恋に落ちると、理性や常識を失ってしまう。

盲目状態になると、人はときに信じられない行動に出てしまうものなのだ。

だからあなたもどうか、引っ掛かることのないように…。

恋に狂った彼らのトラップに。

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新川麻耶(27)「まさか、私の彼って…」


「麻耶、久しぶり!」

ある日曜の18時。大学時代の友人・芽衣が、渋谷の『THE RIGOLETTO』に現れた。

席に着いた瞬間、彼女からはふんわりと甘い香りが漂う。髪型はスッキリとしたショートカットで、耳元には大きなシルバーピアスが揺れていた。

「会うのは半年ぶりだよね。この店も久しぶりだわ〜」

私たちはさっそくボトルを開けて白ワインで乾杯すると、久々の再会を喜び合った。

「これ、神戸のお土産。彼氏の実家が神戸にあってさ」

「芽衣の彼氏って、神戸出身なの?…っていうか実家に行ったってことは、もしかして結婚するの!?」

私の言葉に、芽衣はこくりと頷いた。

「おめでとう〜!」

「ありがとう!昔はだいぶ遊んでたけどさ、そろそろ落ち着こうかなと思って」

その言葉に、夜な夜なパーティーに出かけていた大学時代を思い出す。私たちは、大学4年間を一緒に過ごした親友だ。

あの頃はITベンチャーの経営者が主催するパーティーに参加するため、六本木界隈を渡り歩いていた。当時は、そこで出会った年上男性と短命な恋ばかりを繰り返していたのだ。

「もう忘れなよ!あの人お金はあるけど、お腹出てるし、アロハシャツ着ててダサいじゃん」

IT企業を経営していた15歳上の彼に浮気されて別れたときには、全力で私を励ましてくれた芽衣。だから彼女の幸せが、心の底から嬉しかった。

「芽衣の彼氏、どんな人なの?教えてよ〜!」

「えっとね、弁護士をしてる人なんだけど。最近はコメンテーターとしてテレビにも出たりしてて…」

そう言って頬を赤らめる彼女の話を聞いているうちに、私は“ある違和感”を抱いたのだ。


芽衣が彼氏について話しだした途端、ドキッとしたワケは…


― まさか、そんなわけないよね?

芽衣が嬉しそうに話してくれた、彼氏のエピソード。それが、私の彼氏・戸波樹(いつき)と完全に一致していたのだ。

「ん?麻耶、どうかした?」

「あぁ、なんでもない!…ちなみに彼氏、カッコいいの?」

私は確かめるように、追加の質問を投げかける。

「う〜ん。中高と男子校だったから女慣れはしてない感じなんだけどね、それがまた可愛いの。それに身長が185cmあって」

「へ、へぇ…。2人はどうやって出会ったの?」

「それがね、実はサークルの先輩なんだ!当時は話したことなかったんだけど…。2年前くらいかな?いきなり連絡がきてさ」

何を聞いても、樹のこととしか思えない。私は意を決して口を開いた。

「…あのさ、芽衣。もしかしたら私たち、おんなじ人と付き合ってるかも」

「えっ?何言ってるの、麻耶」

「彼氏の写真ある?…せーので、お互い見せ合おう」

彼女が見せてきたスマホの画面には、照れくさそうにカメラから視線をそらす樹と、笑顔の芽衣が写っていた。




「マジでありえないんだけど!ホントにサイテーな男だよね…」

それから3時間後。2軒目で泥酔して呂律が回らなくなった芽衣が、椅子にもたれかかったまま店内に響き渡るほどの大声で叫んでいる。

「芽衣、飲みすぎだよ…」

「ってか、麻耶はなんでそんなに冷静なの?うちら二股されてるんだよ!?」

「…冷静じゃないよ。ショックすぎて怒れないだけ。1年以上付き合ってたけど、私はまだ樹の実家に行ったこともなかったし。遊ばれてただけだったのかな」

堪えていた涙が一粒、頬をつたう。

「麻耶、泣かないで…」

すると芽衣が心配そうな表情を浮かべ、私の肩をさすった。彼女だってツラいはずだ。でも大学時代と変わらず、こうやって私のことを慰めてくれる。

「ねぇ、麻耶に提案があるんだけどさ。…2人で復讐しない?二股男を懲らしめようよ」



1週間後。私は恵比寿ガーデンプレイス前の広場にいた。

散々悩んだ挙句「2人同時に、樹と別れる」と決めた私たち。

そこで、芽衣が彼とデートの約束をしていたという今日。私が2人のところに突撃し、大勢の人が行き交う中で、樹に土下座させるつもりなのだ。

辺りを見回すと、スカイウォークを歩くカップルの間を縫って2人が歩いてくる姿が見えた。

遠くからでもわかるスラっとした長身の樹と、その横を歩く芽衣。今まで悲しみで支配されていた気持ちが、リアリティーを持って怒りに変化していくのがわかった。

「ねぇ、樹…!ここで何してるの!?」

今まで出したことのない大声が出たことに、自分でも驚く。すると私の姿に気づいた樹が、動揺した様子でこちらに近づいてきた。


決定的瞬間を見られた樹は…


「よりにもよって私の親友と浮気なんて、ありえないんだけど!」

「ちょっと麻耶、ここではやめてよ…」

慌てる樹を無視して、私はさらに叫び続ける。道行くカップルたちは、チラチラとこちらを見ていた。

「私のこと、どう思ってたの?正直に話して」

「どうって…。俺は麻耶とのこと、真剣に考えてたよ。そこには何の嘘もない」

激昂する私に引き気味の樹が、ポツポツと言い訳を並べ始めた。…そのときだった。

「…麻耶?」

私を呼ぶ懐かしい声に振り返ると、そこにはアロハシャツを着た男が立っていた。それは大学時代に付き合っていた、15歳上の元カレだったのだ。

こんな修羅場に突然元カレが登場し、混乱してしまう。

すると元カレと私を交互に見つめた樹が「本当だったんだな」と小さくつぶやいた。なぜだか、軽蔑の眼差しをこちらに向けている。

「何よ、その態度!…もう無理。樹とは別れる」

「俺も、もう耐えられないよ」

「それって、どういう意味?なんで樹が怒ってるのよ」

怒りのあまり、涙が溢れる。その姿を見かねた芽衣が私の手を取り、駅とは反対方向に走り出した。すると、なぜか元カレが私たちを追いかけてくる。

「大丈夫、私は味方だからね。…すみません、麻耶のこと任せていいですか?」

ベンチに座り込んで号泣する私を元カレに託した芽衣は、樹のいる駅のほうをキッと睨んだ。

「私、やらなきゃいけないことがあるので」

そう言って、彼女は駅に向かって走り出した。…芽衣の声は、怒りで震えていた。




金子芽衣(27)「麻耶のことが羨ましくて、憎らしかった」


「私、やらなきゃいけないことがあるので」

そう言った瞬間、興奮で声が震えてしまった。

― 今回の作戦も、うまくいったわ。

またもや、麻耶の恋を壊すことに成功した。

大学のときから私よりも可愛くて、周りにちやほやされていた彼女。それが羨ましくて、憎らしくてしょうがなかった。

…私が好きになった男の人は、みんな麻耶のことが好きだったから。

そこで今回は「麻耶が今も元カレと関係を持っている」というデマを、樹さんに流そうと決めた。彼は同じサークルの先輩でもあったから、連絡先は知っていたのだ。

芽衣:お久しぶりです!麻耶の友人の、芽衣です。ちょっとご相談したいことがあって…。
樹:おお、久しぶり!どうした?
芽衣:実は、麻耶から恋愛相談を受けてて…。元カレのことが忘れられない、って。

その後、私は「直接ご相談させてください」と言って、2人きりで会えるように仕向けた。そのときにこっそり2ショットも撮影したのだ。

もちろん、彼の実家に行ったというのも嘘。神戸のお土産は、新宿タカシマヤで適当に調達した。

そして今日「麻耶が会いたがっている」と嘘をついて元カレを呼び出し、最高のシチュエーションを作ったのである。

「樹さん、大丈夫ですか…?」

恵比寿駅前で立ち尽くしていた彼を見つけると、私はうしろからそっと樹さんを抱きしめたのだった。

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