ーこの人と離婚して新しい人と再婚すれば、簡単に幸せになれると思っていましたー

これは、高い恋愛偏差値を誇る男女がひしめき合う東京で、

再び運命の相手を求め彷徨うことになった男女のリアルな”再婚事情”を、忠実に描いた物語である。

時間軸にシビアな女たち、女性に幻想を抱き続ける男たち。

そんな彼らが傷つき、喜び、自らが選んだ運命に翻弄されてゆく…

さぁ、では。彼らの人生を、少しばかり覗いてみましょうか。

夫の不倫によって離婚を決意した秋元カナ。女友達に離婚パーティを開催してもらい何とか立ち直るが、デート相手に暴言を吐かれたり、社内の年下男子に振り回されるなど再婚活はうまくいかない。

親友にルームシェアを提案されるもののなんとか断り、ようやく自分らしい日々を取り戻したカナに、大学時代の友人から男性を紹介したいと連絡が来る。同じバツイチでエリート弁護士の岡部と意気投合し、有頂天になるカナだった。




「えぇ?結婚を前提ってあなた、正気なの?」

母が目を丸くして、やや大げさな声を出した。岡部の話をしたらこうした反応になることは多少予想していたが、こう露骨に引かれると反発心が芽生えてしまう。

カナが、中野区・鷺宮の実家に戻ってくるのは久しぶりだ。

結婚して子供が2人いる34歳の姉は実家の近くに住んでいるが、カナは仕事の忙しさを理由に、離婚後もあまり家には顔を出していなかった。

母を少しでも安心させようと、同じバツイチの男性と真剣に交際していることをアピールし、"結婚前提"という言葉を使ったつもりだった。しかし顔をしかめ続けている母親を見る限り、失敗だったようだ。

「まぁまぁ、前提ってわけで本気で結婚間近なわけじゃないんでしょ?カナだって、彼氏くらい欲しいわよね?」

いつもは慎重派の姉だが、今日はカナをフォローしてくれている。その一言で母もようやく落ち着き、「それでその人はどんな人なの」と話を本題に戻してくれた。

そんな2人の様子を見て、カナは本来であれば一番に伝えたかった話を口にすることができなかったのである。

実は一昨日の夜、岡部から"ある一言"を言われていたのだ。


カナが岡部から言われた一言とは?


これが、人生で最後のプロポーズだよ


ー3日前ー

クリスマスシーズンのこの時期は、陽が落ちると同時に街がキラキラと光り出す。

真剣交際を宣言されて以来、カナは岡部とほぼ毎週のようにデートをしていた。

多忙なはずの岡部だが、「カナの顔を一目でも見たいから」とタクシーでカナの住む東陽町までかけつけ、本当に顔だけ見て職場に戻っていったことさえあった。

今夜は1日1組しか予約が取れないプライベートレストラン『笄町サロン』でのディナーに訪れている。




東京タワーと、六本木ヒルズを臨む最上階のプライベート個室。

この店は、予約してから初めて住所が明かされる隠れ家レストランだという。弁護士として多忙な毎日を過ごしながら、彼はそんな特別な店を自分のために予約してくれていたのだ。

カナは、岡部の愛情を感じずにはいられなかった。

「こんな素敵な場所を予約してくれて…本当にありがとうございます。私、冗談抜きに幸せすぎて、未だに夢を見ているみたいです…」

つい半年ほど前までは夫に不倫され人生のどん底を味わっていたカナだが、今は前世で何か良いことをしたのではないかというほどの幸福感に浸りきっていた。

「ねぇ、カナちゃん。俺はね、はっきり言って忙しいし、このディナーも無理やり仕事を調整した。でもね、君にはその価値があるんだよ」

ワインに酔っているのか、目の前の岡部のやや古めかしい賛辞に酔っているのか。男の愛情を一身に受け、カナはうっとりしてしまう。

岡部の言うような"価値"が、自分にあるのかは果たしてわからない。だが、彼はカナにその"価値"があると信じてくれている。ついこの間初めて2人きりの夜を過ごした後も、彼からの愛情は冷めるどころかどんどんと深くなっていた。

「あのね。俺、離婚した時に決めたことがあるんだ。こんな大変な思いをして離婚したんなら、次に結婚する相手は絶対こういう人がいい、っていう理想の条件を3つ、勝手に決めてた」

「条件…?」

なにやら物々しい言葉を使いながらも、岡部の表情は柔らかい。愛する男に喋らせて、カナは聞き役に徹した。

「もしね、もう一度俺がプロポーズするなら、まず経済的にきちんと自立している女性、っていうのが良かったんだよね。あとは、男に精神的に依存してないこと。将来的に子供を持つことも考えたら、俺に頼りきりの女性じゃダメだしね。それに外見は派手じゃなくていいから、常に女性らしい雰囲気の人がいいな、と思ってて」

カナはワインに酔ってはいたが、"プロポーズ"という言葉にピクリと反応した。思わず心臓の鼓動が高まる。

「カナちゃんは自立してるし、俺の仕事について口うるさく言ったりしないだろ。それに本当に可愛いし、まさに理想の女性なんだよ」

岡部はワイングラスをテーブルに置くと、真剣な顔でカナを見つめる。

「カナちゃん…これを言うのは、もう人生で最後だと思う」

岡部はおもむろに店のスタッフに合図をすると、バラの花束を差し出した。あまりにもベタなシチュエーションだが、カナはついうっかり涙ぐみそうになる。

「今すぐじゃなくてもいいから、俺と結婚してください。近いうちに、ご両親にもご挨拶させて…」

ー私いま、プロポーズされたの…?

岡部と出会ってからの展開の早さに戸惑いを感じなくもなかったが、冷静に物事を考えるには、全てがあまりにもロマンティックだった。


脳内がバラで埋め尽くされているカナが、"結婚"にこだわるもう一つの理由とは?


出産のリミット


「カナ、すごいじゃない。おめでとう!」

今日は『THE GRAND LOUNGE/GINZA SIX』で、奈緒子や亜美とクリスマスアフタヌーンティーに来ている。




ピスタチオクリームで作られたクリスマスツリーや苺のミルフィーユは、食べるのを躊躇してしまうほどの可愛らしさで、見ているだけで幸せになれる。

実家に帰った時、母親や姉には岡部からのプロポーズを存分に惚気ることが出来なかったため、カナはここぞとばかりにレストランでの一部始終を報告した。

「それでね、私がその結婚したい理想の女性の条件にぴったりだった、っていうのよ」

あの夜のことを思い出すだけで、カナは顔がニヤけてしまうのを止められない。一通りプロポーズの全容を語っていると、ニコニコとカナの話を聞いていた奈緒子が、ふと紅茶を飲む手を止めた。

「でもカナ、岡部さんと出会ってまだ、2ヶ月も経ってないよね…?真剣にお付き合いするのは素敵だけど、またすぐに結婚しなくても、もう少しペースをゆっくりにしてもいいんじゃないかな…?」

奈緒子の口調はごく控えめで、決して批判しているわけではないということは、カナにも十分伝わる。

そして、離婚したばかりでそう結婚を急がなくても良いのでは、という気持ちはもちろんカナ自身の心の中にもあった。

だがー。

31歳で離婚してからというもの、男性不信になったり、自分1人の時間を謳歌してみたりする中で、カナなりに自分が将来どう生きていきたいのかのビジョンをしっかりと考えてみた。

食事会や無駄な付き合いを極力減らし、ヨガや断捨離などを通して自分と向き合い、自分が本当はどう生きていきたいかを考え抜いていたのだ。

そんな試行錯誤の毎日で、やはり「いつかは母親になりたい」という希望が意外と強い、ということに気がついた。

たしかに岡部のプロポーズを受けるのは時期尚早だが、この機会を逃してしまえば、次にいつこんな風に真剣に自分に向き合ってくれ、プロポーズしてくれる人が現れるか分からない。

まだ31歳、もう31歳。

もし自分も母になり、子供を生み育てたいならば、今この相手と結婚しておかなければ次のチャンスはもうこないのではないか。

前の夫には"もう女として見られない"と不倫をされてしまった自分が、岡部に女として愛されている間に結婚したいと考えてしまうのは、そんなに悪いことなのだろうかー。

この時カナは、自分のことをあれこれ考えるのに精一杯で、隣でカナを見つめる亜美の目がだんだんと冷めていくのには、全く気がつかなかったのである。

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劇的な再婚が決まりかけるも、親友の心境の変化に気がつかないカナ。次週、2人の友情に本格的にヒビが入って…?