声優で女優、そして映画監督としても活躍している瑚海みどり(さんごうみ・みどり)さん(51)。2020年より映画制作を学び、これまで発表した短編映画『ヴィスコンティに会いたくて』『橋の下で』はいずれも、国内外の映画祭で数々の賞を受賞しています。

そんな瑚海さんの初長編映画『99%、いつも曇り』が、12月15日に公開されます。同作の主人公は、アスペルガー傾向*にある45歳の“一葉”。子供をもうけることに前向きになれない“一葉”と、子供を欲しがっている様子の夫“大地”との間に、次第にズレが生じていく――というヒューマンドラマです。

そこで今回、同作の脚本と監督、さらに主演を務めた瑚海さんに、同作を制作した経緯や作品に込めた思い、映画制作をはじめたきっかけ、人生の転機となった出来事など、さまざまなお話を伺いました。

*社会性やコミュニケーションなどに偏りが見られる発達障害のひとつで、現在は自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害(ASD)として診断されます。
参考サイト:https://snabi.jp/article/19

映画『99%、いつも曇り』の1シーン

年を重ねた俳優の行き場が少ない日本

--まずは、これまでのキャリアについて教えてください。

瑚海みどりさん(以下、瑚海):ずっと役者をやっていたのですが、25歳〜26歳のときに、一回やめたんですね。元々は、舞台出身なのですが、社長に「お前はバラエティで行け」と言われて。でも、私は芝居をやりたかったので、迷子になってしまったんです。自分の中で整理がつかず、役者を一回やめて、結婚しました。それで、夫をサポートしていくという生活になって。多分それは、若いなりの勢いで疲れちゃったからだと思うんですけど……。

でも、私は、“物が言いたい人間”だから、友達に長電話して、「外行って働いたほうがいいよ」って言われちゃったり(笑)。やっぱり、自分で何かを打ち出していかないと、この人生は終わらないんじゃないか? と感じていて。結局は、結婚して10年後に離婚したのですが、自分は“外を向いている”ということを、ようやく自分で認められるようになったんです。

ただ、日本は、若い世代の話が人気ですよね。作品も、若い人のラブストーリーが多いじゃないですか。でも、人生100年時代、高齢者が多い時代になってきて。高齢者は高齢者、中年は中年の話を見たいわけですよ。ヨーロッパなんかは、母親を大事にする文化があるので、そういう作品が多いんですけど……。日本は、年を取れば取るほど、孤立していくような気持ちになりがちだと思っていて。

そんなことを考えつつ、「自分はまた芝居をやりたいんだ!」と認めるのも、勇気がいることだったんです。「芝居をやめる!」と言ってやめたのに、すぐ戻るのがしゃくだったので、声優として吹き替えとかをやらせていただいていました。ただ、ものすごく努力しているわけでもないし、ちょっと変わってる声なので、なかなかうまくフィットしなくて……。“売れない声優”として、ズルズル続けているという感じでした。

「本当はずっと映画の世界に行きたかった」

瑚海:それで、40歳になった年に、渡辺えりさんから「あんた今何やってるの?」と連絡が来たんです。えりさんとは、私が18歳のときに、劇団のオーディションを受けて舞台に出演したのをきっかけに、ずっと付かず離れずの関係でした。そのときに、「声優をやってる」と言ったら、「あんたは何がやりたいんだ?」と聞かれて、「私は本当は映画をやりたいんです」と言ったんです。

実は、これまで、自分の中で距離を置いていた映画という存在に、ずっと憧れていたんです。声優をやっていると、映画の吹き替えもあるので。でも、「なぜ、自分は、他人が演じているものを吹き替えているんだ? なぜ、あっち側にいないんだろう?」とコンプレックスがあったんです。ただ、それを認めることが、年を取ってくると怖いというか。今さら感があって、なかなか難しかった。正直、飲んだくれて結論を先延ばしにする感じというか、ちょっと逃げている部分もありました。

でも、えりさんから「これからはやめないで続けていったほうがいいよ」ということで、舞台に出演するチャンスを与えてくれたんです。「ちょうど音楽劇をやるから、やれば?」と言われて、そこから役者として復活するんですけど。だからと言って、声優事務所に所属しているので、簡単にドラマとかに戻れるわけでもなく……。舞台をときどきやったりしながら、ドラマにちょい役で出たり、声優やったりしていました。

大ケガを転機にオーディションに応募

--その後はどうされたのですか?

瑚海:実は、4年前に交通事故を起こして、頭蓋骨を骨折したんです。そのときに、「ダラダラと諦めているような、エンジンがかかっていないような生き方をしていたら、死ぬな」と思って。事故に遭った当時、一緒に飲んでいた友人いわく、酔っぱらって「ファックユー!」ってずっと言ってたらしいんですよ(笑)。それはおそらく、「自分に対して言っているんだろうな」と思いました。「ここで覚悟を決めないとおしまいだ」と思って、まだ入院中で頭蓋骨もくっついていないときに、映画のオーディションの書類を送りました。1カ月は入院しないといけなかったんですけど、2週間で無理やり退院しました。

--大ケガが転機になったんですね。

瑚海:大ケガをして「もう一回やろう!」というときに、舞台や声優など同じことをやるのではなくて、「自分が逃げたもの、憧れがあったものにチャレンジしよう」と思ったんです。「最後に勝負を決めなかったら、ずっと逃げた人生になるんじゃないか?」って。あとは、年を取ったので、ずうずうしくなれたというのも、大きいかもしれない。

若いときは、映画に対して、「すごくキレイな人たちの世界だ」とか、「すごく芝居がうまい人たちの世界だ」と思っていましたから。自分の中で勝手に線引きをしていたかもしれない。「個性的な人が売れるためには、本当にこれぐらいの隙間しかないんだ」と思い込んでいたんです。でも、年を重ねるうちにフィルターが取っ払われて、「個性的だ」と言われている自分も受け入れられるようになりました。そんな自分を通してモノを作ることは、武器になるんじゃないかって。頭を割ってから、いろいろなことが自由になった気がします(笑)。

年を重ねてたどり着いた場所

--年を重ねることで吹っ切れた部分もあったのですね。

瑚海:周りで、ちょっとずつ亡くなったりする人もいて……。「死ぬ」ってこれまでは他人事みたいに思っていたけど、年を取ってくると、「いよいよ自分のところにも……」って。だから、覚悟を決めないと、本当に終わっちゃうなと思いました。

あとは、SNSもそうですけど、他人に評価されようと思うから、うそぶいたすてきなものを作り上げようとしたりするじゃないですか。リアルを受け入れることは本当に大変なことだけど、それを他人に見せる必要もないわけじゃないですか。でも、人間の欲は、必ずそこにあるんです。他人に認められたいし、他人にかわいがられたい。だから、それをなしにはできないんですよ。そこに到達するためには、途中で嫌われたり、バカにされたりということも付いてくる。それらも込みで受け入れる覚悟がないと、モノを作れないとずっと思っていたんですね。

だから、怖くてしょうがなかったんですけど……。「普段は、ベラベラと楽しそうにしゃべってるけど、モノを作ったら大したことないな」とか。そんなこと、受け入れたくないじゃないですか。でも、年を取ってきて、時間がないと気づいたら、バカにされようが、何をされようが、やらないと終えられないって。愛されないかもしれないけど、そんなことよりも、まずは評価されるところまでも到達できていない。それは、自分のせいじゃないかと思ったんです。

おばさんの映画は人気がないと思っていたけれど…

--2020年から2年間、映画美学校に通われたそうですね。

瑚海:春に頭蓋骨を骨折して、秋口に映画の撮影が終わったんですけど、やっぱり「このままで終わったらダメだ」と思ったんです。それで、映画美学校に通い始めました。でも、20代〜30代の若い人が多いので、おばさんのストーリーを作っても、人気がないわけですよ(笑)。周りの人たちは、「いいね!」って言ってくれるんですけど、おばさんが再生していく話とかを分かってくれる人が少なくて。

でも、映画祭に出品したら、地方の映画祭で金賞をもらって、「ほらみろ!」みたいな。賞をくれた方は、私よりも若いんですけど、40歳ぐらいの方でした。「すごく身に染みた」「泣けた」とおっしゃってくださったんですね。やっぱり、働いている人や苦労している人、社会に一生懸命向かっていく人には、打つものがあったのかもしれません。自分が思っていることは、みんなも思っていると感じました。

そこから勢いづいて、2作品目の短編映画も、東京国際映画祭でテイクワン審査委員特別賞を受賞して。そのときに、「ここまで認めてくれる人がいるなら、これをずっと続けていきたい」と思いました。「すぐにはうまくいかないだろうけど、自分のライフワークにしていいんじゃないか?」「もしかしたら、ここに来るために紆余曲折があったんじゃないか?」と、自分の中で盛り上がりました。

それで、「次の作品は、長編を作りたい」と思って。自分の人生、どこで事切れるか分からないから、早く長編を作りたかったんです。そう思っていたところ、昨年、文化庁の支援金があったので、「これはチャンスだ!」と思って、今回の作品を作り始めました。

映画『99%、いつも曇り』の1シーン

--後編では今回の作品『99%、いつも曇り』について伺います。

■作品情報
12月15日よりアップリンク吉祥寺 にて上映決定。 第36回東京国際映画祭Nippon Cinema Now部門に招待され正式出品決定。
10/26 10:20〜角川シネマ有楽町
10/31  21:05〜丸の内ピカデリー2
https://2023.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3605NCN04
第17回田辺・弁慶映画祭コンペティション部門に入選。
https://tbff.jp/movie/99itsumokumori/