「2人目が欲しい」妻からのプレッシャーに怯む外コン男。会社近くでホテル暮らしを始め…
◆これまでのあらすじ
数年ぶりに再会した、医師の陸と外資コンサル勤務のミナト、そして弁護士の幸弘。
3夫婦それぞれが、レスで悩んでいることが判明する。
ミナトはカリンの言葉が頭にきて、家を出たまま帰りづらくなってしまい、陸に相談する。
▶前回:出張が終わっても、帰ってこない外コン夫。31歳妻は、神谷町のタワマンで寂しく…
辻家/ミナトとカリン夫婦の話し合い
午後9時50分。
子どもを寝かしつけた後、カリンはインスタライブの準備をしていた。
― あん…?誰だっけ?
不審に思いながらメッセージを開いてみるとこう書かれていた。
Ann:『夫の陸から伝言です。ミナトさんはしばらく帰らないかもしれないけれど、元気なので心配しないで。少し放っておいたら、そのうち帰ってくると思うから、とのことです』
そこでようやく「ああ」と思い出した。
杏は夫の同級生の奥さんで、確かクリニックを経営している女性だ。
自身の結婚式に来てくれたこともあるし、琴子の結婚式で会ったことがあり、その時連絡先を交換して以来だった。
知り合い程度の彼女に、こんなメッセージを送らせている状況が申し訳なく恥ずかしくて、「ありがとうございます」としか返せなかった。
― ミナトは一体、どこで何やってんのよ、あのバカは…。
出張から帰ってきているはずなのに、2日経っても帰ってこない。
このLINEが来なければ、警察に相談したほうがいいのでは、と悩んでいたくらいだった。怒りと心配と悲しみとで感情はぐちゃぐちゃ。
でも、インスタライブは3分後に始めると言っている。
カリンは涙が出るのをなんとか堪えると、とびきりの笑顔を作ってカメラの前に立った。
「こんばんはー。皆さん、見えてますか?聞こえてますか?今日は寝る前のリラックスヨガを、皆さんと一緒にしたいと思います」
ファンの子たちからは、ハートがたくさん送られてくる。
コメントには「今日も可愛い」「憧れのママ」「笑顔が最高」「私の理想」などと、褒め言葉が次々と投げかけられる。
中には「旦那さんが羨ましい」「夫婦仲の秘訣は?」などと、ミナトに関連するものもあった。
たとえ自分が辛い状況であろうとも、すべてを見せてはファンをがっかりさせてしまう。
こんな時でも、幸せそうに振る舞う自分が嫌になる。
1時間の配信を終えると、これまでの疲れがどっと押し寄せて涙が勝手に流れ落ちた。
その時。
カチャリ…。
ドアの方で音がする。
慌てて見に行くと、気まずそうな顔をしたミナトが立っていた。
― やっと帰って来た…。
「どこに行ってたのよ」「連絡もくれないなんて」「心配したんだからね」
色々な言葉が過ぎるが、思いが溢れて言葉がうまく出てこない。
すると、ミナトが顔を背けて言った。
「あの、荷物取りに来ただけだから」
「え、ちょっと待ってよ。帰って来たんじゃないの?」
クローゼットへと向かうミナトをカリンが追う。
「ちょっと今週忙しいから、会社の近くに泊まってるんだ」
「なら、ちゃんと言ってよ。連絡も全然返してくれないから、すごく心配したのよ」
怒るように声を荒らげるカリンに対し、ミナトは鬱陶しいと言わんばかりの表情を見せた。
「悪かったって。ただちょっと、しばらく帰らないから」
「しばらくってどのくらい?」
「さあ、わからない…」
なんとも歯切れの悪い答えに、とうとうカリンがキレた。
「わからないって何よ?こっちがどれだけ心配したと思ってるの!?いつも勝手に出て行って、話し合いたくってもいないし…」
分が悪くなったのか、ミナトは無言で荷物をまとめ、出て行こうとする。
どれだけミナトの背中に語りかけても、カリンの言葉など何ひとつ届かない。
そんな状況に、とうとうカリンは子どものようにしゃがみ込み、「うわーん」と泣き崩れた。
「ミナト、行かないで。行かないでよ…」
「…え…?」
驚いた顔をして振り向いたミナトは、初めてカリンの顔をまともに見る。
いつも綺麗に化粧をしているカリンの目の下にクマがあるのに気づき、ミナトは、ハッとしたような顔になった。
「…ごめん、カリン。ごめん…。しばらく会っていない間にやせた?心配かけたな…」
「ミナト。行かないでよ。なんで?嫌いになった?好きな人ができたの?」
その時、カリンの泣き声に「おかあさん?」と3歳の娘が起きてきた。そしてミナトを見た瞬間、「おとうさんだー!」と嬉しそうに駆け寄る。
娘のはしゃぎぶりを見たミナトも、思わず目が赤くなった。
「ただいま。ごめんね、ずっと帰れなくて…」
力一杯娘を抱きしめるミナトに、娘は「いーよ」と明るく答える。
「おとうさん、お仕事がんばってるんでしょ?だからね、さみしくてもだいじょうぶ」
「ああ、ごめん、ごめんな…」
気がつけば、ミナトの目からも涙が溢れていた。
ミナトの帰宅に喜ぶ娘を、カリンはなんとか寝かしつける。
リビングに戻ると、部屋着に着替えたミナトが座っていた。
「…出ていくの、やめたの?」
「うん…。悪かった」
「少し、話し合おうか?」
「うん…」
時刻は夜の12時を回っている。
いつもならミナトは「朝が早いから」と、こんな時間から話し合いをすることはまずない。
けれど、さすがに状況を読み取ったのか、素直に応じた。
「ねえ、率直に聞くけど、どうして帰ってこなかったの?もしかして、他に誰かいるの?」
「それは、絶対ないよ。家族を裏切ったことは、一度もない。スマホを見てもいいよ」
ミナトはスマホのロックを外すと、静かにテーブルの上に置いた。
カリンは一瞬どうしようかと考えたが、そのスマホを触らなかった。
「わかった、ミナトがそこまで言うなら、信じる。じゃあ、どうして連絡も返してくれなかったの?ずっとどこにいたの?」
「会社の近くのホテルで、少し、考えたかったんだ。最近は家にいても気が休まらなくて」
カリンが「気が休まらない?」と問うと、ミナトはふぅーっと大きく息をつく。
「情けない話、俺は正直、今の会社で順調とは言えない。なんとかやってるけど、いつかクビになるんじゃないかって、ヒヤヒヤしてる。だから、転職の相談に行ったり、勉強会に行ったりと、俺なりに努力もしてるけど、いい打開策はなくて…」
いつも陽気で、人に弱音を吐くことが嫌いなミナトが、初めてカリンの前で本音を話す。
その姿が小さな男の子のようで、カリンは黙って優しく聞いていた。
「そんな中でさ。カリンはインスタで楽して簡単に稼いでるのを見て、正直腹が立ったんだよ。俺はこんなに苦労してるのにって。
それでも、俺の方が稼ぎは多いし、仕事の内容にもプライドを持ってた。けれどこの間、俺の年収に追いつくかもって言われた時、自分でも驚くほど悔しかったんだ」
「…そう…」
「情けないしカッコ悪いのはわかってる。だからこんな姿を見せたくなかったし、自分の中で整理したかったんだ。それに、カリンが2人目を欲しがっていたのもわかってた。だけど、それが俺にはプレッシャーで」
少しの沈黙が訪れた後、今度はカリンが自分の本音を伝える。
「あのさ、まず…インスタで楽して稼いでるって言うけど、楽でも簡単でもないよ?ここまで来るのに、たくさん勉強したし、自分の貯金も使ったの。だからそこはわかってほしい。
ただ、ミナトが仕事を頑張ってるの知ってるから、私が張り合うようなことを言ったのは悪かった、ごめんね」
カリンからの謝罪に、ミナトは「いや、こっちもごめん」と素直に謝る。
「で、ミナトはどうしたいの?私に、仕事を辞めてほしいの?それとも転職したいの?私が仕事を辞めれば、セックスレスじゃなくなるのかな?」
「別にそうじゃない。辞めてほしいわけじゃない。ただ…」
そこまで言うと、ミナトは両手で顔を覆い、天井を見上げる。
そして、深く呼吸をすると、ゆっくりと手を下ろし、カリンの目を見ずに言った。
「俺たち、別れた方がいいと思うんだ」
静寂な部屋に、ミナトの声だけが小さく響く。
その一言を聞いた瞬間、この世から音も色も匂いもすべてが失われたように、カリンは感じた。
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