「運命の人は必ずいる」「さえない私だけれど、恋をすれば輝ける」「セックスをしてキレイになる」……。恋愛をめぐる話でよく聞くフレーズやメッセージなのではないでしょうか? さすがに白馬の王子さまが迎えに来るとは思ってはいないけれど、運命の人ならいるかもしれないと心のどこかで信じちゃっている部分も……。

AV監督で恋愛に関する著書も多い二村ヒトシさんが『僕たちは愛されることを教わってきたはずだったのに』(角川書店)をこのたび上梓しました。乙女の恋愛バイブルとして君臨してきた「少女マンガ」が発してきたメッセージに「それって本当?」「むしろ恋のルールに縛られて苦しくなってない?」と鋭く切り込んでいます。

「愛されること」や「恋愛のトリセツ」は少女マンガで学んできた。それなのにどこかしんどいのはなぜ? 3回にわたって二村さんに話を聞きました。

【第1回】私たちの恋愛がしんどいのはなぜ?
【第2回】「母親を嫌い」って言えないのはなぜ?

二村ヒトシさん

料理や恋を相手に「差し出して」いない?

--少女マンガと言えば恋愛(セックス)ですよね。

二村ヒトシさん(以下、二村):僕もAV監督だから1年中セックスのことばっかり考えているんだけれど、第3章で取り上げた川原泉さんのマンガを読んで「セックスや恋愛こそが人生の大問題」ってのも刷り込みだなと思ったんだよね。

--刷り込みですか……。

二村:ところが川原さんの作品では、主人公は恋をしても料理をしても、自分の恋心や作った料理を「愛されるための人質」として男の前に差し出すことは絶対にしないんですよ。だから被害者意識をもたず、のんきに楽しそうに生きている。まさに、このインタビューの第1回で話した「一般論としての“女”である前に、まず“自分“である」ということができているからです。

それに比べると(比べるものでもないんですが)恋愛や結婚がうまくできなくて悩んでいる現実の女性たちは、セックスさせちゃった相手の男性からセフレ扱いされて愛されずに悩んでる人も、なるべくやらせないようにして自分の値段を釣り上げている人も、どっちも幸せじゃない。

--あー、なるほど。よく恋愛コラムで「たとえ好きな相手でもすぐに体を許してはいけません」っていう話って出てくると思うんですが、要するにそういうことですよね?

女友達からも「すぐにやらせるんじゃなくて、もったいぶったほうがうまくいくよ」ってアドバイスされる。でもよく考えたら、しんどいなって思うんです。セックスを駆け引きの道具にしているという意味で。

二村:そうそう。一方で、男は男で少しでもたくさんの女の人とやれたほうがいいとかね。神様なのか昔の権力者なのかが人々の脳にプログラミングしたんですよ。女には「すぐやらせるな、やらせない女のほうが価値が高いぞ」、男には「一人でも多くの女を抱いたほうが男としての価値が高いぞ」って。そのほうが家父長制度の世界でうまくいくからです。追う者と追われる者で、うまく繁殖できるわけだから。

--そうですね。私の話になっちゃって恐縮なんですが、この前女友達と話しているときに「昨日の夜は男の人と会った」って言ったら、その前に「生理中だから頭が痛い」っていう話をしてたのもあって、その子から「生理中に男の人とよく会えるね」って言われて。

私は「生理中に男の人に会うのってダメなの?」って思ったんですが。その子は「だってできないでしょ? もしかしてセックスレスなの?」と言ってきて、ひっくり返りそうになりました。

二村:話が噛み合ってないよね。そのお友達は「自分のセックスを男の人に差し出して、その代わりに愛される」のが常識だって思っちゃってるんだね。

--そうですね。セックス以外にもカップルの営みっていろいろあると思うんです。一緒に美味しいものを食べるとか、話をするであるとか、別に特別な何かをしなくても一緒にいるだけでもいいわけじゃないですか。「○○をしないと愛されない」ってのは、なかなかしんどいよなって思いました。

二村:恋愛を特別なものだと思っちゃっている。

ところが今は、女には「やらせるな、だが“男がやりたがる女”を目指せ」、男には「やることを目指せ」と刷り込んだプログラムだかシナリオだかが徐々に壊れてきているというか、制度疲労を起こしてきていると思うんです。

昔は女性が望まない妊娠をしないで性病から身を守るためにも、そういう物語は有効だったと思うんだけれど、今は女性は自分の身を守ることができる。

だから、たくさんの男性とセックスしたいって思う女性がいても全然いいし、「そうあるべきだ」とまでは言わないけれど、多様性という観点で言ったら「そうありたい」という女性がいてもおかしくないし、逆にセックスをしたくない草食系の男性がもっと増えても、全然いいと思うんですよ。

--確かに。「性欲がない男性」って言うと上の世代のオジさんたちから「覇気がない」だの「今時の若者は情けない」だの「日本の未来は暗い」と飛んできそうですが……。

二村:そういうのは気にしなくていいです。男と女がフラットになってきていて、外見だけ自分がしたいように女装か男装をすればいいだけで、男も女も同じ、たまたま女性の中には子どもを産める人もいますってくらいのこと。同性とのセックスや恋愛に抵抗ない人ももっと増える。この10年、20年くらいで、そういう世の中になっていきますよ。

女らしさも男らしさも「趣味」でいい

--セックスをめぐる呪いで言ったら「女の子は男を知ってから大人の女になる」という言い方もされますよね。

二村:承認の問題ですよね。「お前は男社会が認めた“女らしい女”だから、合格だよ」って男が決める。女性からしたら「女はどこにいるんだ?」ってことだよね。「合格しないと、私は女じゃないのか?」って混乱しちゃう。

--少女マンガでも、初体験を済ませた女の子が朝目覚めると肌がツヤツヤしてキレイになるという描写がよくありますよね。わりと大人の女性も信じちゃってるんじゃないかなって思います。寝不足で肌がボロボロのときだってあるのに……。

二村:まあ、承認欲求が個人的に、しかも肉体的に満たされて健康になるってことはあるけど。基本的に(僕を含めて)セックスが好きすぎる人って、どうかしてるんです(笑)。繰り返しになるけれど、女らしくあることも男らしくあることも、これからは「趣味」でいい。

怒られるかもしれないけれど、恋愛とか結婚も、全員がするべきことでもないし、みんなにできることではないんだよね。けっこう才能がいるんですよ。めちゃめちゃ面倒くさいことだしね。

みんな伝統や政府のスローガンを真に受けて、結婚しなきゃとか子どもを作らなきゃとか思ってるけど、あせる必要はまったくなくて、やりたいことをやればいいんですよ。

--恋愛もセックスも……。

二村:そう、やりたい人がやりたい時にやればいいし、一生やりたくならない人もいても、それも許されるべきなんです。

--私もそう思います。けれど、こういうことを言うと「遺伝子を残さないなんて本能に逆らっている」とか、そこまでじゃなくても「自分のことしか考えてない」とか言われて辛いんですよね。

二村:少子化とか言うけど地球レベルで見るとまだまだ人間は多いし、遺伝子も自分の遺伝子じゃなくてもいいんじゃない? と思います。

恋愛や生殖のために生きていきたい、それが人間だって思う人はそうすればいいと思うけれど、別に、あなたがそれをやろうがやるまいが人類は勝手に存続していきますよ。これからの人類の目的は、あらゆる人が“自分が幸せなように”生きることだと思うんです。

--誰のための幸せか? ってことですよね。

二村:そう、他人に危害を及ぼさない範囲で、自分を苦しめているルールからは意識的に、うまく逸脱していく。愛されようとする無駄な努力は、なるべくしない。そして罪悪感も被害者意識も持たないように、愛せる相手を愛して生きていくっていうのが楽しいと思うんだよね。

--自分が楽しいことが一番だし、幸せは自分で決めるってことなんでしょうね。

二村:そのためにも、この本で紹介した昔の名作と言われる少女マンガから「愛されようとすること(恋すること)の恐ろしさ」や「のんきに生きること」や「人間として生きること」を学びましょう(笑)。

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:宇高尚弘/HEADS)