ。柚、予約してくれてありがとう」
「ううん。なんか賢也、ここのところ元気なさそうだったから。喜んでもらえてよかったわ」
「うん…そうだね」
賢也は、曖昧な返事をしながら笑った。
「心配かけて悪かったよ。…ちょっと仕事が忙しすぎたんだ」
「そう…でも、最近は落ち着いたのね」
「うん」
仕事なんて、嘘だ。わかっていても柚は、その嘘を暴こうとは思わなかった。
すこし時間がかかってもいい。自分の方に気持ちが戻ってくるのを待とうと思っていたのだ。
穏やかな気持ちのまま、前菜のテリーヌにナイフを入れる。
「あー幸せ」
このとき柚はまさか1時間後に、自分が賢也に向かって泣き叫ぶことになるとは思ってもいなかった。
デザートの盛り合わせを食べ終え、コーヒーを楽しむ。
お腹が満ちたと同時に心まで満たされてきた。
「賢也、今日はありがとう。ひさびさのデート、楽しかったわ」
「うん、俺も」
賢也は、柚を見ながら微笑んだ。
それを見ると嬉しくて、柚は甘えた声を出す。
「ねえ、お盆休みさ、2人で旅行いかない?自然の多いところで、ゆっくり3泊くらいしたい」
「んーいいかもねえ」
賢也は、夜景に目を移しながら間延びした声で言った。
― 何?今の返事の仕方。
何かをごまかしているかのように聞こえる。
「…気乗りしないの?」
「そんなことないよ。なんで?」
「そう?なら、いいの。じゃあ早めに予約しちゃいたいな。今年は混みそうだし」
柚は「日程だけでも、今決めない?」とスマートフォンを取り出し、カレンダーアプリを開いた。
しかし、賢也は困ったように小声になる。
「いや…まだ日程はわからないや。仕事が入るかもしれないし」
「仕事?お盆に?」
付き合って丸3年。賢也がお盆に仕事が入ったことなどなかった。だからつい、問い詰めてしまう。
「そんなこと、去年まではなかったじゃない」
「…え、なにが言いたいの?」
柚は感じたのだ。
賢也はおそらく、穂乃果とどこかへ行こうと思っているのではないか。
まだ、穂乃果が戻ってくることに期待しているのではないか。もうとっくに、穂乃果の気持ちは創に向いているというのに。
「なにがって…仕事じゃなくて、なにか内緒の予定があるのかなって思ったのよ」
わかりやすいくらいに、賢也の瞬きの回数は多くなった。
疑う柚に、賢也の態度は急変
その時ウエイターが近づいてきて、空いたグラスに水を注ぎ入れた。
「そろそろ出ようか、柚」
「え、待ってよ」
賢也はお会計を終えると、一言も口をきかずに先に歩いて行ってしまった。
なんとか追いかけ、エレベーターで地上に降りる。
外に出ると、予報にはない細い雨が降っていた。賢也は、雨に構わずずんずん歩いていく。
「待ってよ!賢也、なに怒っているの?」
「別に怒ってない」
「怒ってるじゃない。置いていかないでよ」
― こんなくだらない言い合いをするためにディナーに来たのではないのに。
雨に濡れるネックレスに触れながら、悲しさと悔しさが押し寄せてくる。
「ねえ、正直に答えて」
「なに」
「最近帰りが遅かったのも、お盆の予定を立てたがらないのも、仕事が理由じゃないんじゃないの?」
賢也は、歩みを止めて振り返った。迷惑そうに眉間にしわを寄せている。
「ねえ、私わかってるの。仕事じゃないよね?違うよね?」
「なんで?」
「知ってるのよ、全部」
その瞬間、賢也の表情は「不機嫌」から「不審」に変わった。
柚は、軽蔑されないようにあくまで偶然を装う。
「銀座シックスの前で、偶然賢也を見かけたの。その日賢也は休日出勤って言って家を出たのに、女の人といたわ」
睨みながらも涙が出てくる。
「一体どういうことなの?なんか言ってよ」
「ごめん」と、賢也は真顔で言った。
「ほんとにごめん。俺が悪い」
賢也は柚に背を向けると、天を仰ぐように顔を上げた。しばらく、お互いに何も言わなかった。
「でもさ」
柚が、ゆったりした口調で話しかける。
「最近は早く帰ってくるもんね?」
「…」
「その女の人とは、終わったんでしょ?」
賢也は、ゆっくりとうなずいた。
「じゃあ二度としないって言うなら許してあげるわ。でも、二度目はないからね」
どこかで聞いたようなセリフで釘をさす。しかしそのとき、賢也は早口で言った。
「柚、別れよう。ほんとにごめん」
遠くから来たタクシーのライトが、賢也の右頬をかすかに染める。それに気づいた賢也は手を上げた。
「悪いけどさ、先帰っててよ」
「え。待って、別れるって?どうして?もう彼女とは終わったんでしょう?」
「ごめん」
わからない、と柚は思う。
タクシーが目の前で速度を緩める。
ドアが開いたそのとき、賢也はとんでもない一言を放った。
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▶1話目はこちら:「あの女を、誘惑して…」彼氏の浮気現場を目的した女が、男友達にしたありえない依頼
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賢也から、予想もしないことを言われ…