クレカの明細を確認したら、夫が月に200万も使い込んでいた。その理由を問い詰めると、まさかの…
恋に落ちると、理性や常識を失ってしまう。
盲目状態になると、人はときに信じられない行動に出てしまうものなのだ。
だからあなたもどうか、引っ掛かることのないように…。
恋に狂った彼らのトラップに。
▶前回:「結婚が決まった」と言い、相手との2ショット写真を見せてきた親友。その画像に女がゾッとしたワケ
「すごい…!素敵な部屋ね」
西麻布に佇む4階建ての低層デザイナーズマンション。私は先月結婚したばかりの浩二と、新居の内覧に来ていた。302号室のドアを開けた瞬間、私の胸はさらに大きく高鳴る。
彼はベランダに出ると、大きく伸びをしながら周辺環境をチェックし始めた。部屋には優しい木漏れ日が差し込み、開放的ながらプライバシーが保たれた空間に、思わずうっとりする。
「築1年でこの立地、なかなか出会えない物件ですよ」
不動産営業の男性がニッコリと微笑みながら、そう言ってくる。
「ねぇ、ここにしようよ!」
「そうだな。じゃあさっそく、見積もりと手続きをお願いします」
浩二が手続きを始めだしたのを横目に、部屋をぐるりと見渡す。すると寝室の壁に、無数の小さな傷があるのを見つけた。
「…なんの傷だろう?」
「あぁ、前の方のですね。まだクリーニング前なので…。壁紙はすべて張り替えますから」
書類を手に、仲介担当の男性がバツの悪そうな顔でボソボソと言い訳している。それを見ながら浩二は、不思議そうな顔でつぶやいた。
「たった1年で出ちゃったなんて…。前はどんな人が住んでたんだろうな」
◆
それから1ヶ月後。私たちはこのマンションで新生活をスタートさせた。満ち足りた暮らしに、私は心の底から幸せを感じていたのだ。
そんなある日。帰宅ついでにポストを覗き込むと、前の住人のものと思われる郵便物が届いていた。
「転居届、出し忘れたのかな?…って、前に住んでた人も新婚夫婦だったんだ」
それは目黒にある結婚式場から届いた『結婚1周年お祝い』のハガキだった。宛先には、矢野聡・彩香様と書いてある。
郵便局に届けようか迷ったが、私はちょっと後ろめたい気持ちで、それをごみ箱に捨ててしまった。
…このときの私はまだ、今の幸せな生活が長くは続かないことを知らないでいたのだ。
幸せの絶頂にいたはずの女が、徐々に人生を狂わされていったワケ
数日後。私は『空也』のもなかを手に、隣の301号室のインターホンを押していた。
このマンションは1フロアに2部屋しかなく、301号室は唯一のお隣さんなのだが、3度目の訪問にも応答がないのだ。
「今日も留守かな…」
部屋に戻ろうとした、そのとき。ドアがほんの少しだけ開いた。
「あっ…!隣に引っ越してきた高戸です」
とっさに挨拶すると、ドアから1人の女性が顔を覗かせた。…その瞬間、私はハッと息を呑んだ。
白シャツに、細身のフレアスカート。ほっそりとしたウエストを太ベルトで際立たせた隣人は、芸能人かと思うほど美しかった。
ショートカットと、小さな顔には不釣り合いなほど、大きくて黒目がちな目。それらは、ハリウッド映画の女優を彷彿とさせた。
「花咲です。…よろしくお願いします」
年齢は20代後半くらいだろうか。少なくとも、今年40歳を迎える私と浩二よりは若く見える。彼女は手土産を受け取ると小さく会釈をして、パタンとドアを閉めた。
― 1人暮らしなのかな?でもあんなに美人だし、彼氏と同棲でもしてるか。
その日の夕方。ベランダに洗濯物を干していると、花咲さんの姿が見えた。
テラスいっぱいに咲き乱れた、色とりどりのバラ。花を愛でながら鼻歌を歌う姿は、まるでおとぎ話に出てくるヒロインのようだった。
◆
その夜、帰宅した浩二に、花咲さんとようやく挨拶を交わせたことを報告した。
「とっても綺麗な女性だったわよ。浩二が誘惑されないか心配」
すると彼は「俺が夢中なのは君だけだよ」と、頬にキスしてくる。
私たちは元々、高校の同級生だった。17歳のときに初めて付き合い、それから何度も別れてはヨリを戻し、40歳になってようやく結ばれたのだ。
― 大人の結婚生活は、穏やかだなあ。
私たちはベランダに出てワインを飲みながら、幸せを嚙みしめた。
しかし、そんな幸せも長くは続かなかった。引っ越してきてから3ヶ月後、彼が見知らぬ女性に貢いでいることが発覚したのだ。
「ごめん、今日も仕事で遅くなるから」
「ねえ。毎晩帰宅が深夜って、どういうつもり?」
彼はしどろもどろになりながら「ごめん、仕事で…」と、謝るばかり。何かを隠していると直感した私は、浩二のクレジットカードの明細をチェックしてみた。
すると、ジミー チュウやらマノロ ブラニクで大金を使っていたことがわかったのだ。その総額は200万円を超えていた。
彼は大手通信会社に勤める、エリートサラリーマン。だが月に200万近くも女性に貢ぐ余裕なんて、正直ない。
その後も浩二の、金遣いの荒さは変わらなかった。
それどころか、結婚の際に両親からお祝い金でもらった1,000万円を使い込んでいたのだ。そして気づいたときには、消費者金融にお金を借りるようになっていた。
「うるせぇんだよ!俺が稼いだ金だろうが!」
次第に彼は、私に対して暴言を吐くようになり、しきりに「離婚してほしい」と口にするようになっていった。
― 子どももいないし、離婚したほうがいいのかしら。
そんなことを考え始めていた、ある日のこと。一通りの家事を終えてソファでくつろいでいると、チャイムが鳴った。
モニターを覗き込むと、タイトなワンピースに身を包んだ美しい女性が1人、神妙な面持ちで佇んでいる。
「中田と申します」
「…どちらの中田さんでしょう?」
「中田彩香と申します。ちょっとお伺いしたいことがありまして」
― ま、まさか。
直感的に浩二が入れ込んでいる女性だと思った私は、オートロック解除のボタンを押した。
いきなり訪ねてきた、女の正体とは…?
しかし、それは勘違いだった。
中田彩香と名乗るその女性は、以前この部屋に住んでいた人物だったのだ。元夫との間に子どもをもうけたが離婚し、現在は実家に戻っているという。
「実は離婚した後も、元夫は1人でここに住んでいたんです。でも養育費が振り込まれなくなって、連絡もつかなくて…。ここに高戸さんたちがお引っ越しされたのは、いつ頃でしょう?」
「えっと、今年の5月です。内見したのは4月でしたが、前の方が出ていったばかりで、部屋はクリーニング前だったと思います」
「…4月か。連絡が途絶えたタイミングと一緒だわ」
彼女は身を震わせて玄関に座り込んでしまった。仕方なく私は、彼女を部屋に招き入れたのだった。
◆
「そうですか…。前の旦那さんは、画家だったんですね」
「ええ、風景画を専門にしていました。個展を開いたり、大学で教えたり。離婚後も、このマンションの1室をアトリエとして使っていたんです」
落ち着きを取り戻した彼女は、ぽつりぽつりと元夫のことを語り始めた。
「ですが、このマンションに引っ越してきてから妙なことが起きだして」
「妙なこと?」
「風景画ばかり描いていた夫が、狂ったように女性の肖像画を描くようになったんです。部屋中がその絵で埋め尽くされていました。それと同じタイミングで、借金をしていることが発覚して…」
― 内見したときに見つけた壁の傷は、画鋲の跡だったんだ。
うろたえる私を心配そうに見つめた彩香さんは、しぼりだすようにこう言った。
「高戸さんの旦那さんは大丈夫ですか?」
「えっ…?」
「実は元夫が何者かに貢ぎ始めて、借金していることが発覚したときに、探偵をつけたんです。でも何も見つからなかった。ただ…」
言葉に詰まりながらも、彼女は話を続ける。
「この302号室、私が住む前も別の夫婦が住んでいたそうです。でも引っ越してすぐに、金銭トラブルが原因で離婚したらしくて。たった1年足らずで2組の夫婦が離婚したなんて、変ですよね」
そう言いながら彼女は、スマホ画面に映し出された1枚の肖像画を見せてきた。
「これって、もしかして…」
私は思わず言葉を失った。
バラに囲まれた美しいショートカットの女性が、こちらに向かって微笑んでいる。…それは、301号室に住む花咲さんだった。
◆
3ヶ月後、私と浩二は離婚した。
忠告を聞き入れず借入額がどんどん膨れ上がっていった彼とは、毎晩のように喧嘩を繰り返し、最後は私から正式に離婚を切り出したのだ。
ある日。私は事務手続きのために、あのマンションをしぶしぶ訪れた。離婚後も浩二は、同じ部屋に住んでいたから。しかし302号室のポストには、なぜだかテープが貼られている。
― えっ、引っ越したの?じゃあ彼は、今どこに…。
呆然と立ち尽くす私の横を、手を繋いで歩く若い夫婦が通り過ぎた。
「まぁ、なんて素敵なマンションなの!」
目を輝かせる彼女の姿は、まるで半年前の私のようだ。
そのとき、ふと視線を感じて顔を上げた。
…301号室のベランダから、花咲さんがジッと夫婦を見つめていたのだった。
▶前回:「結婚が決まった」と言い、相手との2ショット写真を見せてきた親友。その画像に女がゾッとしたワケ
▶1話目はこちら:マッチングアプリにハマった女が取った、危険すぎる行動
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