20代後半から30代にかけて訪れる、クオーターライフ・クライシス(通称:QLC)。

これは人生について思い悩み、若さだけが手の隙間からこぼれ落ちていくような感覚をおぼえて、焦りを感じる時期のことだ。

ちょうどその世代に該当し、バブルも知らず「失われた30年」と呼ばれる平成に生まれた、27歳の女3人。

結婚や仕事に悩み、揺れ動く彼女たちが見つめる“人生”とは…?

▶︎前回:“医者狙い”で婚活していた26歳女が、交際3ヶ月で平凡なサラリーマンと結婚した、したたかな理由




葵「今もそれなりに幸せだと思う。だけど迷ってしまうのは…」


金曜19時。今日は久しぶりに私と美咲、そして遥の3人が集まった。

「葵、最近どうなの?」

席に着くと、いきなり私に話が振られた。

「えっ…。特に変わりないよ。美咲は?」
「私はこの前、会社を辞めた友達に会ってさ。ちょっと落ち込んでる…。私1人だけ、成長してない気がして」

すると遥が、神妙な面持ちでこうつぶやいた。

「わかる。私も25歳で結婚しちゃったけど、人生の選択が正しかったのか急に不安になってきて」

ここ最近の私が感じていた“心のザワつき”は、もしかしたらみんなにも同じようにあったのかもしれない。でもグダグダと3人で話していると、気はラクになっていった。

「そういえば、この前会ったお姉さんと連絡取ってる?」
「亜希さんのこと?」

実は前回会った際に、彼女と連絡先を交換していた。ただ私から連絡するのは少し気が引けて、結局何もしていないままだったのだ。

「バブル空間、楽しかったね」
「うん。…ちょっと連絡してみる?」

こうして私たち迷える3人は、亜希さんにLINEしてみることにしたのだ。


欲望に素直な女・亜希さんにメッセージを送ってみたところ…


欲望に忠実に生きる、昭和世代の女


亜希さんに連絡してみると『今飲んでるから、この場所においで』とすぐに返信が来た。

指定されたのは、西麻布交差点すぐの所にある『twelv.』。Google Mapを見ながらお店の近くまで向かったが、入り口が全く見つからない。

「入り口、ドコダロウ…」

そう悩む私とは裏腹に、遥は楽しそうにしており、一方の美咲はちょっとオドオドしている。

「西麻布っぽいね〜」
「私、お酒飲めないけど大丈夫かな」

西麻布は誰かに誘われない限り、あまり来ないエリアだ。飲むのは恵比寿や渋谷が多く、西麻布はちょっとだけ別世界。

しかも、なかなか入り口が見つからないような会員制の店。「こんな場所に足を踏み入れることができるなんて」と、ひそかに私の心は踊る。

そしてようやく見つけたドアを開けると、そこには想像以上に素敵な世界が広がっていた。




「あ、キタキタ!こっちで飲んでるよ〜」

奥のソファ席に腰掛け、何人かと一緒に飲んでいた亜希さん。

シックな内装に、暗めの照明。ここは稀少なビオとスパークリングの日本酒専門バーだという。ハイエンドで港区らしい艶やかな空間に、私のテンションは上がる一方だ。

「亜希さん、お久しぶりです!…ここ、すっごく素敵なお店ですね!」
「ふふ。初めて来た?」
「はい、初めてです!!」

興奮気味に彼女へ話しかけると、亜希さんからは香水のいい香りがした。

私は、普段からあまり香水をつけない。濃いめの香りが苦手なので、いつもは軽くボディスプレーのようなものを吹きかけるか、たまにオーガニックの練り香水をつけるくらいだ。

でも彼女の香りは少しだけ甘くてセクシーで、こういうものならつけてもいいかなと思う。

「今日も3人で飲んでたの?仲良しでいいね」

そう笑う亜希さんの周りには、見知らぬ男性が2人いた。1人は、少し年上のおじさま。そしてもう1人は、同世代くらいだろうか。カジュアルな装いの若い男性だ。

「こちら、この界隈では有名な柳社長。で、こちらは友達のヒロくん。アートディレクターなの」
「は、初めまして!」

きらびやかな交友関係が、とにかくまぶしい。それは遥も美咲も同じだったようで、2人そろって華やかな彼らを見つめている。

「同じのでいい?ここ日本酒バーなんだ」

亜希さんが私たちにお酒を勧めてくれたけれど、美咲が慌てて首を横に振る。

「あっ、すみません。…私、お酒が飲めなくて」

すると、彼女はとても驚いていた。

「え、そっか飲めないのか!」
「そうなんです。すみません…」
「謝ることじゃないよ!無理は禁物だからね」

私の周りには、飲まない子も多い。酔い潰れるまで飲む、なんてこともあまりない。

でも頬を赤く染めている亜希さんを見ながら、ここまで酔っ払えることが羨ましく思えた。


“酔っ払う=カッコ悪い”平成世代。一方の昭和世代は…?


「へ〜。じゃあ遥ちゃんは既婚者なのか。結婚生活は楽しい?」

いつの間にか、亜希さんの横に座っている遥。いつもは大人しいけれど、遥はお酒が入るとたまに大胆になる。

「楽しいんですけど…。夫の年収だと、東京でいい暮らしはできないんだなと気づき始めてしまって。今まで、そんなこと考えたこともなかったんですけどね」

遥の話を、静かに聞いている亜希さん。すると隣にいた柳社長が、大声で横から割って入った。

「まあ、仕方ないよ。だって浮気とかもしないんでしょ?いい旦那さんじゃない」
「そうなんですけど…」

その横で美咲は、アートディレクターのヒロさんと話し込んでいる。

「えっ、じゃあ一度も会社で働いたことないんですか!?」
「そう。最初からフリーランスでやってたから。今はもう法人化してるけどね」
「どうやったら、そういう発想になるんですか?私は会社に所属していないと不安で…」
「勢いじゃない?特に何も考えず仕事してきた結果が今、って感じだし」

彼らを見ながら、私は不思議な気持ちになった。亜希さんも、そのご友人たちも、なんだか自由に見えたから。




みんな必死に生きているはずなのに、彼女たちはとても楽しそうだ。自分の好きなことを仕事にしながら、何不自由なく暮らしているように見える。

ハイブランドのバッグも隠すことなく、堂々と持っている。お酒は好きなだけ飲んで、しかも飲んだらちゃんと酔っ払うし、ある意味とても欲望に忠実。

でも私は恥ずかしさや世間体があるので、つい尻込みしてしまう。

本当はもっといい暮らしがしたいけれど、現実をちゃんと見た結果、諦めている。それはきっと、遥も美咲も同じだろう。

羨ましいと思う反面、ギラギラしている世界はカッコ悪いと思っていた。なぜなら小さい頃から日本は不景気で、地に足をつけて生きてきたから。

でも昭和世代の大人たちは、大声で笑って美味しいものを食べて、お酒を楽しんで。いい暮らしをするために必死に生きている。

しかもその必死さを隠すことはせず、むしろ全面に押し出しているようにも見える。「これが私」とでも言うかのように…。

「なんか、いいですね…」
「何が?」

亜希さんが、私の顔を覗き込む。

「亜希さんたち、人生楽しそうですね」
「うん、楽しいよ〜!人生短いんだし、思いっきり楽しまないと」

誰も教えてくれなかった。もっと自由に、ワガママに生きていいなんて。

「亜希さん。私、お金持ちになりたいです!!」
「何それ、どうしたの急に(笑)。うん、頑張ればいいじゃない」

これからはもっと、欲望に忠実に生きよう。そう思いながら、特製のリーデルのグラスに入ったシュワっとした日本酒を飲み干してみる。

ただやっぱり、本格的に酔う前にちゃんとセーブしている自分がいた。

その一方で、夜が深まるにつれて亜希さんたちは楽しそうに酔っ払っている。

昭和世代と平成世代。どちらがいいのかはわからないけれど、その間に見えない線が引かれていることだけは確実だった。

▶︎前回:“医者狙い”で婚活していた26歳女が、交際3ヶ月で平凡なサラリーマンと結婚した、したたかな理由

▶1話目はこちら:26歳女が、年収700万でも満足できなかったワケ

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英語コンプレックスを抱えながら…。留学する友への焦り