告白をOKしたにもかかわらず「1つだけ条件がある」と言い放った女。その内容は、まさかの…
「2人は、幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」
…本当に、そうでしょうか?
今宵、その先を語りましょう。
これは「めでたし、めでたし」から始まる、ほろ苦いラブ・ストーリー。
▶前回:3年前に離婚した元夫に、突然呼び出されて…?慌ててタクシーで向かった女が見た、衝撃の光景とは
Episode4:期限付きの恋を受け入れた男
「ごめん、急に呼び出して。実は、さ…」
20歳の夏。大学2年生だった僕は、入学したときから片思いしていた相手・美月を教室に呼び出した。
僕の告白に、彼女は黙ったままうつむいている。
大学イチの美女といわれていた美月。僕が知っているだけでも、5人以上の男に告白されている。だけど彼女が「誰かと付き合っている」という噂はなかった。
「もしよかったら、俺と付き合ってくれないかな」
最初からダメ元での告白だった。地味で冴えない僕の告白を、彼女が受け入れてくれるわけがない。…そう思っていたのに。
「…いいよ」
「えっ、本当に!?」
「うん。翔平とは一緒にいて楽しいから」
結果はまさかのOK。僕は嬉しさのあまり、その場でガッツポーズをする。そんな姿を、美月は表情を変えずジッと見つめていた。
そして次の瞬間、思いもよらぬ言葉を発したのだ。
「1つだけ、条件があるの」
「な、なに…?」
「私、卒業したら京都に帰るの。実家のお寺を継がなくちゃいけないから。だからこの恋は、期限付き。それでもいいかな」
◆
あれから2年。
― とうとう、この日が来てしまった。
「翔平、元気でね」
「…美月もね。今まで本当にありがとう」
そして彼女が、京都行きの新幹線に入っていく。僕は目に涙を浮かべたまま、美月が乗った新幹線に背を向けようとした。しかし…。
「えっ?ちょっと翔平、何してるの…」
僕は美月の腕を引っ張り、強引に新幹線から引きずり降ろしてしまったのだ。
「美月、やっぱり離れたくない…!絶対、絶対幸せにするから」
「翔平…」
彼女はポロポロと涙をこぼし、僕の胸に顔をうずめてくる。まるでドラマのワンシーンのように、僕たちは駅のホームで抱き合った。
期間限定の恋
品川駅を出ると、僕はあてもなく高輪台に伸びる柘榴坂を登った。
「美月、ごめん。…大丈夫?」
冷静になった僕は、彼女を強引に引き留めてしまったことを後悔し始めていた。でも、美月の声は明るい。
「大丈夫!両親には『好きな人ができたから、まだ東京にいたい』って連絡した。女子寮の荷物は実家に送っちゃったから、これしかないけど」
そう言って彼女は、リモワの小さなキャリーバッグに視線を落とす。
「…嬉しかったんだ。翔平が引き留めてくれて。正直、お寺には帰りたくなかったから」
僕が告白した日。美月は京都にある、古い歴史を持つお寺の一人娘だということを聞かされた。
彼女は卒業と同時に寺へ戻り、婿をとるという条件で、都内の大学に進学することを許されたという。そして僕は、それを受け入れた上で付き合い始めたのだ。
…美月のことを、心の底から愛していたから。
最初は、僕が京都に行くことも考えたが…。東京生まれ東京育ちの僕が、いきなり寺を継ぐことは考えられず、いつかくる別れに覚悟を決めていた。
しかし、彼女が新幹線に乗り込む姿を見た瞬間。「美月と離れたくない」と思う気持ちがパンと弾けたのだ。
そして僕は、衝動的に彼女を引き留めていた。
「お邪魔します…!」
美月はその日のうちに、僕のマンションにキャリーバッグ1つで転がり込んできた。
翌月から僕は、新卒で内定をもらった映画配給会社の企画部に配属され、毎日忙しく働いた。そして美月も、友人のツテでIT企業への就職が決まったのだ。
「いつか翔平が作る映画、見てみたいなあ」
それが彼女の口癖だった。
元々、映画研究会で知り合った僕たち。みんながメジャーな恋愛映画に夢中になる中、僕と美月は「暗い」と敬遠されていたフランス映画ばかりを好み、意気投合するようになったのだ。
そして僕は高倍率を潜り抜け、映画の職に就いた。
「まだまだ下っ端だけどさ。いつか俺が企画する作品の舞台挨拶に、美月を呼びたいな」
「うん、絶対見に行く。約束ね!」
22歳。まだ社会人になりたての僕たちは、夢を語りながら何度もシングルベッドで愛し合った。
しかし、幸せな日々は長くは続かない。5月のある朝、事件が起きたのだ。
「美月、ここにいるんだろ!?ドアを開けなさい」
それは彼女が23歳になった日のことだった。僕はこの日、初任給をつぎ込んで買ったペアのトリニティリングを、サプライズでプレゼントするつもりでいたのだ。
美月は恐る恐るモニターに近づくと「両親だわ…」と小さくつぶやいた。
「どうしよう…。開けた方がいいかな」
彼女は僕の言葉に、しばらく黙ったまま考え込んでいた。
「翔平は、どうしたい?」
「…えっ?」
「翔平は、私と一緒にいてくれる覚悟はある?」
◆
5年後。
「…それで、美月さんとはどうなったんですか?」
ステージの袖で、映画監督が僕の顔を見つめている。
「結局、彼女は実家に帰っちゃったんです。その後、連絡が取れなくなりました。このトリニティリングが最後のプレゼントになって」
僕はそう言って、左手の薬指につけたトリニティリングを監督に見せた。
「えー!なんでですか?新幹線に乗る前は、ちゃんと引き留めたのに」
「もう、引き留めることができなかったんです。彼女のお父さんに『寺を継げるのか?』と言われて、何も言い返せなくて。
美月はそのまま、黙って僕の部屋を出ていきました。今でも、あの日のことは後悔してるんです。それ以来、彼女以外の人を好きになることはできませんでした。
だから僕は彼女に誓いをたてようと、何度も京都に行って。でも音信不通のまま、結局見つからなかった」
僕は小さくため息をつき、天を仰ぐ。
「…どんな誓いを?」
「自分の映画をプロデュースする夢を叶えたら、早々に映画の仕事を辞めて、お寺を継ぐと」
「それで5年後の今日、ようやくその夢が叶うんですね」
「はい。それに、彼女は約束してくれたんです。僕の初プロデュース作品を見に来てくれると」
監督は僕の目をジッと見つめる。そして「なんだか映画になりそうな話ですね」と言った。
「そろそろ舞台挨拶のお時間になります」
そのとき、スタッフから声が掛かる。僕と監督、そしてキャストの5名は、スポットライトに照らされたステージ上へ登壇した。
「島原翔平プロデューサーの初作品となる、この映画。どんな思いで作られたんですか?」
女性アナウンサーの笑顔が僕に向けられる。
「若かりし日の情熱的な恋を、みなさんに思い出してほしいなと思って作りました。それと…」
マイクを握ったまま、僕は視線を右に移した。その瞬間、思わずマイクを落としそうになる。
満員の会場の、前から4列目。右端の席に座っている美月の姿を見つけてしまったのだ。右手の薬指には、僕がプレゼントしたトリニティリングが見えた。
― 美月、来てくれたんだ。
思わず涙が溢れそうになる。…しかし、次の瞬間。
彼女の左手薬指に光る、ダイヤの指輪が目に飛び込んできた。
「それと…?」
アナウンサーが僕の顔を不思議そうにのぞき込む。
「あ、あぁ。すみません。みなさんにも、忘れられない恋があると思います」
美月は穏やかな表情で、僕を見つめていた。
「…この映画をキッカケに、忘れられない恋を乗り越えて、また素敵な恋をしてほしいなと思って作りました」
震える声で舞台挨拶を終えると、会場は大きな拍手に包まれた。
僕は腕を後ろに回すと、左手の薬指にしていたトリニティリングを、そっと右手の薬指に付け替えたのだった。
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