◆これまでのあらすじ

数年ぶりに再会した、医師の陸と外資コンサル勤務のミナト、そして弁護士の幸弘。

3夫婦それぞれが、セックスレスで悩んでいた。

ミナトは妻で元モデルのカリンとの夫婦関係に悩んでいるようで…。

▶前回:「2年も一緒に寝てないのは、健全じゃないと思う」31歳妻が夫に相談したら…




外資コンサル・辻 ミナト/元モデル・辻 カリン夫婦


深夜2時。

神谷町のタワマンに帰ってきたミナトは、玄関のドアを、音を立てないようにそっと開ける。

忍び足でリビングへ向かうと、ソファがぼうっと光っていて、そこに髪の長い女の影が見えた…。

「ヒッ」

思わず悲鳴をあげ、慌てて電気をつけると、妻のカリンだった。

「な、なんだよ、びっくりした…」

怯えるミナトに、カリンはふーっとため息をつく。

「ねぇ、今日…もう昨日か。何の日か覚えてなかったの?」
「え、あ、何だっけ?」
「……。やっぱり、もういい」

怒りと諦めの表情でぷいっとそっぽを向くと、カリンはそのまま寝室へと消えていった。

ミナトは、慌ててスマホを確認する。

― 何だっけ?結婚記念日は先月だったし、子どもの誕生日はまだだし…。あ、もしかして、カリンの誕生日…?

ミナトは、「しまった」と一瞬思ったものの、だんだんと腹が立ってきた。

そもそも、大人になってまで自分の誕生日を祝ってほしいだなんて、カリンは子どもじみている。ミナト自身は、カリンが自分の誕生日を忘れていようが、何とも思わない。

― それに祝ってほしいなら、事前にアピールでもしてくれればいいのに…。

平日夜遅く、仕事で疲れて帰ってきた夫に対して、労いの言葉ひとつもなく誕生日を忘れていたことを責めてくる。

「はぁ、めんどくせ…」

ここのところ、仕事がずっと立て込んでいる。

明日も、朝6時には家を出なければならない。

こんなことに、脳みそを割いている余裕など、まったくないのだ。

ミナトはザッと熱いシャワーを浴び、負の感情もすべて洗い流そうとした。


ミナトの日常


「うわ、お前、もう来てんのかよ?」

午前6時25分。

短い睡眠でボーッとした頭のままミナトが出社すると、すでに同僚が何人か来ていた。

その中には、ミナトより遅く帰ったやつもいる。

「俺、睡眠2時間あればいいから」

明るく言うと、彼は鼻歌でも歌うように楽しげに資料をめくる。

この会社に来て、一番驚いたのが、化け物みたいなやつがいること。

ミナトはそれなりに要領も頭もよく、大学までは何の苦労もしなかった。

昔から人と話すことが好きで、新卒で大手総合商社に入った。

ただ、商社での体育会系のノリや、年功序列に嫌気がさし、今の外資コンサルに転職したのだ。


「外資では、残業する奴は仕事ができないと思われる」

そんな噂を聞いていたが、実際に入った会社はまったく違った。




活躍している人間は、みな仕事が好きで、心から楽しんでいる。

一体いつ寝ているのか、と思うほど、早朝から深夜まで働き通しなのだ。

情報収集に駆けずり回り、合間にニュースや本を読んで知識をつけ、クライアントと信頼関係を作り、仕事をガンガン回していく。

彼らには、残業や休日という概念すらないように思う。

仕事自体が遊びで趣味で、寝る間を惜しむほど楽しいのだ。

― うわ、ついていけね…。

ミナトはここに来て、初めて他との大きな差を感じた。

気がつけば、周りがどんどん出世するのに、自分は大きな成果をあげられず、焦りばかりを感じるようになる。

「あいつ、クビになったらしいよ?まあ、成果出てなかったもんな」

他の人の噂話を聞くたびに、いつしかミナトは「次は自分か?」と怯えるようになっていた。

仕事を終え、深夜1時。

「ただいま…」

声を出さずに言うと、妻と子を起こさないように廊下を歩き、さっさとシャワーを浴びて寝る毎日。

リビングの明かりをつけると、インフルエンサーをしているカリンの物と思われる三脚や照明機材が出しっぱなしで、部屋も散らかっている。

その中には、見たことのないブランドバッグがいくつもあった。

「人の金で、いい気なもんだな…」

ミナトはそう呟き、突然の虚無感に襲われた。

仕事ではプレッシャーだらけ。

けれど、家でも起こさないように気を使って、寝るだけの毎日。

可愛い娘は、最近寝顔しか見ていない。

「一体、俺の人生ってなんなんだろう…?」

シャワーを浴びる気力もなく、ミナトはそのままソファで眠ってしまった。


カリンから見た日常


カタカタカタ…

3歳の娘を寝かしつけたカリンは、ネットで検索していた。




「セックスレス 割合」

結婚して5年ほど経つが、ここ1年以上レスだ。

結婚前や新婚当初は、鬱陶しいほどミナトから愛情を注がれていた。

ミナトと出会った頃、カリンはそこそこ売れているモデルだった。

有名雑誌の美容企画などで出たり、若い子向けのブランドのモデルをしたり、WebCMに出たこともある。

周りもちやほやしてくれるなかで、友人に誘われた食事会で出会ったのがミナト。

外資系特有の自信に溢れた振る舞いや、自分に一番愛情を注いでくれる彼に惹かれ、結婚した。

けれど、子どもを産んだあたりから、彼の態度は徐々に変わっていった。

先日も、ミナトはカリンの誕生日をすっかりと忘れていた。

― 別に、誕生日を祝って欲しかったんじゃない…。ただ、私への愛情を感じたかっただけ。

ミナトが仕事を頑張る代わりに、カリンは家庭を支えてきた。

大好きだったモデルの仕事もやめ、今は主にInstagramなどのSNSを使って、仕事をしている。

でも、ミナトのためにと選んだ家事育児は、誰からも褒められず、できて当たり前。

だから、彼がたまに言う「美味しい」や「ありがとう」が、カリンにとっては大きな報酬だった。

誕生日も、一言「おめでとう」のLINEで良かったのだ。


唯一の救いは、ミナトが娘のことを可愛がっていること。

と言っても、彼女が生まれてから一体、合計で何時間子どもと会っているのだろうか?

「30代、レスの割合が4割。レスで浮気経験が4割?怖っ…!」

思わず、カリンは記事を食い入るように見てしまう。

ミナトは、女性によくモテる。

優しくまめで、気遣いもでき、コミュニケーション能力も高い。

結婚後も女の子から、ハート付きのLINEが来たり、バレンタインには手作りチョコをもらったりした。小さな疑いの芽が大きくならないよう、その都度カリンは退治した。

バレンタインのお返しには「夫がいつもお世話になっております」と一筆を添えて、『あまみカオリ研究所』の「KASA-NETA」を送るなどして。




ただ一度だけ、怪しかったことがある。

連日、深夜帰りが続いた時。

ロックが開いたスマホをテーブルに置き、ミナトが着替えている時にLINEが来た。

『もっと一緒にいたかったな〜(o^ 3 ^o)チュッ』

カリンが思わず「きもっ」と低い声を漏らすと、ミナトが慌ててスマホを手に持った。

「本当、何もないから…」
「そんなわけないでしょ!」

カリンは怒りに任せてスマホを取り上げると、彼女とのやりとりを確認した。

その後、ミナトに吐かせたところ、インターンの女の子に言い寄られていたらしい。

ミナト自身もつい嬉しくなってしまったが、体の関係はない、とのことだった。

「ミナトも、過去に怪しい行動をしてたしな…」

カリンは検索欄に「セックスレス 解消」と入れ、上から順に記事に目を通していく。

「非日常感を出しましょう。例えばセクシーな下着を着る、子どもを預けて2人でデートをする、恋愛映画を見る…」

気がつけば、カリンはネットで、セクシーな黒や赤色のレースの下着を注文していた。



土曜日の夜。

ミナトは日中仕事で出ていたが、夜には帰ってきた。

3歳の娘と嬉しそうに遊んでいる姿を見て、カリンはホッとする。

子どもを寝かしつけシャワーを浴びた後、カリンはあえてバスタオル一枚で、ミナトのいるリビングに行った。

ミナトの視界の端に入るように座ると、セクシーに足を出して、入念にボディークリームを塗ってみる。

ミナトの方をチラリと確認するカリン。

だが彼は、スマホに夢中でカリンのことなど気がついていなかった。

― 何よ、ちょっとくらい気にしてくれたっていいのに…。

しばらくして、ミナトがそろそろ寝ようかな、と寝室に向かう。

カリンは、届いたばかりのセクシーな赤いナイトウェアランジェリーを身につけ、ミナトの横たわるベッドの脇に座った。




「ねぇ、どうかな?」

カリンが吐息を交え、尋ねてみる。

余裕そうな笑みを浮かべるも、心臓はバクバクと大きく鼓動する。

けれどミナトは、カリンとは別側にくるりと寝返りをうった。

「疲れてるんだ、おやすみ」

ミナトの冷たい反応に、急に自分が恥ずかしく思えてくる。

カリンは寝室を飛び出すと、子どもが起きないようにと洗面所でうずくまり、声を殺して涙を流した。




▶前回:「2年も一緒に寝てないのは、健全じゃないと思う」31歳妻が夫に相談したら…

▶1話目はこちら:「実は、奥さんとずっとしてない…」33歳男の衝撃告白。エリート夫婦の実態

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カリンの一言をきっかけに、夫婦仲はさらに悪化してしまい…