コロナ禍による別居婚・精巣がんとの闘病、そして不妊治療の末、今年待望の第1子が誕生したドラマーのNosukeさん。現在の幸せを噛み締めながらも、「がん治療も不妊治療も先が見えなかった」と、妻・misonoさんと乗り越えてきた苦難を振り返ります。

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待望の息子誕生「今は別居も解消し家族で生活」

── 精巣がんの闘病と不妊治療を経て今年、息子さんが誕生しました。おめでとうございます。

Nosukeさん:子どももすごくかわいいですし本当に嬉しいです。反応が素直でわかりやすくて、子育てはやりがいがあります。今は仕事もセーブして家にいる時間を多く作っているので、子どもとしっかり向き合えています。お互いの家族の協力もあって、今のところ夫婦ともに育児で疲弊している感じはなく、楽しく子育てができていると思います。

夫婦でmisoNosukeとしての活動も

── コロナ禍がきっかけで妻のmisonoさんと別居されていたそうですが、今は一緒に暮らしているそうですね。

Nosukeさん:息子が生まれる前に、生活の拠点を妻の実家がある京都に移し、仕事のたびに東京に行かせてもらっています。でもどちらかが子ども部屋にいて、どちらかが猫の部屋にいるので、別居婚から家庭内別居になりました(笑)。

コロナ禍を機に妻が関西へ戻り、エステサロンや飲食店の経営をしていたので別居することになったのですが、僕の実家が東京にあるので、自然に別居婚が始まった感じです。子どもがいなかったころは、別居婚のデメリットがないと思っていました。仕事や食事の時間もバラバラだし、夫婦で生活の統一感があるわけではなく。お互い好き勝手できて自由に過ごせていたので、気楽に生きられて良かったところもあります(笑)。

妻と仕事をしていた時期もありましたが、今は妻が関西でチャリティーやボランティアを活動の中心としているので、妻と仕事をする機会もなくなりました。息子が生まれてから家族で生活していますが、このままずっと一緒かもしれないし、またすぐに変わるかもしれません。妻次第です(笑)。

「自分の席が取られる」不安も仕事セーブを決意

── 現在、男性の育休取得率は40%と過去最高を記録しています。スタジオミュージシャンとして活動していて、会社に勤めている方のように育休制度はないと思いますが、仕事をセーブすることに葛藤はありませんでしたか。

Nosukeさん:今後の活動のことを考えると、不安はありました。ドラマーって他に代わりがいるようでいない仕事なので「僕がドラムを叩けない間、他の人に自分の席を取られてしまうんじゃないかな」という心配もしていました。

でも、同じ業界の方が「1年くらい子どもにつきっきりでいたほうがいいと思う。自分はツアーで家を空けてしまって、もうあの頃にはもう戻れないから後悔してる」と言っていて。子どもが小さいときの時間って一瞬なんですよね。身近にいる子育てをしている先輩や後輩から聞く話を参考に、周りの理解もあるので今はお仕事をセーブして子育てに専念することに決めました。妻はお腹が大きくなってから仕事を断っていたのですが、最近は仕事を始めていますし、僕も恵まれた環境の中で子育てに集中できているので、ありがたいです。

「先が見えない」がんの治療と不妊治療

── 2018年に精巣がんが発覚して闘病生活を送っていました。不妊治療を同時期にされていたそうですね。

Nosukeさん:がんが発覚する1年前から腰痛などがあって受診して検査をしたところ、最初は悪性リンパ腫だと言われました。当時は自分に知識がなかったので病院から言われるがままで、これから治療のために抗がん剤を入れる可能性があるという話をされました。

そして「抗がん剤を入れると薬が抜けるまで数年かかるし、5年間は妊活もできなくなるから、今のうちに精子を凍結しておいたほうがいいと思います」という話をされて。その後、産婦人科の先生に診てもらった際に、「精巣がんだと思います」と言われたんです。結果、本当にそうでした。たまたま同じ病院にかかっていて、それぞれの科と情報を共有できたのがよかったと思います。

── がんの治療と不妊治療が同時に始まった形だったんですね。

Nosukeさん:精巣がんは、5年生存率が40%と言われたのですが、不妊治療もがんの治療も、先が見えないことは似ていると感じていました。同じ方法を試してもうまくいく人もいれば、何回試してもダメな場合がある。妻は東京で卵子凍結をしていましたが大阪でも、もう1回、挑戦していました。当時の妻は不妊治療と並行して東京や地方を飛び回り、休まず働いていたので本当に大変そうでした。毎日、病院と現場を行き来していたのに僕には弱音も吐かなかったですね。

僕も抗がん剤治療の前に精子を凍結していましたが、そのあとは待つことしかできないもどかしさがありました。妻は僕の体のことも心配していたし、高齢出産への不安もあったと思うんですが、落ち込んでいる姿を僕の闘病中も不妊治療中も見たことがなくて。僕はネット上の書き込みなどは気にしないんですけど、妻は気にするタイプ。絶対に傷いていたはずなのに、すごいですよね。

── お子さんについてNosukeさんはどう考えていたんですか。

Nosukeさん:ふたりともずっと子どもが欲しかったので、もちろん授かったらいいなと思っていましたが、夫婦間で子どもがいない未来については話してきませんでした。猫が10匹もいるので寂しくはなかったのですが、妻は子ども食堂の支援などもしていますし、保育士さんになりたかったくらい子どもが大好きです。妻は僕より5つ年上で、妊娠出産への年齢的なリスクが上がってしまうことへの申し訳なさは感じていました。

子どもがいない友人への報告に悩み

── Nosukeさんの闘病後、がんが確認できなくなる寛解を迎えてから不妊治療を再開したそうですね。努力が無事実り、妊娠が発覚。どのように報告を受けたんですか。

Nosukeさん:妻が出産する直前まで別居をしていたので、家族のグループLINEで妻の妊娠を知りました。僕の仕事中、すでにLINEが盛り上がっていて。一歩遅れてでしたが本当に嬉しかったですし、すごく楽しみでした。

ただ、身近に子宮を摘出して子どもを産めない人や、子どもが亡くなった人もいて。子どもを授かる前に「お前のところも子どもがいないんだよね」と話していました。不妊治療がうまくいったときの喜びはもちろん大きかったのですが、「その友達からどう思われるんだろう」ということが頭によぎりました。どのタイミングでどう報告したらいいのかも悩みましたね。安定期に入ってから伝えたのですが、すごく喜んでくれたのでホッとしました。

息子には「自分で考えて決断ができる人に」

── 今年、無事に息子さんが産まれて、今後の成長が楽しみな時期だと思います。息子さんとはどんなことをしたいですか。

Nosukeさん:今は抱っこすることしかできないのですが、笑うようにもなってきたので、ひとりで歩けるようになったら一緒に手を繋いで歩きたいです。

── 息子さんにはどんなふうに育ってほしいと思っていますか。

Nosukeさん:僕自身の病気の経験から来ていることなんですが、世の中に出回っている情報がたくさんあるなか、一般的な意見と少数派なものがそれぞれあって。もちろん選ぶのは本人ですが、何にも考えていなかったら多数派に流れてしまうことが多いように感じます。どうしたら自分で考えて選択できる人になれるのかなと思っています。

僕自身も、がんの治療が終わってから知ったことがたくさんありました。治療の結果はいい方向に向かったものの、自分は大多数のほうに流れされた人間だと思っているんです。息子には、自分で考えて、決断できる人になってほしいと願っています。妻はどう思っているのかわかりませんが(笑)。

取材・文:内橋明日香 写真:Nosuke