「女は所詮、金やステイタスでしか男を見ていない」

ハイステータスな独身男で、女性に対する考え方をこじらせる者は多い。

誰も自分の内面は見てくれないと決めつけ、近づいてくる女性を見下しては「俺に釣り合う女はいない」と虚勢を張る。

そんなアラフォーこじらせ男が、ついに婚活を開始。

彼のひねくれた価値観ごと愛してくれる"運命の女性”は現れるのか―?

◆これまでのあらすじ

経営者の明人は、自分より高スペックなマイに当初は拒否反応を示すも、彼女の猛アプローチに翻弄される。

勢いで一夜を共にしてしまったことでマイへの気持ちに気づいた明人は、ついに彼女と結ばれ…。

▶前回:“ナシ”な女と酒の勢いでベッドを共にした男。フェイドアウトを試みるが、彼女のことが忘れられず…




Vol.9 蜜月のその先に


「えー!恋人ってあの宮園マイ社長なんですか」

「ええ、ああ…まぁ」

明人が久保にマイと交際を始めたことを伝えると、彼は社長室の外に漏れんばかりの驚嘆の声を上げた。

「最近明人さん柔らかくなったし、女性の意見もちゃんと聞くようになったのはそういうことだったのか」

「それは普通だろ。恋人ができたというだけで『人が変わった』と無理やりこじつけるのはやめてもらいたいな」

そう言う明人自身も、久保が保守的な行動をするようになったことを「アイツは結婚で変わった」と散々言い放っていたのだが…。

マイとの交際開始から1ヶ月ほど。

久保が言うには、明人はこれまで名前だけではじいていた女性エンジニアの採用を決めたり、女性社員にだけ押し付けていたアシスタント業務や雑用を、全社員に分け隔てなく依頼するようになっているらしい。

自分でも、心が穏やかになった感覚も多少はある。

― さて、今日は彼女もノー残業デーと言っていたな…。

マイの会社に倣い、明人の会社も完全ノー残業デーを採用することにした。今日はその初日だ。

明人は、マイのためにとっておきのレストランを予約していた。


かつての行動を反省し、マイを招待したデート先とは


明人がマイを招待したのは日本橋・マンダリンオリエンタル東京にある『鮨 心 by 宮川』。北海道の名店『すし 宮川』が東京に出店した店である。

カウンターから臨める広々した窓の向こうには、薄昏時の東京スカイツリー。明人は、どうしてもこの店に彼女を連れてきたかった。

「以前、わざわざスカイツリー前で待ち合わせて、期待させてしまったから…服も相当おしゃれしていたし」

「あれはただ、知人のパーティの後だっただけ。それに、本当にあのお店に行きたかったから、とても嬉しかったよ」

一品一品、丁寧な仕事を感じさせる絶品の握りの数々。

舌鼓を打ちながら、喜ぶ彼女の笑顔に自分も嬉しくなる。




かつて彼女に嫌悪感を持っていたのが嘘みたいだ。

今となっては一緒にいると安心するとともに、自分まで洗練されるような気持ちになる。

彼女は、自慢の恋人なのだ。

「そういえば、私あの時、『会社が大変なのか』って失礼なこと言ったよね。本当にごめんなさい」

握りが一段落をしたところで、マイは静かに謝罪した。確かに当時はその発言にいらついたが、今となってはどうでもいい。

彼女の存在を軽視してあの店に連れて行ったのは自分なのだ。

彼女をあえて嫌な気分にさせようとした自分が、とてつもなく愚かに思えてくる。

そして今回、デート先を考えていてわかったのだ。

なぜ女性をリーズナブルなお店やチェーン店に連れて行くと、難色を示されるのか。

― 自分に対する誠意や特別さを感じられないということか。

上から目線で女性を選別していたつもりであったが、自分も選ばれている側なのだ。

愛している相手であれば、2人で過ごす時間は特別で素晴らしいものにしたい。

だからこそ、デートは食事も雰囲気も最高のものを用意しようと考えるのは当然だ。

今日の店は紛れもなく自分のセレクトだ。久保やグルメサイトの評価に頼らず、いかに彼女に喜んでもらえるかを熟慮した末の選択であった。

もちろん、彼女の希望なら、近所のファミレスでも立石の酒場でも構わない。

彼女が望めば、だ。

「ねぇねぇ。2軒目は立石のあの店に行ってみない?」

「いや、あそこは酔っぱらいの入店はNGで、必ず1軒目でなければいけないんだよ。大衆酒場でもルールのある店は多いから」

「なるほど。名店だもの。侮るべからずね」

無邪気に笑う彼女の笑顔が愛おしくて、次の休みはあの酒場に行こうと決めた。他にも彼女と一緒に行きたい名店がいっぱいある。

― こんな気持ちになるなんて…。

自分に素直になるだけで、こんな幸せが訪れるとは思ってもみなかった。

そして、ことあるごとに彼女との未来を想像するようになっていた。

― でも、結婚して子どもを産んだら、彼女、仕事どうするんだろう。


変わらない昭和の価値観の明人。そんな彼にマイは…


その次の週末、明人はマイを連れて久保の自宅を訪問した。明人の恋人を、得意の料理でもてなしたいという久保の招待である。

いつもは明人に対して反抗的な未来子だが、今日はマイがいることもあり、温和な表情だ。それには別のワケもあった。

「これで夜に連れまわされることも減るわ。次も生まれるんだもの、パパには早く帰ってきてほしいからね」

「次って…?」

なんと年末には、双子が生まれるのだという。既に2人子どものいる久保は、総勢4人の子を持つことになる。

「大変だなー。暮らせるのか?」

祝福より先のお節介な心配に久保は苦笑いだ。一方、マイは初対面にもかかわらず自分ごとのように喜んでいる。

「わぁ、おめでとうございます!より一層稼がなきゃ、ですよね!」

「ありがとうございます。頑張ります」

マイは奇声を上げて突進してくる久保の子どもたちにも気さくに対応し、心から楽しそうだ。その様子に相当の子ども好きであることが見受けられた。

ふと、明人はマイが自分の奥さん、そして母親になった姿に妄想をめぐらす。

仕事でへとへとになって帰ってきたところに、出迎えてくれるエプロン姿のマイと天使のような子ども…。




休日はイクメンとして、子どもを公園に遊びに行かせたり、家族でドライブしたり…。今までは所帯じみた生活をどこか嫌悪していたが、それもアリだと思えるようになってきた。

「いいよな、子ども…」

夢見心地で明人が呟くと、目の前の未来子は驚きで硬直し瞳はむき出しになっていた。

「明人さんの口からそんな言葉が出るなんて…」

「おかしいかな?」

「いや…そんなことは…。じゃあ、マイさんは、どう?」

久保は慎重に言葉を選んでマイに尋ねた。それは明人もまさに知りたかったことだ。胸を高まらせて回答を待つ。

「子どもは好きですよ。仕事に夢中で今は考えられませんが」

マイの答えは明人が期待していたものではなかった。

付き合いたての熱い時期だから、結婚や出産に関して現実味がないだけだと明人は前向きに考える。

しかし、今後のためにも、子どものことは頭の片隅に置いてほしかった。

「でもさ、出産は女性が若いうちがいいっていうからね」

途端、空気が張りつめた。

理由が分からずキョトンと周囲を見渡すと、未来子が歌舞伎役者のような睨みで明人を見つめていた。

「不妊の原因の半分は男性側の問題ともいわれているんですが?明人さんも40過ぎでしょ?もうヤバいんじゃないの?」

「でも、僕は一般論を言ったまでで」

「ハァ?」

フォローを求め、明人はマイの様子をうかがうと、案の定彼女は困ったような顔を浮かべていた。そしてさらりと言う。

「実は私、卵子凍結しているんです。それで大丈夫というわけではないけど、ご参考までに」

「そうだね、選択肢は多くあった方がいいからね」

久保の言葉に、マイはにっこりと頷いた。

未来子は一旦クールダウンしたが、マイがお手洗いでいったん席を外した際、明人に嫌味を言うことを忘れなかった。

「彼女ができても、根本は全く変わってないのね」

実は未来子は、今までの妊娠はすべて高度不妊治療を経ての妊娠だという。怒りの理由を明人は合点した。

ナイーブな話題を軽々しく口に出したことを反省はしたが、正直、本音だからしょうがない。できるだけ早く自分の子どもの顔が見たいという気持ちで焦っていたのだ。

― まあ、結婚すれば、彼女も現実的になって心変わりするだろう…。子どもが欲しいというのは女性の本能だもんな…。

とりあえず、今日のところはこの場を楽しむことにする。

テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいる。マイが手土産に持ってきたロブションの前菜詰め合わせに、メインディッシュは久保のお手製の塩釜チキンとパエリアだ。

「ほんと、うまいよなぁ」

シャンパンのグラスを傾け、愛する恋人の隣で明人はご満悦だ。久保はそんな明人をやれやれといった顔で見つめていた。

▶前回:“ナシ”な女と酒の勢いでベッドを共にした男。フェイドアウトを試みるが、彼女のことが忘れられず…

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明人の過去の言動に端を発した最大の危機が発生。マイの反応は…。