カメラマン、クリエイター、カレーをスパイスから作る男──。

これらの男性は“付き合ってはいけない男・3C”であると、昨今ネット上でささやかれている。

なぜならば、Cのつく属性を持つ男性はいずれも「こだわりが強くて面倒くさい」「自意識が高い」などの傾向があるからだそう。

果たして本当に、C男とは付き合ってはならないのか…?

この物語は“Cの男”に翻弄される女性たちの、悲喜こもごもの記録である。

▶前回:気になる同僚の部屋で2人きり。スパイスから作ったカレーを出され、女が一瞬で冷めた理由




キャスターの男/梨香子(27歳)の場合【前編】


『梨香子さん、おはようございます。今日は午後から雨らしいですよ』
『こんばんは。風が強いですね。台風も近づいてきますので気を付けて』
『明日は真夏日ですよ。夕方、ビアガーデンでも行きませんか?』

LINEの画面にズラリと並ぶ、親しげなセリフの数々。

戸崎梨香子はオフィスのリフレッシュスペースで、休憩そっちのけでスマホとにらめっこをしていた。

「どうしよう…」

エスプレッソマシンで淹れたラテを飲みながら、何気なくつぶやく。すると、隣にいた後輩の夏目美衣が手元を覗いてきた。

「お、梨香子さん、もしやイイ人できたんですか?」

梨香子は慌ててスマホを伏せた。その動揺ぶりは、美衣の興味をさらに搔き立てる。

「ち…違うって。まだ彼氏じゃない」

「まだ、ということはこれからなんですね。相手はどんな人ですか?」

「どんな人、って…」

梨香子はメッセージの送り主の顔を脳裏に浮かべる。

1ヶ月前の食事会で出会った“彼”は、2歳年下の笑顔が爽やかな素敵な人だった。

梨香子はどうやらそんな彼に心を寄せられたようで、食事会以降も連絡やデートの誘いが頻繁に来ている。ほぼ毎日、といっていいくらいだ。

ただ…嬉しさよりも、戸惑いの方が大きかった。

彼のまっすぐなアプローチを断ることの心苦しさもあり、その都度返信や誘いに応じてはいるが…。

「写真ありますか?見せてくださいよ」

前のめりで尋ねる美衣に、“彼”についての情報を言ってしまいたい気持ちを、梨香子はグッと堪える。

「…ナイショ」

「えー、梨香子さんのケチ!」

付き合ってもいないのに、気軽に打ち明けるわけにはいかない。

実は、“彼”の正体は、多くの人がその名を知る有名人。

大手キー局でお天気キャスターとして人気を集めているらしい、若手アナウンサー・木下慎二なのだから。


人気を集めている「らしい」というのは、梨香子は正直、慎二の活躍をあまり知らないからだ。

家では静かに本を読んだりすることが好きな梨香子は、家に帰ってもテレビはほとんどつけない。そのため、はじめて慎二と出会った食事会で彼が現れた途端、周りの女性陣が騒いでいるのに、梨香子だけがついていけなかったほどに。

― 地方出身で年上、しかも正真正銘一般女性の私が、こんなカッコよくて素敵な有名人に見初められるはずがないのよね…。からかわれているのかもしれないし、騙されているかもしれないもの。




梨香子の胸にそんな疑念がある一方で、慎二のような素敵な男性が自分を気に入ってくれている事実は、素直に嬉しいと思う。

男性にこれほどまでの猛アプローチをされるのも、実を言えば初めてだ。この機会を逃せば、一生後悔するかもしれない。

― やっぱり、あんまり卑屈になるのも良くない…よね?

梨香子は惑う心に言い訳しながら、慎二のLINEに返信をするのだった。



その日の夜。

結局慎二の誘いに乗った梨香子は、呼び出されるがままに恵比寿のビアガーデンを訪れた。

「あの…どうして、私をこうして何度も誘ってくれるんですか?」

思い切って、上機嫌にビールグラスを傾ける慎二に疑問をぶつけてみる。

「ええ?そんな野暮なこと聞く?だから…好きなんだって。意味なんてないよ」

「でも、どうしても不思議で不思議で…」

「…まあ、しいて言えば、落ち着いていて俺の周りにいないタイプっていうとこかな?欠けていたピースがはまるとゆーか」

南国でのバカンスを思わせるビアガーデンの雰囲気は、心まで開放的になる。アナウンサーらしからぬくだけた口調からは、慎二の本音が伝わってきた。

「ところでさー。俺、お腹減ってんだよね〜」

結局、それ以上の理由は有耶無耶にされてしまう。もしかしたら慎二が自分へ寄せてくれる想いは、感覚的でそれ以上でも以下でもないのかもしれない。

― 好かれてるのはうれしい。でも、なんでだろう。この不安は…。

梨香子はその理由を探すべく、初めて慎二と会った食事会での記憶をたどった。




出会いは1ヶ月前。慶応の理工学部を卒業した同僚がセッティングをした、食事会でのことだった。

何の予定もない平日のノー残業デー。いつものように会社から自宅にまっすぐ帰ろうとすると、「ドタキャンした女子の穴埋め要員」として声をかけられたのだ。

「ごはんを食べに行くつもりで来てよ」という同僚の言葉で、軽い気持ちのまま誘いに乗った。だが、行ってびっくり。

他の参加者はモデルやCAなどの綺麗な女性ばかりで、どう見てもその場では、梨香子の存在は異質なことは明らかだった。

なおかつ、慎二の経歴もキャリアさえも知らない状態で──有名人相手に、あまりにも失礼極まりなかったと思う。

ただ、テレビに詳しくない梨香子でも、慎二が雲ひとつない青空の中心で燦然と輝く太陽のような存在だということは、場の雰囲気から理解することができた。

日陰の、しかも石の裏で息を潜めて生きるダンゴムシのように地味な自分とは、正反対の…。

地方の国立大学の工学部を卒業し、現在は大手機械メーカーで研究開発職をしている梨香子。

一方の慎二は、幼稚舎から大学まで慶応。身長180cm。顔の作りも美形で、さらには実は大物俳優の息子だという、まさに“エリート”という呼称が相応しい人物。

当然のごとく慎二は、慶応コミュニティの中でも特に中心的な人物で、かなりの人気者だったそうだ。スーツが似合う長身とはっきりした目鼻立ちからもわかるように、女性たちからモテたことはもちろん、就職活動も無双していたという。

― そんな私と慎二さんが付き合ったら…みんなに「釣り合わない」と言われるだろうな。本当に、なんで?

「──どうしたの、梨香子さん」

気がつくと、目の前で慎二の大きな瞳が梨香子の顔を捉えていた。梨香子は思わず、ハッと我に返る。

― も、もしかしたら、慎二さんはそんな私が珍しくて気に入ってくれたのかもしれないよね…。

梨香子は、慎二の気持ちを受け入れたい一心で自己完結を試みる。

すると慎二は、そんな梨香子の心を見透かしたように、キッパリと尋ねたのだった。

「てか、梨香子さん、まだ答えは出ないの?」


ふたりきりのデートは、今日で2回目だ。

実は、最初のデートですでに、梨香子は交際の申し込みを受けていた。

その時は「よく知らないから、友達から」と曖昧に断ったものの…こうして2回目のデートに来てみても、相変わらず自信は持てないでいる。

「ごめんなさい。やっぱり、まだよくわからないの…」

優柔不断なのは百も承知だ。梨香子は恐縮しながらも正直に告げる。すると慎二は優しく微笑んだ。

「ごめん。この前聞いたばかりなのに、急かせちゃったよね」

その笑顔に、梨香子は思わずキュンとしてしまう。

「ううん。決めきれない私が悪いの。もし、結論を急ぐのであれば、次に行ってもいいんだよ」

「いや…!次なんてないよ。俺は、友達のままでもいいから、いつまでだって梨香子さんを待つよ。時間がかかるのも、それだけ真剣に考えてくれてるってことなんだよね」

慎二の優しい心遣いにホッとする。

しかしその一方で気がかりなのが、言葉は低姿勢ではあるものの、慎二の笑顔に余裕の色を感じることだった。

まるで、いい返事が来ることを確信しているかのような…。それはきっと、多くの人に愛されて育ったゆえのものなのだろう。

煮え切らない申し訳なさで震える梨香子の手を、慎二は優しく包む。交際を保留にした相手に対し、普通ならこんなことはできない。

「今度の日曜、空いてる?梨香子さんと一緒に、行きたい場所があるんだ」

次のデートに誘うことなども、そうそうできないはずだ。だけど、慎二は余裕たっぷりな表情で誘ってくる。

「うん、いいけど…」

「やった!」

梨香子は、慎二のペースにあえてのみこまれることにした。

「待つ」としっかり言ってくれたこともあるし、なにより慎二のやり方に任せていれば、いつか不安が自然と消え、彼をまっすぐに好きになれそうな気がしたから。




そして日曜日。

梨香子は、慎二が学生時代から乗っているという愛車・ベントレーコンチネンタルで、湘南にある新江ノ島水族館を訪れていた。

「梨香子さん、こっちだよ」

車を降りるなり駐車場の歩道側に押され、そのまま肩が触れながら歩く。自然なボディタッチに流されそうになったが、梨香子はその場に立ち止まり、距離をとった。

「誰かが見てるかもしれませんよ」

慎二ははっと背筋を伸ばし、胸ポケットから伊達メガネを取り出した。

「あ、そうか…」

日曜の昼下がりだ。周囲には、慎二の存在を知っているであろう家族連れやカップルなど、観光客がたくさんいる。

「ははっ。梨香子さんの前だと、不思議と自分が誰だか忘れちゃうんだよね。本当の自分が出せるっつーか…。でも、教えてくれてありがとう。そうゆうしっかりした“お姉さんみ”あるとこもいいよね!」

「ん?“そうゆう、お姉さんみ”…?」

梨香子は、耳に引っかかった言葉を思わず繰り返した。その途端、なぜか慎二の目が泳ぎだす。そして渋い顔でしどろもどろに語りだした。

「あ、“お姉さんみ”つーのは、懐が深いってコトね…。やばいやばい、いっつも仕事で『くだけた表現は気をつけろ』って先輩や番組のディレクターに言われてるのに。あ、『やばい』も避けろって言われてて」

「いえ。少し気になっただけですよ。私は大丈夫ですから」

「うん…」




「…慎二さん?」

なにか、変なことを言ってしまったのだろうか?突然落ち着かない様子になった、慎二の表情が気になった。心配が募った梨香子は、慎二の不安げな横顔をじっと見つめる。

「ごめんね。何でもないよ!」

慎二は明るさを取り繕いながら、そう答える。けれど、憂いの色は隠せない。

ただ、心配になるその一方で、慎二が仕事の弱音を吐いてくれたことを嬉しく思う自分がいた。いつも明るく自信満々な慎二の、見たことのない表情にも、胸が熱くなるのを感じる。

― 私、この人のこと、もっと知りたいかも。

慎二に対して抱いていた疑念と不安が、梨香子のなかで少しずつ姿を変えていく。

ただし──慎二をもっと知った先に何があるのかには、思い至ることができずにいた。

▶前回:気になる同僚の部屋で2人きり。スパイスから作ったカレーを出され、女が一瞬で冷めた理由

※公開4日後にプレミアム記事になります。

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