200作品以上のテレビドラマや映画でスタイリングを手掛け、“ドラマスタイリスト”の第一人者でもある西ゆり子(にし・ゆりこ)さん。現在は、一般女性を対象にスタイリングの基礎が学べる「着る学校」を開校するなど、大人のためのファッションを提案しています。

そんな西さんの初のフォトエッセイ『Life Closet 服と共に生き、服と共に笑う』(扶桑社)が、このたび発売されました。同書では、西さんが自身の人生を振り返りながら、服へのこだわりや服を選ぶときの考え方などをつづっています。

70代の現役スタイリストとして活躍する西さんにお話を伺いました。前後編。

--本のタイトル『Life Closet 服と共に生き、服と共に笑う』の通り、西さんの笑顔がとても素敵でした。ご自身は、何事も前向きに考えるタイプなのでしょうか?

西ゆり子さん(以下、西):私は、最後のどん底まで行かないと、開き直れない性格なので、意外とクヨクヨ系なんですよ(笑)。

--前回もチラッとそうおっしゃっていましたね。

西:スタイリストとして働き始めたころ、ファッション班のデスクに「西さんは、そのクヨクヨがなければ、いい女なのにもったいない」と言われました。自分ではよく分からなかったけど、ミスを引きずって、かなりクヨクヨしちゃう。編集長に、「西さん、とらやの羊羹持って謝りに行ってらっしゃい」って言われて、持って行ったりしました。

そういう意味では、クヨクヨの連鎖です。「こうなったからこれが悪い」とか、「こうなってまた落ち込んでる」みたいな……。ずっとその連鎖をして、どん底まで行くと、もう理由はないじゃない? すべてを出し切ると、クヨクヨする理由がなくなるから、「ええい! ままよ!」ってなるわけです。それできっと、江戸っ子になっちゃうのよね。「てやんでぃ!」みたいな感じで、ヒュッと上がっていく。破れかぶれです(笑)。

--本ではご自身の人生を振り返って、改めて感じたことや思うことはありましたか?

西:3人の息子たちに感謝ですよね。子育て中は仕事が忙しくてほとんど寝顔しか見られなかったけど……。私は子供を産んだときに、「この子は私の子ではない。未来からの使者」だと思ったんです。この子どもたちが次の世代を担うわけですから。だからこそ私と夫の育て方、教育が一番大事になる。「親は一生懸命働いて生きてるぞ!」というのを教えるしかないと思いました。だから、本当に一生懸命働きましたね。

--ウートピの読者からも「忙しくて子供との時間が取れない」という罪悪感に悩んでいる声をよく聞きます。

西:でもそれは、「自分の子供」だと思うからかもしれません。子供は未来から来た使者でたまたま、私の家に生まれちゃっただけ。一緒に過ごせない時間がある家に生まれちゃっただけ。そう思えば、少しは気が楽になるんじゃないかな。

--なるほど。

西:昔、息子たちとテレビを見ていると、母親が何かをしながら「ヒロシくん、これはあなたのためよ」って言うコマーシャルが流れたんです。すると、息子たちが、「こういうお母さんは、すごく嫌だよね」「『あなたのために』なんて、言わないでほしいよね」って。確かにそうだなと思いました。何かをやるたびに「あなたのため」なんて言われたら、子供だって重荷になりますよね。

そのあと、息子たちから「『自分がやりたいからやっている』と思ってくれているほうが、僕たちはすごく助かる」と言われたときに、「彼らのために、何かを犠牲にして生きるのはやめよう!」と思いました。そうすると、母親としてもすごく楽になる。「あなたのため」ではなく、「私がやりたいからやってあげたいの」だけでいいと思いますね。

黒一色の服に身を包んで気づいたこと

--そんな西さんもおしゃれに興味がなくなった時期があったと伺いました。

西:60歳になる手前で、「私はもうファッションを極めたわ」と思ったときがありました。仕事もずいぶんやり切ったし、どのジャンルもみんなやったし「極めた!」と思って、黒一色にしてみたのです。それこそ、ギャルソンで一番シンプルなスタイルみたいな格好です。

それで2年間過ごしたのですが、やる気が出なくなってしまったのです。色も暗いし、袖も長いから、袖をめくってまで、仕事をしようという気にならないんですね。アクティブでない分、優雅に過ごせたのかもしれませんが……。

--そんな時期もあったんですね。

西:慢心していたのだと思いますが、やる気のない自分を発見したときに、「私らしくないな」と思ってやめました。前回も申し上げたように、元々、変わった服が好きじゃないし、ダボダボの服も好きなわけではなかったので。でも、洋服ってこんなに気持ちに影響するのかと、その2年間はいい経験でした。

--「私らしくない」と気づいたんですね。

西:テレビ局に行くと、スタイリストってみんな黒っぽい格好をしていて、それを羨んでいたところもあったんです。いかにもプロっぽく見えますから。真似して黒っぽい格好をしたり、紅茶派の私がコーヒーを飲んでみたり(笑)、試行錯誤したけどなかなか……。当たり前ですが、やっぱり、自分らしいほうがいいと思いましたね。

「60代は青春」と思う理由

--「自分らしさ」にたどり着いたのは、60代になってからですか?

西:本にも書きましたけれど、60代の10年間が、本当に混迷の時期だったと思います。30代、40代になると、徹夜とかつらくなるでしょう? 50代になったら、徹夜どころではなくなって本当にできなくなる。そして、60代になると、もっとできなくなるんです。だから、60代は青春よ。

--どういうことでしょうか?

西:70代になってから気づいたことなのですが、70代は、肉体的にいろいろなことが退化していくんです。今の私から見たら、60代は肉体的にもまだまだ元気で、まだまだ青春。気力さえあれば何でもできますから、60代は、やりたいことをやったほうがいいと思います。それこそ、パリに移住したかったら、移住すればいいし、好きなことにチャレンジしてほしいですね。

でも、私の場合は、60代を迎えたときに、気力が先に落ちてしまったんです。
「徹夜もできないし、あれもこれもできないし、もう全然ダメだな」って。還暦って、ゼロに戻る年と言われますし、新しいスタートにすごく期待していたのに、「こんなにやる気のない私はどうしたらいいんだ?」って、いろいろ考えたら、くたびれてしまったんです……。夫の看病時期と重なったこともあると思いますが、いろいろな仕事の話もいただきましたが、心は沈んだままで、ただただ時が過ぎていったような感じがします。

夫を見送り、しばらく経った頃でしょうか。ふとパールのイヤリングを着けてみたくなりました。悲しみが少し癒えたのかもしれません。鏡に映った自分を見て「イケるじゃん!」と思えたのです。そこから殻を破ったような気がします。心の元気も戻ってきて、これからの人生を自分らしく楽しもうと思いました。今の私は何でも自由ですよ(笑)。

--そうか、60代になったらもう一度青春が来ると考えればいいんですね。

西:そう、たとえ今落ち込んでいても、絶対に来ますよ。好きな服を着て「青春」を楽しみましょう!

パールのピアスを着けた西さん=『Life Closet』より

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)