200作品以上のテレビドラマや映画でスタイリングを手掛け、“ドラマスタイリスト”の第一人者でもある西ゆり子(にし・ゆりこ)さん。現在は、一般女性を対象にスタイリングの基礎が学べる「着る学校」を開校するなど、大人のためのファッションを提案しています。

そんな西さんの初のフォトエッセイ『Life Closet 服と共に生き、服と共に笑う』(扶桑社)が、このたび発売されました。同書では、西さんが自身の人生を振り返りながら、服へのこだわりや服を選ぶときの考え方などをつづっています。

70代の現役スタイリストとして活躍する西さんにお話を伺いました。前後編。

「日常の断片を作る」ドラマスタイリストという仕事

--西さんは24歳のときにスタイリストとして独立され、モデルやタレントのスタイリングを手がけた後、40代からテレビの世界で活躍されてきました。『電車男』や『のだめカンタービレ』『セカンドバージン』『家売るオンナの逆襲』『七人の秘書』……。挙げ始めたらキリがないですが、クイズ番組『なるほど!ザ・ワールド』で司会をつとめた楠田枝里子さんの衣装も担当されていたと聞いて、テレビを通して西さんの仕事を見ていたんだなあと思いました。

西ゆり子さん(以下、西):当時はテレビの中の人はさすが芸能人!と、見ている人がワクワクするような服でないといけないと思っていたので、派手派手なスタイリングでした。今も覚えていてくださる方が多くて、嬉しいです。

その後、ドラマへと活動の場を広げたのですが、ドラマは、日常の断片を作っているものでしょう。普通の人が日常生活の中で着ている服で、役柄を作っていくのが、スタイリストに課せられた仕事なんです。女優さんがそれを着ているだけで、みなさんのお洋服をスタイリングしているようなものなんですよ。

--ドラマスタイリストというと自分とはかけ離れた世界だと思いがちですが、実はとても身近なんですね。一般の人が参考にできることはありますか。

西:ドラマの衣装を考えるときは、台本を読み込み、そのキャラクターのイメージを膨らませます。時代や育ち、血液型など、台本に書いていないことまで考えて、どういうスタイリングにするか形にしていくのです。でも、みなさんが服を選ぶ時には台本がないですよね。そこで私がいつも言っているのは、10年後を想像して自分で台本を作るというか。毎日毎日、「私はドラマのヒロインだ!」と思って、自分を表現する服を着ればいいんですよ。

--70代になって、一般の方たちに着る楽しさを伝え、おしゃれの基礎知識を身につけるための「着る学校」を始めたそうですね。どんな生徒さんがいらっしゃるのでしょうか?

西:今は、だいたい50代、60代の方が中心です。子育てがひと段落するとファッションにすごく悩むみたいですね。おしゃれのブランクがあり、「何を着ればいいんだろう?」とか、「着ていた服が似合わなくなった」とか。“ファッション迷子”になっている方が多い印象です。

私たちプロでも、おしゃれから3年間遠のいていると、流行が変わってしまうので、わからなくなります。一般の方が「何を買えばいいのか?」「何を着ればいいのか?」と悩んでしまうのは当然です。そして、恐る恐るお洋服を着ていると、そういう雰囲気も出ちゃうんですよね。

『Life Closet』より

「私はいい女」1日をドラマのように過ごす

--「着る学校」では、生徒さんにどのような変化がありますか?

西:オンライン授業で基礎知識を教えた後、生徒さんにはSNSのチャットに、自撮りのコーデ写真をアップしてもらうのですが、「○○さんらしいコーデ。すてきです」とか「全体のバランスを見直してみて」などとコメントすると、他の生徒からも「私はこのピンクのスカートが欲しい」「この服がかわいい」ってコメントがつくんです。そんなふうにみんなでやりとりしているうちに、少しずつ自信が戻ってくるというか、堂々と自分らしく着られるようになっていきますね。

--先程ご挨拶した際に、西さんから開口一番「Tシャツにパールのネックレスがこんなに似合う人がいるのね」と言われてすごく嬉しかったです!

西:私は、うれしいから言っただけなんだけど、言われたほうもうれしくなりますよね。そんな何気ないことでも自分の自信になっていくんですよ。

--確かに。

西:決して、最先端のおしゃれをする必要はないんです。私はベーシックでありながら、個性がきらりと際立つポイントがあるような服が好きですね。日常着が二度見されるようなおしゃれだと、カッコいいなと思います。

--そこで早速伺いたいのですが、日常着をおしゃれに見せるコツは?

西:Tシャツもパンツも、アイテムは同じでいいんですよ。ただ、それをどう着るかの問題なのです。ただ「着る」のではなく「着こなす」。どうすれば美しく見えるかを鏡の前で何度も試してほしいのです。それから、大人世代は「きちんと感」が大切。襟周りだけでもアイロンをかけるとか、小物でカジュアルアップさせるとか、いろいろ工夫してほしいと思います。

あとは、自分のマインド。「私はいい女」って。女優さんたちは、そのオーラがすごいもの。「私が一番!」「私はいい女」と思って、颯爽(さっそう)と服を着てください。今日一日をドラマのヒロインように過ごせたら、素敵だと思いますよ。

服は「私を助けてくれる親友」

--エッセイで、手持ちの服は約二間のクローゼットに納まっていると書かれていて驚きました。お仕事柄、たくさんの服をお持ちなんだろうなと思っていたので。手元に残しておく服とそうでない服はどんなふうに選んでいるのでしょうか?

西:私にとってお洋服は友達。私を助けてくれる親友みたいなものです。だから、コートなんかも気に入ったものは毎日着たい。その冬はヘビロテするわけです。でも、翌年の秋になると、「あれ?」と色あせて見えることもある。でも、ワンシーズンしか着ていないから、そんなに傷んでもいないけれど、私の気持ちが「着切った」と思ったら、「そのコートと私の関係は終わり」。コートだって喜んで着てもらう方がいいので、「じゃあ、あなたは違う人のところにお嫁に行きなさい」って、欲しい方にお譲りします。ただ、どんなに古くても、着切っていないものは手元に置いています。

--気に入って買ったはずなのになんとなく「しっくりこない」という服もあるのですが……。

西:そういうときは、しっくり来るまで置いておきましょう。だって、ときめいて買ったものでしょう。きっと似合うはずですよ。例えば、一週間ぐらい経ってから、もう1回出して着てみてください。これを3回繰り返すと、不思議と似合っている気がしてくるんです。私はいつも、「3回着てみて」と言っています。

--人間関係と似ていますね。まずは3回は会ってみるみたいな……。

西:確かに、そうですね。シャツだったら、ボタンを開けてみたり、襟を立ててみたり、いろいろやってみる。でも「まだ違和感があるな」と思って、またクローゼットにしまっちゃう。次は、袖をまくってみたり、襟を抜いてみたり、いろいろなことをやっていると、だんだん目が慣れてくるんですね。「これイケるじゃん!」と思うのが、だいたい3回目。だから、最初は「似合わない」と思っても、着たいと思って買ったものは、3回着て考えたほうがいいと思います。

--実は、とても好きな服を持っているのですが、「今は似合わない」と感じていて。「何十年後かに着よう」と思って、クローゼットに置いてあります。

西:私も、アーカイブで置いてありますよ。いつか着るかもしれないし、もしかしたら着ないかもしれないけど、お気に入りの服はアーカイブに入れてあります。

西さんのクローゼット=『Life Closet』より

服で迷ったら「10年後の自分を想像する」

--「どんな服が好きなのか、自分でも分からない」という悩みをよく聞くのですが。

西:それが一番困るんですよね。「これも好きかも。そっちも好きかも」となると、ファッションの方向性がめちゃくちゃになってしまいますから。何を着ても似合う人ほど、自分の好みを意識しておかないと、ブレてしまうんです。

例えば、私は、シンプルでオーソドックスな服が好きですが、ある日友人と買い物に行ったときに、ギャルソン風のワンピースを試着したらすごく似合っていて、友人にも「よく似合うから、買ったほうがいいよ」と言われたのです。だけど、変わった服は、あまり好きじゃないのよね。

それで、いつも服を買う時のように、いったん近くのカフェでお茶を飲みながら「10年後の私は、ギャルソン風の格好をしているかな?」って考えました。結論は「いやいや、してないな」と。確かに似合ってはいたけれど、買うのはやめました。ただ、「私は、ギャルソン風の服も着こなせるんだ」という自信にはなりましたけどね。

--先程の「10年後の自分を想像する」ということですね。

西:そうです。「10年後にどんな女性になっていたいか?」とか、「どんな場所で何をしているか?」を想像する。洋服を買うときに迷ったら、思い描いた方向の服を買えばいいだけです。簡単でしょう? 「10年後の私は、まだバリバリのキャリアウーマンだ」と思ったら、そういうお洋服を選べばいいと思いますよ。

「ちょっと背伸びして買える服」がもたらすもの

--今はファストファッションの台頭で、服があまり大切にされていないと感じることがあります。

西:そういう意味では、日本が一番、流行に敏感ですよね。ヨーロッパなんかは、それほど流行の服を着ている人がいないんです。なぜかと言うと、自分が気に入って長く持っている服を、自信を持って着ているから。自分のおばあちゃんが学生のころに着ていたステンカラーのコートなんかを、若い人が普通に着ていたり。なんていい文化なんだろうと思いますね。

でも、日本は、どこに行っても流行の服しか売っていない。言い換えると、流行が分からなくなったとしても、今、日本で服を買えば、流行の服を着ているのです。一方で、本当にコンサバティブな美しい服がなかなか見つからないんですよね。ファストファッションで流行を楽しむのもいいけれど、私は、ちょっと背伸びして買える価格で、長く着られる服のほうがいいかなと思います。

--“背伸びして買える価格”ですか。

西:例えば、黒パンツを買いに行ったとして、形もそこまで変わらないのだけれど、プラス2万円くらいですごくいいものを見つけたりするんですよ。着比べてみると何となく違う。「形も似ているし、予算内に収まるほうでいいんじゃないの?」とも思いますが、高いほうを買っておくわけです。すると、この背伸びした分があなたを引き上げてくれるんです。

--確かにそうかもしれないですね。

西:ワンランク上の服は、自分の中のいろいろなプライドを満足させてくれるし、そういう洋服を着ていること自体、あなたの背筋を伸ばしてくれる。表情も変わるんですよ。それこそ、私の場合は職業柄、上から下まで見られますからね。そのときに、「今日はジルサンダーを着ているんだ!」と思えば、自分の後押しにもなる。お洋服の効果は十分あると思いますね。

これからは好きな服を楽しく着てください。そのためにはまず、好きを極めましょう。そして、迷ったら10年後の自分を想像する。これをやっていけば、必ず「好き」は見つかります。あなたが楽しく好きな服を着ている姿は、家族や周りの人に影響するんですよ。私は、これが一番重要だと感じています。

--好きな服を楽しく着ることが大事なんですね。

西:お洋服は、自分にとって一番親しい友人。そして、ちょっと高い服は、自分を引き上げてくれる。安い服は、自分を下げるとは言いませんが、高い服を着たときは、その服に見合う人になろうと自分が成長していくんです。そういう経験をしたほうがいいと思いますね。

--人間関係と一緒ですね。ただ、“好き”よりも、“似合う”ことを気にする人も多いと思うのですが。

西:カラー診断とか、骨格診断とかもありますけど、私は一切やりませんし、おすすめもしません。「こんなに素敵な茶色のワンピースだけど、私には茶色はダメだわ」って思っちゃったら、せっかくの服との出合いを逃しちゃう。もったいないですよ。それに、私はクヨクヨ系だから、すぐに信じちゃうところがあって(笑)、ファッションに限らず、中途半端にいらない情報を得ないようにしています。

--時間があるとついスマホでいろいろ見ちゃうけれど、情報過多なのかもしれませんね。

西:暇なときは、空でも見て、風にそよぐ木の葉でも見て、「ああ、地球なんだな〜」って思うことが大事だと思います。「お月さまがまん丸だ」とかね。みんな見てないでしょう? そうやっていろいろなことを感じていると、自分のお洋服も少し変わってくると思います。

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)