◆前回までのあらすじ

アパレル関連の会社を経営する翔馬(32)が食事会で出会った3人の女性、香澄(31)、ミナ(29)、玲(29)。麻布十番で元太と玲と3人で飲んだ帰り、酒に酔った玲が流れで翔馬の家にやってきたが…。

▶前回:東大卒で商社勤務の29歳女が酔った勢いで、大胆な行動に。深夜1時の麻布十番で男と…




Vol.6 理性が勝利した理由


「おはよう、翔馬くん」
「あ、玲ちゃんおはよう。気分はどう?」

青山にある自宅マンション。リビングの時計は朝8時を指している。

昨夜、酒に酔った玲のゴリ押しに負け、家に連れて帰ってきてしまったのだが、案の定気まずい朝を迎えることとなった。

「うん。最悪…頭痛いし、気持ち悪いし、怖くて鏡を見られないけど顔もむくんでいると思う」
「大丈夫。俺、裸眼だと視力0.1もないから」
「翔馬くん、ごめんね。本当に、なんと言ったらいいのか…」

― 玲、昨夜とはまるで別人なんだけど…。

俺は、顔を伏せながらモゴモゴと答える彼女にタオルを渡し、バスルームに案内する。

スマホを見ると、元太から不在着信と何通ものLINEが入っていた。

正直に話すべきか、適当にあしらうべきか迷っていると、玲がバスルームから顔を出した。

「ねぇ、翔馬くん。昨日のこと…覚えてる?」


「うん。覚えてるよ」

「だよね。翔馬くん疲れてたみたいけど私より酔っていなかったし、ちゃんと意識あったもんね」

昨夜、甘えてきた玲を体から引き剥がし、ベッドに寝かせた俺は偉いと思う。

普通の男ならそのまま流れに身を任せていただろう。でも、手を出さなかった。

だけど“玲のことを大事にしたかったから”という、格好つけた理由からではない。




確かに、玲は美人だし、媚びないところがクールでかっこよくて、食事会では1番印象がよかった。

でも、メンヘラがちな昨夜の玲の様子から、もし彼女と体の関係を持ってしまったら面倒なことになるだろうと容易に想像できた。

だから、理性を保ったのだ。

「もう〜玲ちゃんは覚えてないの?うちのベッドがシモンズの中でも最高級だって言ったら、翔馬くんちのベッドで寝たい!って聞かなかったんだよ。寝心地、どうだった?」

「面倒なことになりそうだから、夜の誘いを断った」という事実を伏せ、俺は、おちゃらけながら答える。

もちろん、玲とはマットレスの話なんてしていない。ただ、彼女のプライドを守ってあげたかったのだ。

「え…私そんなこと言ったの。嘘でしょ…」

「もう昨日のことはいいから、シャワー浴びておいで。そのままじゃ、さすがに帰れないでしょ?」




玲がバスルームに入り、シャワーを浴び始めたのを確認して、俺は外に出た。

「一緒に朝ご飯を食べに行こう」と玲に誘われないために、食事を先に調達しておこうと思ったのだ。

自宅周辺には、友達や仕事仲間がよくうろついている。彼らに俺と玲が一緒にいるところを見られたくない。

― 玲の顔はタイプなんだけどなぁ…。

もう少し俺が20代前半でガツガツしていた頃だったら、彼女みたいな子と付き合いたいと思っただろう。

東大卒で美人というだけで彼女にする価値は十分にあるし、家柄もいい。多少のメンヘラくらい構わないし、むしろ可愛いと思っていた時期もある。

でも、今は無理だ。

将来を見据えて付き合うなら、もう少し精神が安定している子の方がありがたい。

経営者という立場上会食が多いし、時々接待で夜の店にも行く。フリーで飲むより指名する方が楽ならそうするし、店の女の子からの営業メールも届く。

浮気じゃないのに、そういうのをいちいち責められたらたまったもんじゃない。結婚しても子どもを持っても、付き合いをゼロにすることはできないと断言できる。

玲は、そういう“経営者あるある”を許容できなさそうだ。




「ホットコーヒーとカフェラテ、それからこのサンドイッチをテイクアウトでお願いします」

近所のカフェで会計をしていると、香澄からメッセージが届いた。

『香澄:翔馬さ〜ん♡来週ってどこか空いてます?ごはん行こ?』

― やば。連絡し忘れてた…。

前回は香澄の方からデートに誘ってくれたので、次は自分からと思っていたのに、今回も彼女に言わせてしまった。

正直、熱烈に惹かれているわけじゃないのだが、行かない理由も見当たらない。

香澄は男心をくすぐるのが上手だし、顔も仕草も抜群に可愛いし、昨夜のデートもずっとニコニコしていた。

比較するのは申し訳ないが、やはり玲よりも香澄のような女性の方が男性にはウケがいいのは、言わずもがな。

『翔馬:木曜日なら17時に打ち合わせ終わるから、そのあとどうかな?』
『香澄:もちろん大丈夫!次は翔馬さんの食べたいものにしましょ♡』
『翔馬:OK!店決まったらまた連絡するね』

そこまで送ると、ちょうどコーヒーが出来上がり、俺は玲が待つ自宅へ急いで戻った。

すると彼女は、すでに着替えを済ませていて、コーヒーを一緒に飲むこともなく、帰っていった。




翌週の木曜日。

俺は、香澄とのデートに六本木にある『YAKITORI 燃』を選んだ。

「わ〜い!焼き鳥、嬉しいなぁ。ヘルシーだから太らないし〜♡」

最初のデートがフレンチだったので、どういう反応をするか心配していたのだが、香澄が喜んでくれたので安心した。

「よかった。香澄ちゃんは何食べても太らなそうだけどね」
「そんなことないですよ〜!運動もしてないから」

彼女はいつも通りシャンパーニュ、俺は生ビールで乾杯する。

「香澄ちゃんって、どうして今も秋山さんと仲良くしてるの?大学生の時にバイトしてただけだよね…?」

香澄は大妻女子大出身で、その時に秋山が経営する和食店で働いていたことは、前回のデートで聞いた。

でも、大人になってからも会ったりするものだろうか。

― もしかして、男女の仲だったり?

失礼にもそんな考えが頭をよぎる。




「実は私、当時28歳の店長と付き合っていたんですよ。学生だったから大人がかっこよく見えたんでしょうね。でも、彼が別れた後もしつこくて…」

その店長がストーカーになったこと、警察に相談してもパトロールしたり注意するくらいで、接近禁止命令も意味がなかったという。

そんなとき香澄を助けてくれたのが、秋山だったそうだ。秋山が元彼に何をしたのかは教えてくれなかったが、相談してからパッタリと姿を見せなくなったらしい。

「だから、秋山さんは第2のパパっていうか…あっ、変な意味じゃないですよ。ていうか、むしろママ?なんていうか、お父いや、お母さんって感じなの」

「大丈夫だよ、わかってるから」

「よかったぁ。じゃあ、私の話は終わりね!翔馬さんは、今までどんな人と付き合ってきたの〜?まぁ、全員美人なんだろうけどっ」

コースも終盤に差し掛かり次がデザートとなった頃、香澄は俺に聞いた。

「いやいや…まぁ、否定はしないけど。そうだなぁ、共通してることが何かあるかな……ん?」

歴代の元カノたちの顔を思い出しながら、ふと奥のカウンター席に視線を移すと、見覚えのある顔が並んでいたので驚く。

「翔馬さん、どうしたの?」
「いや…秋山さんとミナちゃんがそこに座ってるから」
「あ、ホントだ。全然気付かなかったぁ。向こうはこっちに気付いていないみたいですね」

― デ―ト…?まさかな。

「あのふたりお会計してますね。この後どこに行くのかなぁ…翔馬さん、ふたりの後ついて行ってみません?」

香澄はニヤリといたずらな表情をする。

秋山が食事会に連れてきた3人の女性のうち、玲は取引先の蔵元の娘、香澄は元スタッフ。

ミナだけが仕事のつながりがない。だとすれば、秋山が3人の中で唯一女性として見ているのはミナなのではないだろうか。

なんとなくふたりの関係が気になって、俺は香澄の提案に乗ることにした。




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