声優で女優、そして映画監督としても活躍している瑚海みどり(さんごうみ・みどり)さん(51)。2020年より映画制作を学び、これまで発表した短編映画『ヴィスコンティに会いたくて』『橋の下で』はいずれも、国内外の映画祭で数々の賞を受賞しています。

そんな瑚海さんの初長編映画『99%、いつも曇り』が、12月15日に公開されます。同作の主人公は、アスペルガー傾向*にある45歳の“一葉”。子供をもうけることに前向きになれない“一葉”と、子供を欲しがっている様子の夫“大地”との間に、次第にズレが生じていく――というヒューマンドラマです。

そこで今回、同作の脚本と監督、さらに主演を務めた瑚海さんに、同作を制作した経緯や作品に込めた思い、映画制作をはじめたきっかけ、人生の転機となった出来事など、さまざまなお話を伺いました。

*社会性やコミュニケーションなどに偏りが見られる発達障害のひとつで、現在は自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害(ASD)として診断されます。
参考サイト:https://snabi.jp/article/19

「子供を産めない」というより「子供が欲しいと思えない」

--前編では瑚海さんのこれまでを伺いました。後編では『99%、いつも曇り』について伺えればと思います。アスペルガー症候群の傾向にある女性を主人公にした経緯を教えてください。

瑚海みどりさん(以下、瑚海):テーマを考えるに当たり、自分の中で悩んでいることというか、リアルな声を出していかないと、作家性の強いものでないと、他人には伝わらないなと思いました。とは言っても、世の中にはたくさんの悩みがありますよね。その中で、自分としては、アスペルガー症候群のことがあったんです。実は、15年ほど前、劇作家の女性に、「私もアスペルガーの傾向があると思うけれど、あんたもそうだと思うよ」と言われたことがありました。

--ご自身でその自覚はあったのですか?

瑚海:話が長かったり、空気を読まないで思ったことをすぐに言ってしまうとか。思い返してみると、自分の中で思い当たることがどんどん出てきて、それで悩んでいる人が多いということも分かりました。

--「子供を産まない」こともテーマの一つですね。

瑚海:私自身も、「子供を産めない」というよりは、「子供が欲しくなかった」んです。自分自身、生きていくのがいろいろ大変だったので、子供には味わわせたくないと思っていました。だから、子供を持つことに、あまり憧れがなかったんです。私は自分の人生を楽しんでいますけど、それは自分のガッツで楽しめているだけで、もし子供にガッツがなかったら、楽しめないかもしれないじゃないですか。

--私も似たようなことを思っていたのですごく分かります。

瑚海:でも、そんなことを口にする人はあまりいないですよね。「子供が欲しい!」というハッピーな話題はするけど、「自分のコンプレックスの部分が引き継がれていくのは嫌だ」というネガティブな話は、そうそうしないですよね。だから、ここは嘘(うそ)をつかずに、そのまま盛り込んだほうがいいと考えました。

「みんな一個一個片付けないで生きている」

--監督として、演出でこだわったところはありますか?

瑚海:(一葉の夫・大地を演じた)二階堂智さんには、「優しい芝居をしないでください」と言いました。15年間、夫婦で一緒にいる設定なので、もっとぶっきらぼうにつっけんどんな感じで、「これどうしたの? 片付けないの?」みたいな言い方でと。だって、夫婦って、家ではもっとイラっとしてますよ(笑)。だから、「素っ気ない感じでやってほしいです」とお願いしました。

ただ、大地は、両親も妹も亡くなっているから、家族が誰もいない。だから、浮気するほどの元気はないけど、独りになる勇気もないんですよね。「ちょっと面倒くさいな……」と思うような妻であっても、いて悪くはないと思っているんです。ときどきは楽しい時間もあるわけで、いなくなったら困る存在というか。でも、そうやって何となく、みんな一個一個片付けないで生きていると思うんですよね。夫婦関係だって、みんな何となく、いなしながら生きているほうがリアルだと思います。

--「一個一個片付けないで生きている」って本当にそうですね。

瑚海:案外、片付けないでみんな生きていますよね。だって、片付けるのは、ものすごく労力が必要ですし。それが崩壊したときに、急にバランスを崩すわけじゃないですか。だから、適当に持っておいたほうがいいと思うんですよ。

--一葉と大地の寝室が同じ部屋ではないというのもリアルだなあと思いました。

瑚海:新婚当時は2人は小さなアパートに住んでいたんですけど、一葉が実家を相続して、そこに住むようになるという経緯があるんですよね。別々の部屋のほうがお互いに息抜きができる。私も別々の部屋にはしませんでしたが、結婚するときに「隣の家にしたい」と言ってたくらい、自分の時間が必要な人間なんです。年を取れば取るほど、みんなこだわりが強くなるし、一緒に寝るとなるとややこしいじゃないですか。ということで、2人の部屋を別々にしました。

映画『99%、いつも曇り』の1シーン

「他の人たちはどうやって生きているんだろう?」が知りたい

--中年夫婦やカップルが抱えているものがリアルに表現されているように感じました。

瑚海:ドキュメンタリーではありませんが、映画『ノマドランド』を見たときに、「こういうリアルな映画を日本でもできないだろうか?」と思ったんです。中年を描くと、どうしてもコミカルになったり、ものすごくネガティブだったり、急に暴力をふるったり、そういう作品であふれているけど、「もっと普通に生きている人がいるんじゃないか?」って。「気まずい空気の中で生きている人、何となくそれを適当にいなしながら生きている人を描けないだろうか?」と思ったんですよね。

--中年以降の人をテーマにした作品は、まだまだ少ないと思います。

瑚海:本当は、自分にとってリアルなテーマの作品を見たいですよね。「他の人たちはどうやって生きているのだろう?」とか、そういうことを知りたい。でも、なかなか女子会でない限り、そんな話はないじゃないですか。本当にリアルにのぞいたところは、なかなか知ることができない。だから、「自分がこの年になってモノを作るのであれば、そのリアルを作るべきなんじゃないか?」って。そうじゃなければ、私がやる意味はない。他人がやっていることをやっても、意味がないと思うので。自分が感じている本当のことを盛り込まないと、この年になってモノを作る意味はないんじゃないかって。

--そう思ったきっかけは何だったのでしょうか?

瑚海:映画美学校のときに、お互いの脚本を評価する授業があって。そのとき書こうとしていたテーマに対して、「瑚海さんは、本当にそれが作りたいの?」と言われたんですね。それで、どんどん考えていくうちに、「年寄りの物語というか、自分の物語というか、自分のような人たちの物語を作っていきたい」という言葉が出てきたんです。「自分がやりたいことはこれだ! 今明確化されたぞ! やらないと死ねない!」みたいな(笑)。他人に突き付けられたときに、ゴロンと出てきた感じですね。

--一葉と大地の間に子供はいないけれど、一葉のような子供との関わり方もあるんだと感じました。

瑚海:子だくさんの人もいれば、子供がいない人もいるわけで。それは、それぞれの家庭の事情だったり、さまざまな事情があるわけじゃないですか。

ただ、道徳的なドラマを作ろうとはまったく思っていませんし、お説教みたいなこともしたくない。でも、「自分の選んだ選択はこれなんです!」という提示というか、「私はこういう者で、これでいいと思っています!」という名刺というか、私にとって、そんな作品になったかなと思います。

「自分の人生は自分のもの」

--最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

瑚海:日本は、もっと頑張らなきゃいけないとすごく思っていて。多方面で、世界から引き離されているじゃないですか。情報を得ようと思えば、インターネットがありますし、生きていこうと思えば、どこでものうのうと生きていけるんですけど……。でも、心を病む人が多いのは、この小さな島国で、周りの人を気にし過ぎて、ありもしないことに悩んで、どんどん自分の世界に引きこもってしまうからだと思うんです。

もちろん大変な国もたくさんありますが、世界を見ると、もっとみんな自由に生きているじゃないですか。だから、女性だって、「今までの敷かれたレールなんて知らねーよ!」ってレールからはみ出して、もっともっと活躍してほしい。「もっともっと自分の好きなように生きて、頑張っていかなきゃいけないんじゃないか?」って、すごく思います。

確かに、日本も変わってきましたけど、まだまだ女性の映画監督は少ない。「年を取ると役がないから」と言って、役者をやめて母親になっていく人も多いですし、諦めなきゃいけないこともある。でも、自分たちが輝く場所は、自分たちで作れるんですよ。私の短編映画のセリフにもありますが、“自分の人生は自分のもの”なんだから。「誰に何を言われようと、もっと自由に元気に生きていってほしい」と思っています。

映画『99%、いつも曇り』の1シーン

■作品情報
12月15日よりアップリンク吉祥寺 にて上映決定。 第36回東京国際映画祭Nippon Cinema Now部門に招待され正式出品決定。
10/26 10:20〜角川シネマ有楽町
10/31  21:05〜丸の内ピカデリー2
https://2023.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3605NCN04
第17回田辺・弁慶映画祭コンペティション部門に入選。
https://tbff.jp/movie/99itsumokumori/

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)