「人生は突然終わる」直腸がん発覚したシンママ 排便障害の後遺症と闘う今「生涯治らない苦労知って欲しい」
未婚で第3子を出産した直後、直腸がんの告知を受けた歩りえこさん。手術を乗り越えた今も、術後に残った排便障害という後遺症と闘っています。外見からは伝わりにくい苦痛と葛藤のなか、発信を続ける理由とは──。「当事者の現実を多くの人に知ってほしい」と語る胸の内を伺いました。
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命がけだった3人目の出産直後に「直腸がん」が発覚
── 19歳から世界を旅して旅行作家となり、その後も女優、写真家などとして活動されている歩さん。プライベートでは国際結婚の末にDV離婚を経験し、その後、シングルマザーとして3人目のお子さんを出産されました。ただ、早産で生まれたお子さんは未熟児で、産後はNICU(新生児集中治療室)へ入るなど、大変だったそうですね。
歩さん:そもそも42歳の高齢妊娠で、過去2回、流産を経験していました。早産になったのは第2子の出産後に、子宮頸部高度異形成の切除手術をした影響もあったのかもしれません。麻酔をかけてもらえる状況でもない、私も死ぬ可能性がある、命がけの出産でした。
未熟児として生まれた息子はすぐNICUの保育器へ預けられました。出産後に胸に抱いたのはわずか1分。あとは2、3時間おきにひたすら搾乳して、NICUに届けるだけでした。あまりにつらくて、退院できたときは大号泣しました。
── 産後の身体の回復はいかがでしたか。
歩さん:24時間子育てに追われ、体調はどんどん悪化していきました。何をしてもよくならない。便秘と下痢を繰り返すので、単なる育児疲れではないのではと友人に話をしたら「大腸がんの内視鏡検査している?」と言われて。
以前、大腸内視鏡検査を2回ほど挑戦したことがあるんです。でも、そのときは2リットルの下剤が飲めずに断念していました。うちは父と兄も大腸がんサバイバーなんです。遺伝の可能性もあるし、40代でがんに罹患する人の話も聞くので、意を決して病院へ行きました。
── そのときは下剤を飲みきり、検査することができたんですか。
歩さん:いえ、下剤が飲めない状況はやっぱり変わらずで…。すると、医師から「胃カメラと同時に胃から下剤を注入しましょう」と提案され、3度目にしてようやく内視鏡検査を受けることができました。最近は下剤を飲みやすくする方法が、いろいろあるみたいですね。
── ようやく受けられた検査の結果、直腸がんが発覚したと。
歩さん:検査後しばらくして、病院から「早めにきてほしい」と連絡があったので、「何か引っかかったんだろう」とは思いました。子宮頸がん検査で高度異形成が見つかったときもそうでしたから。
それでも、直腸がんと宣告されたときには、頭が真っ白になりました。頭を石で殴られたみたいにめまいがして、涙がポロポロと溢れてその後の先生の説明はよく頭に入りませんでした。ただ、医師から「なるべく早く切ったほうがいい」と、手術できる病院の候補をすぐに挙げていただけたのは、とてもありがたかったです。
手術後も続く後遺症と共存する日々
── 手術する病院はご自身で決めたのですか?
歩さん:そうですね。先生に提案された病院すべてに電話した結果、予約が一番早く取れたがん専門病院に行き、3週間後に手術を行うことに。この段階では「くよくよ考えても仕方ないから、できるだけ早く切ろう」とすでに気持ちは切り替わっていました。
手術が終わって5時間後に目が覚めたのですが、全身管につながれ、まったく身動きができない。水すら飲めない生き地獄でした。3人目の出産もつらかったのですが、この手術は本当につらかったですね。でも、「これで助かる」と思えたことが唯一の希望でした。
── 退院してからの生活はいかがですか。
歩さん:想像以上に後遺症が大変でした。大腸がんにもいろんな種類がありますが、私は直腸がんでした。人工肛門は逃れましたが、頻便、便漏れなどの排便障害が残り、とくに術後しばらくは大変で。自分の意思とは関係なく漏らしてしまうので、紙おむつを常に手放せませんでした。それも徐々に改善し、今は紙おむつを履いていませんが、排泄の頻度が高いのでコントロールするのに苦労しています。現在、3週間に1度のペースで通院し、便意の回数をコントロールする薬を処方してもらい服用していますが、その加減が難しく安定しないですね。
── 仕事や育児への支障もありますね?
歩さん:頻繁にトイレに行くので、長時間トイレに行けない環境のときは厳しいですね。大事な会議や学校行事でも落ち着かないし、長時間の移動も心配です。見た目ではわからないので、説明しないと理解が難しいと思います。がんは手術で切除すれば治療は終わりではなく、こうした後遺症を抱えることもあります。当事者の苦労がもう少し認知されるといいのですが。
「人生は突然終わる」だからこそ、今を生きる
── 現在はどんなことを意識しながら過ごしていますか?
歩さん:岩盤浴で体を温めたり、冷たいものや加工食品を控えたり。健康のためのあらゆる努力を、自然としていますね。子どもが3人いますし、少なくとも20年は生きなければならないと考えると、何においても健康第一。健康じゃないと育児もできないし、仕事もできないですからね。
── 病気を経験されるたびに大きな転機を迎えている印象があります。今までの人生を振り返ってどう思いますか?
歩さん:私は15歳のときに学校の健康診断で心臓の病気が見つかりました。高校1年生にして「人生は有限じゃない」ことを知り、自分の人生で何を優先するべきなのかを考え続けてきました。そこから、一番やりたかった世界旅行に出かけ、人生観が変わりました。
その後も、子宮頸部高度異形成を発症し、早産を経験し、そして直腸がんに。人生は突然終わりが来ること、そして今は最悪の場合、子どもを残して死ぬことになるんだということを改めて実感しました。だからこそ、定期検診が大事だと思います。私自身、病気になったことはつらかったですが、それによって、自分と向き合うきっかけができました。
人生に対して、これだと思ったものに突き進んできました。迷いや葛藤もありましたが、結論を出したからには迷わない。ひたすらやるだけと決めて育児や仕事に打ち込んできました。そんな母の姿を記録に残しながら、子どもたちにも見せていきたいですね。
取材・文:岡﨑優子 写真:歩りえこ
