一見、何不自由なく、幸せそうな夫婦。

けれど、彼らにも抱えている問題がある。

― セックスレス ―

はたから見れば、あんなに綺麗な妻・夫がいるのにどうして?と思うだろう。

相手と体を重ねなくなったとき、夫婦関係はどこへ向かうのか。

充実した仕事、十分な収入、美しい妻を手に入れたものの、レスに悩む男たちの本音が、今浮き彫りになる…。




小野幸弘(33) 大手法律事務所 弁護士


「琴子、俺の白いネクタイ知らない?」

4月中旬の13時、広尾にある低層マンションの4階。

幸弘は、1階にあるヨガスタジオから戻ってきたばかりの妻・琴子に尋ねる。

「あれ、いつものところにない?この間クリーニングに出して、コンシェルジュの人が持ってきてくれたはず…」

琴子は、慌ててウォークインクローゼットの中を探す。

「ほら、あるじゃない」

細く引き締まった体が強調されるヨガウェアを着た琴子は、幸弘の首にネクタイをかけて結ぼうとする。

「あ、そこか。見えなかったわ、ありがと」

幸弘はお礼を言うと、琴子の手からネクタイをさりげなく奪い、自分で締めた。

身長182cm。程よく筋肉のついた幸弘の体に、オーダースーツがよく似合っている。

「今日って高校時代の友達の結婚式だっけ?」
「そうそう。多分飲んでくるから、帰りは遅くなると思う。先に寝といて」
「そっか。じゃあ私も、誰かとご飯でも行こうかな」

琴子の言葉に、幸弘は「そうしたら?」と微笑んだ。

「お、タクシー着いたって。そろそろ行くわ」
「うん、楽しんできてね」
「ありがとう。琴子もね」

玄関で見送る琴子に、爽やかに別れを告げる。

ドアが閉まったのを確認して、幸弘はスマホを取り出した。

LINEには、ある女性からのメッセージ。

幸弘は「また、後で」とだけ素早く打つと、タクシーへと乗り込んだ。


同級生3人の再会


「幸弘!久しぶりだな」

「ザ・リッツ・カールトン東京」のエントランスでタクシーを降りた幸弘は、不意に後ろから声をかけられた。

振り返ると、高校時代に仲の良かったミナトが立っている。




「おー、ミナト。久しぶり。お前いつも忙しいから、来られないかと思ったわ」
「いやいや、幸弘ほどじゃないよ。最近どうよ?相変わらずか?」

幸弘とミナトが世間話をしながら会場へ通されると、同じテーブルに中肉中背の男がすでに座っていた。

「うわ、陸じゃん!久しぶり。陸、ちょっと太った?」

言った途端、ミナトはわざとらしく口に手を当てる。

「やべっ。今の時代、見た目のことを言っちゃ、いけないんだっけ?」

いつものミナトのノリ。

陸は「おい、幸弘。訴えたら勝てるよな?」と笑って返した。

幸弘、ミナト、陸の3人は、港区にある中高一貫校の出身。

高校1年生のときに、同じクラスになって以来の付き合いだ。

3人がいつものようにじゃれあっていると、司会者の声が会場に響き渡る。

「それでは皆さま、新郎新婦の入場です。温かい拍手でお迎えください」

気恥ずかしそうな顔をした元同級生が、着慣れないタキシードに身を包み、会場へ入ってきた。




彼の隣を歩く花嫁は、まだ20代半ば。

みずみずしい白い肌の腕やデコルテを惜しげもなく露出し、彼女の美しさを最大限に引き出している。

披露宴が始まり、2人のプロフィールムービーが流れる。新郎新婦は幸せな表情を浮かべながら、時に笑い合い鑑賞している。

そんな彼らを見た陸は、心の底から「はぁーっ」とため息をついた。

「なんだよ陸、めでたい場でしけた面して。こんな時まで、患者のことでも思い出したのか?」

からかうように言うミナトに、陸はため息の自覚がなかったのか、慌てた表情を見せた。

陸は高校を卒業したあと、一浪して、東京の私大医学部へと進んだ。

同じ医学部にいた1つ上の先輩と結婚し、今では妻の父親が経営する病院で働いている。

「違うよ。ただなんか、奥さん綺麗だし、幸せそうで良いなって」
「え、なんだよ?陸の奥さんだって、美人なうえに女医で、親は病院経営。最高だろ?」
「まあ、そうだけど…」

陸はバツの悪そうな顔をして、口を閉じた。

陸の表情を察してか、ミナトもそれ以上は何も聞かず、新郎新婦の方を見る。

そしてミナトまで「確かに、なんか初々しくていいよな…」と、独りごちた。

うっとりとする2人の隣で幸弘は、興味なさそうな顔をして、シャンパンを静かに口に含んだ。


それぞれの胸の内


披露宴が終わり、軽く一杯飲もうという話になり、3人はホテル内にある『The Bar』へと移動した。




乾杯し直した後、ミナトがウイスキーのソーダ割りを勢いよく喉へと流し込むと、薄笑いを浮かべて聞いた。

「で、2人はぶっちゃけどうなの?色々とうまくいってんの?」
「仕事?まあな」

ミナトからの質問に、幸弘が怪訝な顔をして、そっけなく答える。

正直、何か問題があっても、職業も環境も違う彼らにわざわざ打ち明けたところで仕方がない、と幸弘は思っている。

いつもこんな調子で幸弘が会話を終わらせてしまうため、話を広げるのは陸の役目だった。

「幸弘は、企業専門の弁護士だっけ?」
「あぁ。M&Aとか知財とかやってる」
「そっか、じゃあもし僕が患者から訴えられても、幸弘には頼めないかな?」

陸が冗談交じりに言うと、ミナトが「違う、そうじゃなくて」と語気を強めた。

「俺が聞いてんのは、夫婦仲!嫁さんとは、うまくいってんの?」
「なんだよミナト。結婚式見て羨ましくなったか?」

ミナトを冷たくあしらうように言う幸弘。

けれど、披露宴ですでに5杯のシャンパンやワインを飲んだミナトは、お構いなしに続ける。

「ああそうだよ、何が悪い。羨ましいさ、正直。若くて可愛らしい奥さんで、幸せそうでさ…」
「それを言うならミナトだって。奥さん、元モデルだし綺麗だろ?子どもだっているし、幸せそのものじゃないか」

陸が驚いたように言うが、ミナトはすでに酔っているのか「フン」と鼻で笑う。

ミナトは、慶應を出た後、総合商社を経て、現在は外資戦略系コンサル会社に勤めている。妻と出会ったのは、今の会社に入ってから。

忙しい合間を縫っては、同僚と食事会を開いているなかで、2人は出会った。

モデルの彼女に一目惚れしたミナトは、彼女に気に入られようと、高級レストランやホテル、ブランド物をあげるなどをして、なんとか彼女の心を掴んだのだ。

3年前には子どもも生まれ、幸弘からすれば、不満などなさそうに思われたのだが。

「結局さ、手に入ったら、価値がわかんなくなんのかな…」

寂しそうに言うミナトの言葉を、黙って聞いていた陸が、静かに口を開いた。

「あのさ、僕、実は…。ずっとしてないんだよね、その、奥さんと」

突然の告白に、ミナトが目を丸くして陸の顔を見た。

「してないって…もしかして、レスってこと?」
「そう。なんか、できなくて奥さんと…」

陸の思わぬ告白に、酔っていたミナトが続ける。

「マジで?実はさ、俺んとこも、ずっとセックスレスなんだ」
「うそ、ミナトも?良かったー、同じようなやつがいて」

2人の会話を黙って聞いて幸弘は、スーツの胸ポケットでスマホが振動するのを感じた。素早く取り出し、通話ボタンをタップする。





「わかった、今から出る」

幸弘は電話を切ると、2人に「悪い、俺、いくわ」と告げた。

「お、仕事?それとも奥さん?良いよな、結婚して2年半くらいだっけ、幸弘が一番幸せもんだな」

絡むミナトに、幸弘が涼しい顔をして答えた。

「いや、彼女。妻となんて、両手ほどもやってないから。じゃ、またな」

表情ひとつ変えずにそう残すと、幸弘は颯爽とその場を後にした。

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