「どちらの大学ご出身?」ママ友からの質問。笑顔の裏に隠された恐ろしい意図
自由気ままなバツイチ独身生活を楽しんでいた滝口(38)。
しかし、“ある女”の登場で生活が一変……。
これは東京に住む男が、男としての「第二の人生」を見つめ直す奮闘記である―。
◆これまでのあらすじ
エレンの同級生の母親・西尾沙織とLINEを交換した滝口。早速LINEでオープンスクールに誘われた。彼女には別の思惑があるようだが、滝口は娘の受験情報が得られると喜ぶ。
そして、オープンスクール当日…。
Vol.6 ママ友との距離感に悩むバツイチ男
「西尾さん、お待たせしてすみません」
渋谷ハチ公前に到着すると、沙織と咲希がすでにそこに立っていた。まだ、待ち合わせ時間の5分前だというのに、なんだかバツが悪い。
「おはようございます、滝口さん。今日1日よろしくお願いします!」
エレンと咲希は2人で滝口たちの少し前を、改札に向かって歩き出した。
「うちの娘、女子校を希望しているんです。いろいろ見てから決めようと思っているので、滝口さんのご意見もいただけると嬉しいです」
「僕も娘には、女子校が安心だと思ってるんですよ。楽しみです」
旗の台にある女子校、香蘭女学校の学校説明会に参加し、どこかでランチをとった後、午後からは経堂にある恵泉女子学園のオープンキャンパスを見に行く予定だ。
「エレンちゃんのお洋服、いつも可愛いですね」
娘たちの後ろ姿を見ながら、沙織が言った。
「バッグも靴も、おしゃれにコーディネートされていて。咲希がいつもうらやましがってるんです」
今日エレンが着ているのは、クロエキッズのラッフルスリーブの白いブラウスに、膝上のキュロットパンツ。スニーカーは、先週フェンディのオンラインショップで買ったものだ。
― ママ友に褒められると、嬉しいもんだな…。
すると、沙織が遠慮がちに尋ねてきた。
「あの、どなたが選んでいるんですか?」
娘の服に絡めて滝口のプライベートが気になる沙織。だがそれに気づかない滝口は…
「僕が選んでいるようには見えないですか?」
滝口が笑いながら答えると、沙織は言った。
「いえ、そんな意味では…。ただ、あまり素敵だから、元奥様はお洋服が好きだったのかな?とか、他に誰か選んでくれる人がいるのかな?と思って」
沙織の慌てぶりが、滝口にはおかしかった。
「わからないなりに、娘と相談しながら選んでいます」
元カノの雛子に買い物に付き合わされてたおかげで、滝口は女性のブランドや流行りに興味を持つようになった。最近は、キッズサイズを出しているハイブランドが多くあり、エレンの身の回りのものを揃えるのは意外と楽しかった。
それに、洋服や文房具を選ぶ時だけは、ああでもない、こうでもないと娘と会話が弾むので、コミュニケーションの一環だ。
電車を乗り継いで香蘭女学校に到着するや、エレンは大喜びした。
「素敵!」
校門をくぐりアプローチを抜ける途中の築山には青々と緑が茂り、重厚なレンガの校舎との調和が美しい。
立教大学への内部推薦があるので、人気の中学校なのだと沙織が説明してくれた。
「うちの娘は、ここか立教女学院がいいみたい。私が立教出身なので」
そして、沙織は当然の流れ、といったふうに滝口に尋ねた。
「ちなみに滝口さんは、どこのご出身なんですか?」
「あぁ、僕は立命館大学っていう地方の大学なんですよ。実家が京都なもので」
沙織は「えっ?そうなんですか?」と驚いた様子だ。
彼女の「えっ?」が出身大学に対してなのか、それとも実家が京都に対してなのか、滝口にはわからなかった。
「じゃあ、会社を経営されているそうですが、上京してどこかに就職してからご自身で始められたってこと?」
「えぇ、まあ」
沙織の問いを、滝口は適当に受け流す。
「今は“松濤住まい”ってことは、ビジネスセンスがおありなのね…」
― ママ友っていうのは、こうやって人の詮索ばかりするから、揉め事が起きるんだな。
女性は、あれやこれや詮索が好きな生き物だ。
そして、詮索して得た情報は、大抵の場合、他の誰かに“私だけが知っている情報”として提供されてしまうから、しゃべりすぎないようにしないと、滝口は思った。
沙織の詮索には少々閉口したが、説明会の合間では、彼女から最近の受験事情や、進学事情を聞くことができた。
こうした情報は、大切だ。
滝口は、受験にたいして熱を入れていなかった。だが、エレンが毎夜遅くまで勉強しているところを見ると、そうも言っていられない。
「自分1人だけ落ちたら恥ずかしいから、子どもも必死ですよね」
沙織によると、最近の私立は中高一貫教育を掲げているので、高校から入れるところは少ないらしい。大学は附属上がりと推薦が一定数を占めるから、一般受験も熾烈な戦いだと沙織は言った。
「将来的なことを考えたら、今のうちにちゃんとしたところに入った方がいいってことですね」
滝口は笑いながら、少し先を歩くエレンの方を見た。
◆
学校説明会から数日が経った。
実際に学校を目にして刺激を受けたのか、エレンはますます勉強に熱が入り、放課後は毎日塾の自習室に行くようになった。
おかげで滝口は、以前のように定時に出社し、夜まで仕事に打ち込むことができるようになった。20時になると塾まで迎えに行くのが、最近の日課だ。
同居が始まった当初に比べ、様々な工夫で家事の負担を減らしているし、生活にも慣れてきた。
夕食は、塾帰りにエレンと外食するか、Uber Eatsを予約して家で食べるかで落ち着いているし、洗濯と掃除は家事代行サービスを使っている。
「ねぇ、パパ。エレン、外食飽きたし、ウーバーも食べたくないんだけど」
ダイニングテーブルでいつものように向かい合わせに座り、『KINTAN』の焼肉弁当を食べている時のことだった。
家事代行サービスに一度食事作りをお願いしたこともあったのだが、口に合わずやめた。
「困ったな。パパは料理をしたことがない…」
エレンは、そう答えるのがわかっていたかのように言った。
「クックパッド見ればいいじゃん」
― クックパッドか…。
考え込んでいる滝口に、エレンが追い打ちをかける。
受験勉強を頑張る娘を応援したいと思い始めた滝口。だが、娘が父に求めるハードルは高く…
「へたくそでもいいから、おうちで作った熱々のご飯とお味噌汁がいいよ。同じクラスの友達の家は、ママが社長だからパパがお掃除もお料理もするって言ってたよ」
「そういうご家庭もあるかもしれないが…」
言いかけたところで、「ピンポン」とインターホンが鳴った。
「こんな時間に誰だろうね?」と、料理の話題から逃げるように滝口は席を立った。
インターホンのモニターをのぞきこむと…。
「あれ?咲希ちゃん?」
「ちょっと待っててね」と答え、自動ドアを解錠する。エレンと共にエントランスまで出向くと、咲希が紙袋を抱えて立っていた。
「これ、お母さんから。うち2人だけで、いつもおかず作りすぎちゃうから、おすそ分けですって」
差し出された袋を見ると、いくつかの保存容器に料理が入っていている。
咲希はそれだけ言うと「エレンちゃん、またね」と手を振り、帰っていった。
部屋に戻り、保存容器を開けてみる。
「おっ!すごい。肉じゃが、サラダ、ピーマンの肉詰めと…せっかくだから、今食べたら?」
滝口が促すと、「美味しそう」とエレン。
― 困っている時に助けてくれるママ友って、やっぱり必要だな。
食事を済ませると、沙織にお礼のLINEを送った。
『滝口:おかずの差し入れありがとうございます。美味しくいただいてます』
『沙織:全然!お節介しちゃってすみません。エレンちゃんが普通のご飯が食べたいって、この間言っていたので』
沙織の返信にハッとする。
『滝口:さっき娘に言われましたし、料理を勉強しないとですね』
『沙織:お仕事もありますし、仕方がないですよ。また、作りすぎちゃった時には、おすそ分けさせてくださいね』
沙織は親切だし、娘同士も仲がいい。気軽に連絡が取れる保護者は、いたほうがいい。
『ええ、ぜひ』と滝口は、即答した。
ところが。翌々日の夜。
『沙織:コロッケをたくさん作ったので、お届けに伺ってもいいですか?』
沙織からLINEが来ていることに滝口は気がついた。
『滝口:忙しいのに気を使っていただいてすみません。でも今、エレンの迎えに出ていて自宅にいないんです』
取り急ぎ、家にいない旨を伝えると、すぐに返信が返ってきた。
「では、コンシェルジュに預けておきますね。よかったら食べてください」という一文の後に、大きなハートを抱えたうさぎのスタンプが届いた。
と思ったら、一瞬でそのスタンプは消えた。
送信取消をしたようだ。
― ん?取消?間違い?
きっと押し間違いだろう。そのスタンプの意味を気にも留めず、エレンの塾へと急いで向かったのだった。
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やっぱり異性の保護者と仲良くするのは…。そんな時ある女性と知り合った滝口は…。