惜しまれながら閉店。京都「パティスリー タンドレス」26年の軌跡。山口シェフが追い続けた“本物”のフランス菓子
2026年8月31日。京都・一乗寺で長く愛されてきた「パティスリー タンドレス」が、26年にわたる歴史に幕を下ろした。
1999年「ベック・ルージュ」として始まり、2009年からは「パティスリー タンドレス」へ。その名を求めて全国から菓子好きが訪れ、週末には一乗寺の住宅街に列ができる。京都のスイーツを語るうえで、決して外すことのできない一軒だった。筆者である私も10年前に伺い、美しいガトーの数々と美味しさに衝撃を受けた。
その確かな評価とは対照的に、オーナーシェフ・山口貴之さんが歩んできた道は、コンクールでの受賞歴といった華々しい肩書きに頼るものではなかった。自ら学び、作り、味わい、考えることを繰り返しながら研ぎ澄ましてきた“美味しさ”への徹底した探究から、自身のフランス菓子像を築き上げてきた。
山口シェフは26年間、“本当に美味しいものとは何か”を考え続けてきた。あまり多くのメディアの取材を受けることのなかった山口シェフに、タンドレス最後の夏の話を聞くことができた。
一乗寺から生まれた稀代のパティスリー、その最後の章と新しい章である“これから”を追った。
ベック・ルージュ時代を含め26年。京都・一乗寺で育まれたフランス菓子の名店
京都・左京区。一乗寺駅から住宅街を歩くと、周囲の家々に溶け込むように「パティスリー タンドレス」は現れる。一見すると、この場所に洋菓子店があるとは思えないほど静かな場所だ。
山口貴之シェフがこの地に「ベック・ルージュ」を開いたのは1999年。その後、一度店を閉め、厨房環境やイートインスペースを整え、2009年に「パティスリー タンドレス」として再出発した。
営業日は基本的に土・日・月曜の週3日。叡山電鉄・一乗寺駅から徒歩5分ほどという場所にあり、京都の中心部からはやや離れた場所でありながらも営業日には開店を待つ人の姿が絶えなかった。
今回、最後の営業日である8月31日に店を訪れることができた。店内には、お客様から贈られた肉筆画が飾られていた。この絵に描かれているのは、その方にとって想い出深いガトーだという。そのほかにも、“ありがとう”のメッセージが多く見られた。
シェフのお母さまがケーキを箱詰めするのも、この日が最後。早朝から駆けつけた常連客からねぎらいの言葉をかけられたり、ハグを交わしたりする場面もあり、この店がいかに愛されてきたのかを改めて感じた。
ショーケースに並ぶ生菓子は、最後の日も美しく、まばゆく輝いていた。「パティスリー タンドレス」のガトーは毎週ラインナップが変わり、中には年に一度しか登場しないものもある。一期一会のお菓子と出会えることも、この店を訪れる楽しみのひとつだった。
フランス菓子とは“生き方”の礎
最終営業日を終えた翌日、山口シェフにお話を伺うことができた。まずは、どのようにして“菓子職人”への道を志したのか、話を聞いた。意外にも、山口シェフはもともと甘いものが好きだったわけではなかった。
あるとき、体調を崩したことをきっかけにケーキと出会い、山口シェフの人生は少しずつ動き始める。本屋へ行けば菓子の本を読み漁ったという。そこで目にしたのが、それまで知っていた「洋菓子」とは異なる、端正で美しく、見るだけで味まで想像させるようなフランス菓子との出会いだった。
“やるのなら、本物をやりたい”そんな想いが強く膨らんだ瞬間だった。
偶然の縁から、尊敬する菓子職人とも出会った。さらに本格的なフランス菓子を教える講習会へ足を運びながら、山口シェフは独学に近い形で、自らの味を築いていった。
そして「本物」への関心は、菓子だけにとどまらなかった。美しいものとは何なのか。バランスとは何なのか。その感覚を磨くため華道を学び、師範代の資格まで取得した。
山口シェフは、フランス菓子についてこう話す。
「自分の味覚のベースであり、ひいては生き方の礎を作ったものですね」
菓子を作るために美しいものを見るのではない。美しいものや美味しいものについて考え続ける。その生き方の先に、山口シェフの哲学があった。
「素材同士が、せめぎあう」。山口シェフが考える“美味しいフランス菓子”
「タンタシオン・グルマンド」 では、山口シェフにとって「美味しい」とは何なのだろう。
山口シェフ「例えばフランス菓子は、似たような味を重ねていくものではないと思うんです。酸味は、しっかり酸っぱく。キャラメルなら、甘さだけではなく苦味まで。例えば、この『タンタシオン・グルマンド』はラムレーズンには酒の香りがあり、ピスタチオにはナッティで青々とした個性がある。
それぞれが主張して、せめぎあう。馴れ合わない。一緒に手をつながない。でも、バラバラにもならない。
それぞれが主張しながら、最後にはひとつの美味しさになる。それがフランス菓子であり、そのバランスを考えながら、お菓子作りを心がけています。
そして何かを食べて美味しかったら、なぜ美味しいのかを考える。ピザでも餃子でもいい。逆に美味しくなかったら、なぜ美味しくないのかを考える。味覚は技術以前に、日常から育てるもの。この味覚がフランス菓子のベースになり、ひいては私にとっての大きな人生の礎になりました。」
山口シェフの生菓子は、温度管理が徹底され、食べるときの食感や温度まで緻密に設計されている。特にこの「シャルロット・ポワール」はひときわ印象的だった。ソースであるフランボワーズの力強い香りと個性、酸味だけでは表せない“フランボワーズの濃い味”を別添えのソースにし、また上からかけるのではなく底に敷く。それも美味しさの設計とシェフの食べて欲しい順番があるからこそ。
そしてビスキュイ一つとっても美味しい。
山口シェフ「特別なことではなく、基本に忠実にしっかり焼くことを大切にしています。お客様からもこのシャルロットは評判がいいんです。」
そしてこちらの右のガトーはフランス菓子のベーシックである「タルト・シトロン」をシェフ流に進化させたもの。レモンのコンフィもたっぷり使い、レモンが持つ苦み、爽やかさと確かな酸味を組み上げた。メレンゲは別添えで食べるときに食べ手のタイミングでのせる。理由は、メレンゲの食感が失われるから。
生菓子は、持ち帰ることを想定しているため、食べるタイミングや温度帯管理、そして保形性まで考えなければいけない。制約がある中でも、美味しさを追求する、山口シェフこだわりが詰まった一品だった。
フランス菓子から、日本の四季へ。「綴(つづり)」で始まる新しい一ページ
8月31日をもって「パティスリー タンドレス」はその歴史に幕を下ろしたが、山口シェフの菓子づくりが終わるわけではない。
次なる舞台として、11月頃のオープンを目指しているのが、アシェットデセールを中心とした新たな店「綴(つづり)」だ。
26年にわたりフランス菓子を作り続けてきた山口シェフが、なぜ今、ショーケースに並ぶケーキではなく、皿の上で完成するデセールの世界へ向かうのか。
山口シェフ「ずっとケーキを作ってきて、ケーキとデザートでは表現できる幅が違うなと思い始めたんです。ショーケースに並ぶケーキは、美しい形を保ち、持ち運ばれることまで考えて設計しなければならない。一方、皿の上で完成するアシェットデセールは、お客様のもとへ届くその瞬間に最高の状態になる。
温かいものと冷たいものをひと皿の中で共存させることもできれば、形を保つぎりぎりまでの柔らかな食感を表現することもできる。ケーキではできないことが、デザートならできる。その世界をもっと追求してみたくなったのが理由です。」
もうひとつ、山口シェフを惹きつけたのが“日本の四季”だった。
山口シェフ「これまでもタンドレスでは、季節ごとにさまざまな果物を使ってきました。しかしアシェットデセールではさらに深く日本の果物と、もっと密着して仕事ができると思いました。フレッシュな果物は、菓子職人の技術だけではどうにもならない部分も大きい。だからこそ、良い生産者と出会い、その時もっとも美味しい素材を見極めることが重要になる。
旬の短い果物、その日だからこそ使える素材を使い“今この瞬間”の美味しさを、皿の上に表現したいと思っています。11月のオープンを目指しています。」
「綴」では、4~5品のコース仕立てを予定しているという。ただし、これまで作ってきたフランス菓子を、そのまま皿盛りに置き換えることはないと山口シェフは話す。
山口シェフ「今までケーキを作ってきたパティシエが作る、“ケーキの延長線上のデセール”にはしたくないんです。なるべく今までのものを反映させず、新しい世界を展開したい。もちろん、ヴァシュランやサヴァランといったフランス菓子の技法や考え方が、完全になくなるわけではありません。」
フランス語だった「Tendresse」から、日本語の「綴」へ。26年間、フランス菓子と向き合ってきた山口シェフの想いの表れが店名にもあった。
山口シェフ「フランス菓子から少し離れようという、決意の表れでもあります。フランス的な表現は少し後ろに下げて、デセールの持つみずみずしさや、繊細さを表現したい。そういうものは日本的でもあると思うんです。」
「ここまでできるとは思わなかった」。26年の最後に山口シェフが語ったこと
「最初は集客に苦労した」と山口シェフは話す。コンクールでの受賞歴といった華々しい肩書きはない中で、ひたむきにフランス菓子と向き合い、味にこだわり続け、26年間全力投球をしてきた。その積み重ねの先に、やがて全国から菓子好きが訪れる「パティスリー タンドレス」が生まれた。
「何もないところから始めて、少しずつお客様が増えて、26年間続けてこれた。自分としては、よくやったなと思います。ここまでできるとは思わなかったので。」
26年間で培った味覚も、美しさへの眼差しも、山口シェフの中から消えることはない。フランス菓子を追い続けた一乗寺での日々を胸に、次は「綴」へ。26年かけて書き上げた一冊を閉じ、山口シェフは今、まだ誰も見たことのない新しい一ページを綴ろうとしている。
Photo&Writing/坂井勇太朗(ufu.編集長)
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