隠れ教育費が家計を圧迫「彫刻刀から絵の具セットまで、買う必要ある?公立でも厳しい…」親の嘆きと出費の実態
「うちの子は公立なのに、なんでこんなにお金がかかるの?」と頭を抱える親御さん。実はリコーダーや彫刻刀など、保護者がつど購入を強いられるものの費用、いわゆる「隠れ教育費」が年々、増えているそうです。千葉工業大学准教授で教育学が専門の福嶋尚子さんに、家計をジワジワ圧迫する支出の実態を伺いました。
【写真】「2年でこんなに高くなったの!?」公立の小中学校でかかる「隠れ教育費」(全4枚)
「物価高だから」は言い訳でしかない
── 小中学校の公教育において、制服や修学旅行、実習材料など、あらゆる教育費が上がっているそうですね。
福嶋さん:給食費の無償化が一部の地域で進んだことで、全国でならすと数字上、減少傾向を示しています。ただ、教育費は相対的には年々増加傾向だと言えます。2年前との比較になりますが、たとえばランドセルなどを含む「通学関係費」は小学校で1.06倍、中学校で1.12倍と増加(年4565円の上昇)。「図書・学用品・実習材料費」も小学校では平均2万4286円から2万6860円へと、年2500円以上の負担増になっています。
── そんなにも…。学校にも物価高騰の波が押し寄せているのでしょうか?
福嶋さん:教育費は2023年頃から急に上がっているのですが、原因は新たなカリキュラムや活動が増えたことです。その一例がギガスクール構想(文科省が推進する教育のICT化プロジェクト)。「1人1台の端末」は国が費用負担しましたが、端末があればそれで済む話ではありません。自治体によっては各学校に委ねられるアプリの導入費用や持ち運び用のケース、リスニング用のイヤホン・ヘッドセット、画面の保護フィルムなどの周辺機器は保護者負担になります。子どもがタッチペンをなくしてしまえば、再購入は自己負担です。
── 義務教育において授業にかかる費用が無料でないのは、保護者からすれば理解しにくい面もあります。
福嶋さん:これまで学校教育活動において、公費(国や自治体の予算)でまかないきれない費用、たとえばドリルなどの教材費や給食費を「学校徴収金」として、毎月一定額の集金をしていました。負担には変わりませんが、見えやすい教育費としてあらかじめ家計でも計上していたでしょう。
しかし、その他に家で用意して持っていく物が少なくありません。たとえば制服などの指定品が最たるものですが、習字セットなどの補助教材やノートなど、学校で使うもので保護者がつど購入を強いられる費用、つまり「隠れ教育費」と呼ばれる出費が家計を圧迫しています。
──「物価高だからしかたない」「ICTなど、新しい取り組みだからお金はかかる」と思うしかないものでしょうか?
福嶋さん:これまでの学校教育は「ビルド&ビルド」の足し算方式で、学校や授業でたりないものが出てきたらお金を出して買ってきました。今後は「これはやめにしよう」「置き換えよう」といった見直しをしながら、新たなものを加える「スクラップ&ビルド」の方向が望ましいと考えます。
何を指してスクラップというかですが、たとえばコロナ禍で体温調節のしやすさなどから、中学校によっては私服登校を許可しました。実践したある中学校では、過剰な服装で来た子がいたわけでも、洋服で風紀が乱れたわけでもありませんでした。しかも、夏はとくに学生服やワイシャツ着用時に熱がこもる暑さから解放され、身体的な苦痛も減ったそうです。それなのに、コロナが明けると制服に戻ってしまった。私服であれば、成長に合わせて指定のYシャツを買う必要もないですから。
絵の具やピアニカなど「シェア」する視点も大切
── なぜスクラップすることができないのでしょうか?
福嶋さん:慣例を守る意識や思い込みが強いからでしょう。そもそも、戦後の公教育は学校の設備や先生の給与は公費、それ以外の個人に帰属する消耗品や学用品は私費とする線引きでスタートしています。昔の学校は教育費の公費も少なく、お弁当や石盤(今でいうノートの役割)など、必要なものは家から持ってくる「手弁当的な文化」だったからです。
いっぽう、憲法第26条第2項では「義務教育は、これを無償とする」と規定され、学校教育法でも「学校にかかる費用は学校設置者が負担する」とあります。ただ、持ち帰って自宅でも使えるようなものは「受益者(保護者)負担」とされ、新しい活動を始める際も「学校に予算がないものは家庭で買ってもらう」前提で進み、構造的な課題は解決していません。
── 最近は地域によって、制服や給食など「無償化」の動きもあって、保護者からしたら歓迎すべきことですよね?
福嶋さん:給食費に関しての無償化は賛成ですが、制服やランドセルなどに関してはあまり賛同できません。「費用負担がタダになればいい」話ではなく、ムダなことをなくしながら必要な部分に税金を投入したほうがいいからです。
無償化といっても、自治体の税金があてられるわけで、負担が「保護者」から、納税する「住民」になるだけです。また、無償化は「みなと同じものを使わないといけない」という同調圧力を生み、子どもからすれば、自分が好きなカバンや服を選ぶ自由が奪われる危険性があります。ランドセルの無償化は、通学カバンはランドセル以外を認めないことになる。明治時代からの慣習であって、本来はどんなカバンでもいいわけです。
一見すると費用面での課題ですが、これは学校教育の根本的な問題だと考えています。つまり、なんでも「一律で慣習にそったルール」を守るだけではなく、学校にもっと予算をつけて選択権をもってもらうことが大切です。もちろん、学校で使える予算は自治体によっても異なり、少ない地域では年間100万円程度しか割り当てられない地域もありますが、工夫の余地もあるはずです。
── では、学校側に予算がついて裁量を任されたとして、保護者の教育費負担の面でどんな改善が図れますか?
福嶋さん:改善策として有効なのは、「学用品の共用化」です。たとえば、絵の具や彫刻刀セット。これらを必ず購入するとなると、数千円近くかかります。でも、全児童が買うのではなく、学校備品として備えつけにすれば、保護者が買う必要はありません。ピアニカなどの大きなものも本体部分は学校で揃えて、吹き口だけを保護者負担にすれば、家計はだいぶ助かるでしょう。年間を通して使うものではなく、数回の授業のためだけなら、学年やクラスでシェアしていけばいい。しかも、学校の備えつけ品になれば、子どもたちが持ち帰らずにすむので、身体的な負担も減ります。
ある中学校では、体育で使う柔道着を1学級分、学校の予算で揃えたといいます。洗濯をする必要はありますが、クラスの授業ごとに使い回しをすれば、学校を卒業したら使わない柔道着を1着ずつ買う必要がなくなる。体操着の上から着るので直接肌には触れず、実際、子どもたちもあまり抵抗がないようです。
他にもスクラップする視点で言えば、仮にある教科のワークが3冊あったとします。実際は3冊も授業で使いきれない、宿題に出しているだけのケースもありますが、「1~2冊に減らそう」という議論ができるはずなのにしない。「減らせば学力に支障が出るのでは」と思われがちで、学校側が教材を減らしにくい状況はあるようです。
「無償化」よりも大事なことがある
── ただ、自治体の教育への予算は後回しになりがちなイメージです。実際、各地方自治体では民生費と呼ばれる福祉・社会保障費が膨れ上がり、教育費には予算がつきにくいそうですが…。
福嶋さん:教育費はもともと予算が少ないなか、諸種の支援員や図書館司書などの人件費、学校内の水道光熱費やICTの運用費などにもお金がかかっています。そのうえで、自治体が独自に費用を捻出するとなると、これまでは対外的なアピールやわかりやすさで「無償化政策」が目立っていました。そうした政策がメディアに取り上げられれば「子育てに優しい自治体」と認識され、若い世代の人口流入につながるメリットもありましたから。いまは物価高もあり「無償」はキーワードとしても注目をされやすいです。
しかし、石破前政権下で学校教育に関して画期的な発表がありました。『骨太方針2025』に、「学用品の学校備品化の取り組み周知」が明記されたのです。これは、子どもたちが一人ひとつ個人で買って持っている教材や学用品について、学校に備え付けにして共同で使用すべきという趣旨の政策です。
これを受けた文部科学大臣の定例会見でも、国として算数セット、彫刻刀、裁縫セットなど「学校に備えるべき品目や数量の目安」を示す方針が語られました。自治体が円滑に整備できるよう速やかに検討・実施するとしており、各自治体による教育予算の拡充と、保護者の負担軽減に取り組むことが期待されます。
無償化に比べれば超地味ですが、ムダを省き、保護者負担を減らす方向に進み始めていると考えられます。実際、私のところにもいくつかの自治体から教育費の使い道についての相談がきています。
── じつはこの問題、政治にも深く関わるんですね。
福嶋さん:だからこそ、目先の「無償化」といった政治的アピールに飛びつくのではなく、学校が自由に使える裁量予算を落とし、環境を整えようとする政治家を評価することも必要です。また、予算がつけば解決でなく、そのお金をどう使うか。これは教師や学校事務職員が知見を得て、知恵を絞り、有効活用する能力も問われます。
公教育は「どんな家庭に生まれても、体ひとつで学校に行けば必要なものが揃っていて、みんなと同じ活動ができる」ことこそ、本来のあるべき姿。そして「同じ物を買うのが当たり前」と均一な価値観を押しつけず、もっと自由で持続可能な学校教育を社会全体で作っていくことが大切だと思います。
取材・文:西村智宏
