80年代に『幽幻道士(キョンシーズ)』のテンテン役で旋風を巻き起こしたシャドウ・リュウさん。かわいい笑顔の裏で繰り広げられていたのは、今では考えられない過酷な撮影現場でした。本人だからこそ明かせる、大ヒット作の舞台裏に迫ります。

【写真】「やっぱりかわいい!」クリっとした目が印象的な当時のシャドウ・リュウさん(3枚目/全9枚)

 俳優経験はゼロ、最初の撮影はNG30回以上も

キョンシーに見つからないようにみんなで息を止めていた

── リュウさんといえば、今から約40年前に台湾で制作されて公開された映画『幽幻道士』や、ドラマ『来来!キョンシーズ』のテンテン役として日本でも大人気でした。当時はまだ7歳だったのにアクションなどが多く、撮影現場は大変だったのではないですか?

リュウさん:撮影は本当にハードでしたね。アクションシーンを撮影するために、ワイヤーに3日間、ほぼ吊られっぱなしだったこともありました。今よりも人間をワイヤーに固定するのが大変な作業だったため、一度吊られるとトイレに行くとき以外は降りることができなくて。空中にぶら下がったままご飯を食べたり、休憩したりしていました。

ワイヤーが食い込む足のつけ根には青あざができて痛くて…。そもそも3日間吊られっぱなしなんて、今では考えられないですよね(笑)。アクションシーンでテーブルにぶつかって壊れるようなシーンでは、シンプルに投げ飛ばされたこともありました。

── 3日間も吊られっぱなしなんて想像もつきません。そもそもなぜ、テンテン役を演じることになったのでしょうか?

リュウさん:叔父が『幽幻道士』の脚本家で、孤児役だったスイカ頭のキャストを探していました。それで私の兄がオーディションに呼ばれたのでついていったら、監督が私の顔を見て「今、決まっているテンテン役ではなく、この子に変更する」と急に言い出したんです。

最初は知らない大人に突然そのようなことを言われて怖かったのですが、家に帰って父に話をすると「撮影に行けば学校に行かなくていい」「撮影現場に行けばおいしいものがたくさんある」と言われて、それは魅力的だと(笑)。

── でも、撮影現場は思った以上に過酷だった?

リュウさん:そうですね。なにもわからずに飛びこんだ世界だったので、『幽幻道士』の最初の撮影シーンではNGを30回も出した記憶があります。セリフを言いながらバケツの栓を抜くシーンだったのですが、セリフを言うと栓を抜くのを忘れたり、栓を抜くとセリフが言えなかったり。監督が1シーンで撮影したかったようで、何度もやり直しをしました。

休憩はキョンシーの棺桶の中で

── 日本ではキョンシーは恐怖の象徴として子どもたちに大変怖がられていましたが、撮影現場で怖いと思うことはなかったですか?

リュウさん:キョンシーのメイクをしていなければみんなとても優しいおじさんで、怖いと思うことはありませんでした。撮影は過酷でしたが、合間にはみんなでご飯を食べたり楽しく話したりすることが多く、まるで家族のような関係でしたね。実はみんながどうしているのか気になって、最近みんなを探して声をかけて集まったんです。スイカ頭、チビクロ、トンボ、チビトラ、親方キョンシーなどと昔話で盛り上がりました。

キョンシーのことをまったく怖くないと思っていたからか、当時は撮影の合間は棺桶の中で寝ていましたよ。

── キョンシーの入っている棺桶ですか?

リュウさん:そうです。蓋をしめれば暗くて寝やすいし、なにより居心地がよくて。スタッフさんもいいと言ってくれたので、枕と布団を自分たちで持ってきて棺桶の中に入れて、呼ばれたときに気づくように少しだけ蓋を開けて寝るんです。私たちは作りものの棺桶とわかっているから怖くないのですが、普通の人からしたら怖いかもしれませんね。

── 撮影現場にはお兄さんのスイカ頭、チビクロ、トンボなど、同世代が多かったと思います。ベビーキョンシーも当時は人気でしたが、撮影現場での思い出はありますか?

リュウさん:当時小学生の私たちでさえ過酷な現場だったのに、さらに小さいベビーキョンシーはもっと大変だろうとかわいそうに思っていました。ベビーキョンシーも私たちと同じようにワイヤーでずっと吊られていたし、眠くても出番になると起こされていたし。泣くシーンがなかなかうまくできないときも大変そうでした。

来日時のファンの多さに驚き「夢にも思わず」

左からチビクロ、テンテン、スイカ頭、トンボ

── 台湾で制作された映画やドラマでしたが、日本でも大ヒットしました。当時、反響を感じることはありましたか?

リュウさん:宣伝のために日本に行ったときに、大勢のファンが集まっているのを最初見たときはとても驚きました。日本で人気があることは知らなかったし、日本語もわからなかったため、どうしてみんなこんなに騒いでいるのだろうと。日本語吹き替えされていることも知らなかったので、台湾語の作品がこんなにヒットしているとは夢にも思いませんでした。

── たしかに当時はインターネットもない時代で、台湾にいたらわからないですよね。

リュウさん:日本で人気があると説明されたときは、言葉は通じないのに私たちの作品を好きになってくれたことがとてもうれしかったですね。作品を認めてくれたことに感謝の気持ちが大きかったです。

── 最初はわけがわからず、過酷だった撮影でしたが、当時を振り返ってよかったと思うことはありますか?

リュウさん:いきなり大人の世界に入ったので最初はとまどいましたが、作品を通してチームワークの大切さを学びました。みんなで作品を作り上げることは素晴らしいなと。あとは寝る間もなかったので、おかげで夜ふかしが当時は得意になりましたね(笑)。

取材・文:酒井明子 写真:シャドウ・リュウ、アット エンタテインメント(「幽幻道士&来来!キョンシーズ BDコンプリートBOX」)