「たぶんGWは、部屋着のままで海外ドラマとUber三昧…」アラフォー独女が抱く恐怖
恋に仕事に、友人との付き合い。
キラキラした生活を追い求めて東京で奮闘する女は、ときに疲れ切ってしまうこともある。
すべてから離れてリセットしたいとき。そんな1人の空白時間を、あなたはどう過ごす?
▶前回:SNSで彼氏が結婚をすることを知った女。呆然とする中、思いついた最高の復讐とは
ラッキーカラーじゃなくて、自分の好きな色を/紗織(41歳)
4月中旬、自宅リビング。
スマホでスケジュール管理のアプリを開いた私は、思わずつぶやく。
「孤独…なんていうか圧倒的に孤独…」
約2週間後に迫っているGWの予定が、何一つとして入っていないのだ。
ソファでうつ伏せになった私は、顔をクッションに埋める。スマホを持つ手を、力なくダラリと床に垂らした。
私は、長谷 紗織(41歳)。
勤めていた出版社を辞めて、フリーのファッションエディターになって1年が経つ。
フリーランスとはいえ、いや、だからこそメリハリが大事だと思って、できるだけ“カレンダー通り”に休むことを目標に働いている。
次の連休は、GW。今年は、3連休のすぐあとに4連休が隣接していてちょっと悩ましい。
最初の連休はまだいい。家の掃除をしたいし、Netflixで見たい海外ドラマも溜まっている。
問題は、そのあとの4連休だ。
― 1人で過ごす時間を持て余す自分の姿…めちゃくちゃ簡単に想像できるんだけど。
パジャマから着替えることもなく、食事はUber Eatsで注文。このソファの上で、ポテチとクッキーを交互に食べては自己嫌悪に陥り、大の字になって手足をバタつかせているに違いない。
考えただけでも、身震いする。
「…そんな自分が怖いっ!でも、今から予定を入れるっていったって…」
もう一度スマホを顔の前に持ってくると、LINEのホーム画面から「友だち」をタップして指先をスクロールさせた。
食料品メーカーで働く友人・倫世は、GWは年下の彼とシンガポールに行くと言っていた。美容師の美和は、祝日も仕事だ。出版社勤務の後輩・容子は出産したばかりで、まだ会いに行くタイミングではない。
― 友達は190人も登録されてるのに、気軽に誘える人がほとんどいないって…。
「寂しい…」
私はふたたびうなだれた。
― こんなにみじめな気持ちになるなんて…。
私は、仕事優先で生きてきた自分の過去を振り返る。
この業界に入ったのは、大学生の頃。洋服に関わる仕事がしたくて、雑誌の編集部に飛び込んだ。
アルバイトとして働き続け、何とかして出版社への就職を勝ち取ると、その3年後には念願のファッション誌の編集部に配属。
それからずっと、洋服中心の生活を送っている。
仕事は常に忙しく、友達や恋人からの誘いを何度となく断った。
『今日の夜って、何してる?ご飯食べに行かない?』
『ごめん、締め切り前で今日も会社に泊まることになりそう』
こんなやり取りばかりしていると、スマホの予測変換は「ごめん」「締め切り」「展示会」「急ぎます」といった味気ないものばかりになる。
それでも犠牲は感じなかったし、むしろ“楽しい!”という高揚感のほうが大きかったのだが…。
38歳のとき、撮影に使う洋服ラックを押した瞬間…。
「い゛っ…!!」
ぎっくり腰だった。それからというもの、体が気持ちについていけなくなることが増え、2年後、40歳のときに出版社を退社。
これまでの経験と人とのつながりのおかげで、フリーのエディターになり、1年間なんとかやってこれた。
「でも…フリーランスだから今は同僚もいないし、友達も少ないし、彼氏なんてもう5年もいないし…」
暇になりそうなGWへの焦りだけでなく、自分の人生にまで不安が押し寄せてくる。
私は、落ち着かない気持ちのまま、なんとなくYouTubeを開いた。
指先が留まったのは、元お笑いタレントで今は人気占い師の男性が、ラジオのリスナーを鑑定するチャンネル。
歯に衣着せぬ物言いをすることもあるけれど、ただの占いだけでは終わらない。
「非常識なことを“ルールブックで常識にする”のが成功者の方程式」――こんなふうに、人生をより良くするための教訓のようなものを織り交ぜた、軽快なトークが続く。
「占いって…今まで興味なかったけど、この人の話は面白いかも」
そう思った私は、自分の運勢を確かめようと、その占い師の無料ページにアクセスした。
― えっと、私は“金の羅針盤座”ってやつなのね。…ええ、これって、ホントに私のこと…!?
“金の羅針盤座は、6年半の闇が明け、夢と希望が叶う年”
占い画面をスクロールして読み進めていく。今年の私は、どうやら大開運の年に入ったらしい。しかも、ここから5年は良い運気が続くという。
「えーーっ!これ、本当?だとしたら私、今めちゃくちゃ運が良いってこと!?」
予想以上の良い結果に驚きつつも、まだどこか半信半疑だ。なぜなら今は4月だというのに、開運の“か”の字にもかすっていない。
でも、続きを読みたい気持ちを抑えきれない。
“魅力と才能が開花し、評価もうなぎ登り”
“今までの経験を上手に活かすことができるため、目標や夢に大きく近づくことができる”
…ここまで読むと、どこまで私を持ち上げるつもり?と思いつつ、だんだんその気になってくるから不思議だ。
良い気分のまま次にチェックしたのは、職業柄つい気になってしまう“色”について。
「ラッキーカラーは“ライトブルー”ね。…ちょっと待って!今年のトレンドカラーも“爽快感のあるブルー”だ」
ラッキーカラーとトレンドカラーが一致した。これはもう、完全に波がきている。
― せっかくなら波に乗って、運の良さとやらを感じてみたい。
私は、スマホを置いて、自宅にある青いものを探すことにした。
ブルーのシャツや春物のニット、ランジェリー。クローゼットの中を探ると、意外と出てくる。それらを手に取りやすい場所に並べると、ブルーのカバーがかかった2024年の手帳をネットで購入した。
そうこうしているうちに、さっきまで感じていた寂しさが、少しずつ消えていくのだった。
◆
2日後。
― あー、どうしよう…楽しみっ!
都営三田線に乗り、日比谷駅で電車を降りた私は、A4出口へ急ぐ。
ほどなくしてたどり着いたのは、『THE BLUE』。
青空のような爽やかなブルーがイメージカラーのカフェ&ダイニングを、Instagramで偶然見つけたのだ。
そもそも店名が“BLUE”だし、たまたま予約が取れた窓際の席には、コロンとしたブルーのエッグチェアが2脚。
座るとすっぽり体が包み込まれて、まるで海の中のようなブルーの世界に深々と沈みこんでいく。
「何だか、ここにいるだけで良いことが起こりそう」
注文したサラダランチは、ボリュームたっぷり。シャキシャキとした葉物野菜に、ゆで卵、ベーコンがゴロゴロのっている。
弾力のあるイチジクや、カリカリした食感を楽しめるナッツも散りばめられていて、フランボワーズビネガーをかけて食べるとパァッと華やかな酸味が鼻へ抜ける。
食後には、目当ての「ザ・ブルー」。店名と同じ名前のケーキが運ばれてくると、思わず目をみはった。
― 写真よりも実物のほうが素敵っていう…希少なパターン!
テンションは最高潮だ。
キラキラ・つやつやと輝くブルーのハート型のケーキは、“宝石ケーキ”の呼び名にふさわしい。スッとフォークを入れると、中にはバニラムースとカシス果肉入りのジュレ。
プルンとしたかと思えばホワホワと軽い食感で、「ケーキは別腹」という言葉がピッタリだ。
濃厚なバニラの風味のあとを、絶妙なバランスの甘酸っぱさが追いかけてくる。おまけに、丸い粒状のパールクラッカンチョコレートが口の中でプチプチとはじけた。
「はぁ…美味しい。幸せ…かも」
視覚からも、食べものからもブルーを取り入れた。でも、まだ終わらない。
― 来週は、あそこに行こう。
私は、鞄にしまってある占い本の背表紙を軽くなでる。
◆
翌週、4月の3週目。
私は、鎖骨下まで伸ばしていた髪を、あごのラインでカットすることにした。
4月の美容・健康運をチェックすると、髪型を変えるといいと書かれていたのだ。
“モテ期に備えて美意識を高めよう”。その文言についつい心が踊り、期待が湧いてくる。
カラーリングは、ダークブラウンに決めた。
これまでは「ファッションエディターとしてオシャレに見られたい」と、ブリーチをして赤みを削ったミルクティーカラーが定番だった。
けれど、柔らかさとは縁のない顔立ちとハイトーンカラーの組み合わせは、どことなく近寄りがたい雰囲気を醸しだしてしまう。
だから今回は、親しみやすいカラーを意識したのだ。
いつもよりランクの高いトリートメントを施してもらうと、頭頂部には天使の輪が輝く。それに、年相応の大人の品のようなものが感じられた。
「紗織さん、このカラーとってもお似合いです。表情も明るく見えますし」
「本当?実は…私も、ドライヤーの最中からそんな気がしてたんだよね。嬉しい、ありがとう」
軽い足取りでヘアサロンをあとにすると、ふとあることを思った。
洋服やランジェリーへのこだわり、体と心が満たされる食事、見た目の変化…。
― どれも開運のためにとった行動だったけど、結局は自分の機嫌が良くなってるんだよね。
気分が上がった私は、帰宅後、水回りや玄関の掃除をした。カーテンまで洗濯し、一層清々しい気分になる。
仕事に取り組んでみたら、集中力が格段に上がっているのを感じた。
タスクがどんどん進むと、これまでカツカツだったスケジュールに余裕が生まれ、イライラもおさまる。
― 思ってたよりも、ずっといいGWを過ごせる予感がしてきた!
◆
そして、翌日。
もともと勤めていた出版社で、いつもの編集部ミーティング。その終わりに、珍しいことが起こった。
仕事仲間が、突然声をかけてきたのだ。
「いよいよ連休ですね。長谷さん、GWにみんなでバーベキューをするんですけど…よかったらいらっしゃいませんか?」
― え、誘ってくれるの…?
自分がバリバリ働いていたときとは、すっかり代替わりした編集部。
打ち合わせのたび、自分だけどこか浮いている気がしていたし、事実こういう誘いはめったになかった。
そんな状況をどこか寂しく思いながらも、“群れない私”を演出し続けていた。
誰かを誘ったり、必要以上に親しくしたりしようとしない。クールで大人な私として一線を引いて振る舞うことで、みんなになじめない自分を、強がりながら守っていたのだ。
― もしかしたら、今までの私…不機嫌そうに見えてたとか?最近よく聞く“フキハラ”…ってやつじゃ…。
疎外感は、自分の態度や行動が作りだしていたものだったのかもしれない。
私は、心からの笑顔で答えた。
「バーベキュー、いいですね!私もぜひ参加させてください」
当日は、前から少し気になっている林くんという7つ下の副編集長も来るらしい。
― 何を着ていこう?ブルーもいいけど、ラッキーカラーでもトレンドカラーでもない、私が本当に好きな色…がいいな。
パッと浮かんだのは、新緑のようなグリーンのサマーニットだった。
きっと今なら、どんな色を身にまとってもご機嫌だ。
ちょっと占いに乗ってみるつもりの軽い気持ちが、結果として、スーッと楽に呼吸ができる軽やかな日々を運んできてくれた。
ぽかぽかとした春の陽気はまだ続く。何だか今年は、本当に良い1年になりそうだ―。
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