会社帰りのデートを1時間で切り上げて帰った30歳女。彼女が、男に賞賛されたワケとは
― イイ男はすでに売約済み ―
婚活戦国時代の東京で、フリーの素敵な男性を捕まえるなんて、宝くじに当たるくらい難しいと言っても過言ではない。
待っているだけじゃ『イイ男』は現れない。
これだと思う人を見つけたら、緻密な戦略を立ててでも手に入れる価値がある。たとえその人に、彼女がいても…。
◆これまでのあらすじ
大手IT企業に勤める凛(30)は、大学時代に憧れだった先輩の悠馬(31)に再会する。彼女がいると知りながらも惹かれていくがなかなか進展しない。そんな時、同期の隆也と飲んでいると悠馬から連絡が来て、食事デートに行くことに…。

「凛、おはよう」
金曜日の朝8時。六本木駅で、彩香が凛に声をかける。
「ねぇ、そういえば凛、この間、隆也と2人でご飯に行ったんでしょう?どうだった?」
隆也のことを聞かれて、凛はドキッとした。
前回悠馬の恋愛相談をしていたときに「俺じゃあかんの?」と言われたことを思い出したのだ。
「どうだったって…いつも通り楽しかったよ…」
結局、その後隆也からLINEが来て「今日は言い過ぎた、ごめん。飲み過ぎたわ。また飲みに行こうな」といつも通りだったので、やはり軽いノリだったのだろうと自分を納得させた。
「凛、どうかした?ボーッとして。あ、そんなことより凛、あの噂聞いた?」
「噂…?」
何のことかと考える凛に、彩香は周りを確認してから声をひそめた。
「知らない?涼子さんの旦那さんの神谷さん、若い女性と不倫しているらしいの。箱根の旅館から出てくるところを、たまたま後輩が見たらしくて…」
「え、あの神谷さんが…?」
涼子の夫の神谷圭吾は、神奈川のオフィスで働いている。包容力の塊のような彼は涼子を自慢の妻として大事にし、その仲の良さから後輩たちの憧れの夫婦だったのだが。
「見間違いなんじゃないの…?」
凛にとって“略奪恋愛で結びついた彼ら”は、“自分と悠馬の将来の姿”だと勝手に思っている。だからこそ簡単には信じられない。
「その後輩も、初めは見間違いだと思ったらしいの。だけど車は神谷さんのものだったし、腕を組んでかなり親しげだったって。それにね…」
彩香はもう一度周りを確認して、さらに声を落とした。
「その噂を聞いた別の人も言っていたの。どうやら神谷さん、前からそういう噂はちょくちょくあったみたい」

「嘘でしょ…」と凛は絶句する。
凛から見て2人の愛は本物に見えたし、涼子が圭吾の話をするときの嬉しそうな表情は、愛する人に見せる顔だった。
もしもこの話が涼子の耳に入ったら、彼女はどれほど悲しむだろうか。凛は想像し、胸が締め付けられる。
「人ってわからないものね、涼子さんがかわいそう。私も結婚したら、そんなことに悩まされたりするのかな」
彩香の言葉に凛は大きくうなずく。
いざ好きな人と結婚できたからといって、その後もずっと幸せが保証されているわけではないと。
暗くなってしまった空気を一掃するように、彩香が明るい声で話題を変えた。
「それより凛、今日の服可愛いね。もしかしてデート?」
「あ、うん…」
パンツスーツが多い凛が、今日はFOXEYの黒いワンピースとRoger Vivierのスクエアパンプスを身につけていたので、気がついたらしい。
今夜、悠馬と食事デートなのだ。
凛は気を取り直し、神谷夫婦のことは“単なる噂でしかない”と心の奥へとしまい込むと、オフィスへと急いだ。
◆

「あ、悠馬さん」
20時。東銀座にある『時喰み』で待ち合わせた凛は、店の前で待つ悠馬を見つけ、自然と笑顔になる。
店に入ると、カウンター席へ通された。
席に座ろうとした時、凛の肩が悠馬の腕に触れてしまい、一気に緊張感が襲う。前回何も発展がなかっただけに、今日こそは、と変に力んでしまう。
そんな彼女を見て、悠馬が「元気ない?」と尋ねた。
「いえ、なんか緊張して」
「ならよかった。前回、俺が疲れてたからって“早く帰って寝ろ!”って店から早々に追い出されたから、今日は俺が追い出す番かと」
冗談を言う悠馬に「そんな言い方でした?」と凛が笑うと、悠馬も笑った。
「ここ数年さ、ずっと気を張ってて。留学先でも今も、周りに負けないようにいかに時間を作り出してタスクをこなすかばかり考えてたから。
だから、あの日気にかけてくれて、嬉しかった」
そう言って微笑む悠馬は、以前のような生気を取り戻していた。
「凛ちゃんはいつも元気だけど、疲れたり機嫌が悪くなることはないの?」
「もちろんありますよ。でも私寝たらなんとかなるので、とにかく寝ます。自分の機嫌で他の人に嫌な思いさせたくないので」
凛の話に悠馬が目を細めた。
「凛ちゃんらしいね。不満や愚痴も聞いたことないし、いつも自然と周りに気を使えるし」
褒められた凛は、嬉しくなってこう言った。
「私、付き合ったら実はいい女ですよ?」
冗談めかして言ったつもりだったが、悠馬はなんてことないように「うん、知ってる」と答える。
予想外の言葉に凛の心が小さく跳ねた。
作戦6:引き際を間違えないこと
「そういえば凛ちゃんってさ、彼氏いないの?」
唐突な質問に戸惑ってしまう。
― これって、なんて答えるのが正解なの?
迷った挙句、「前に別れてから、ずっといないです」凛はシンプルに答えた。
「そっか…」
悠馬は無表情に答えると、すぐに話題を変えた。
凛は“そっかってどういう意味なの?”と、気になりつつ悠馬との会話に集中した。
食事を終え、2人は近くのバーへと場所を移して飲み直すことに。そこで将来の話になった。

「悠馬さんって、結婚願望あるんですか?」
「あるよ、人並みに。ありきたりだけど、いつも楽しく笑いあえる結婚がいいな」
「私も同じです」
共感する凛に、悠馬は「確かに。凛ちゃんは良い結婚できると思うよ」と返した。
悠馬は少し酔いが回ったのか、トロンとした目で凛を見つめる。凛はほろ酔いの頭で、彼が今どんな気持ちなのかを推し量った。
「じゃあ、私と結婚しちゃいますか?」
酔ったおかげか大胆なこともサラッと言えたが、内心では息が浅くなるほど鼓動が速く緊張している。
すると彼は目の前のワインを一口飲み、目線をグラスに落として「ははっ」と軽く笑う。
はっきりイエスともノーとも言わない態度に、悠馬の気持ちがますますわからなくなる。でも、彼が凛の気持ちに気がついているのは確かな気がした。
― 楽しいな…。ずっとこんな感じが続くといいな…。
金曜日の23時。いい雰囲気の男女が2人。
凛は“このまま彼と一晩を共にできたら”と、彼女がいることも忘れて甘いことを考えてしまったが、涼子のセリフがよみがえる。
― 「付き合う前に絶対に寝てはダメ。自分から告白もしてはダメ。相手が自分の気持ちに気がついてると確信したら、最後の作戦は“引き際を間違えないこと”。
居心地のいい関係で相手が心を開いたら、サッと引くこと。これで相手が告白をしてこなければ、潔く諦めて」
凛は本当に“ここで引いて良いのか?”と考える。涼子の最後の「潔く諦めて」の一言が、急に怖くなった。
― もし今悠馬さんと距離をとって、彼が追ってこなかったらこの関係が終わってしまうってこと?
それでこの関係が終わってしまったら、簡単に諦められる自信が凛にはない。
これほど良い雰囲気なのに、悠馬から離れられるだろうか?そう思うと、彼への気持ちが込み上げた。
凛はじっと悠馬の瞳を見つめる。彼の方も目を逸らさず、凛の気持ちに応えるかのように見つめ返した。
凛はおもむろに近づくと、そのまま唇をそっと重ねた。

ゆっくりと顔を離して悠馬を見る。彼は少し驚いた顔をしているが、逃げるわけでもなく凛を見返す。
気持ちが溢れて抑えきれなくなった凛は、思わずこう言ってしまった。
「好き…」
周りの喧騒が一瞬消えたように、自分の声だけが大きく耳に響いた。
▶前回:「今夜は勝負!」と思っていたのに、男の“ある態度”で女の心が急変。1杯で帰ったワケ
▶1話目はこちら:「何考えてるの!?」食事会にしれっと参加する既婚男。婚活を妨げ大迷惑なのに…
▶︎NEXT: 10月30日 日曜更新予定
とうとう悠馬に思いを告げた凛は、彼からの言葉を期待して待つが…。

