前回:「新しい男で上書きしないと、古い恋の傷は癒えない」デートでの猛アタックに戸惑う28歳女に友人は…

※6/22(土)配信予定でしたが、本日6/29(土)に変更になりました。「アオハルなんて甘すぎる」ご愛読の皆さま、配信が遅れましたことを心よりお詫び申し上げます。



28歳にもなってデートの練習相手をお願いするなんて。やっぱりちょっと…というかだいぶ情けないのではないだろうか。しかも相手が3つも年下の男性であればなおのこと。でも、ただの年下ではないことが救いではあった。

― 大輝くんを年下だと感じたことは一度もないから。

イケメンという表現では表しきれない程、圧倒される美しい容姿な上に、名家で育った品の良さに加算されているのは、育ちが複雑だったが故の優しさと精神的な落ち着き。恋愛経験どころか人生経験だって私より数倍、いや数十倍お持ちだろう。そんな大輝くんが、

「寒いし、鍋食べ行く?宝ちゃん福岡出身だしどうかなって」

そう言って選んでくれた博多モツ鍋デート案に私は飛びついた。いや、他にもいくつかの選択肢…おしゃれなレストランも数件、LINEで送ってくれたのだけど、私は飛びついたという表現がまさにという即決で、モツ鍋大好き、モツ鍋でお願いしますと返信した。

「モツ鍋の間だけ、ノンアルにしてみようか」

酔いがまわらない方が練習になりそうだしと言った大輝くんは、他にもいくつかの提案をしてくれた。寒いけど、2軒目への移動は歩きにしてもいい?ベタだけど東京タワーとか昇るのはどう?だからスニーカーできてくれた方がいいけど大丈夫そう?

全ての提案の最後にクエスチョンマークを付けて私の意志を確認しようとしてくれるあたりがとても大輝くんらしい。そんな優しさに甘えて、スニーカーデートの場合何を着て行けば?ということまで大輝くんに確認した瞬間、電話がなった。

そんなこと女の子に聞かれたの初めてで思わず電話かけちゃったよ、と笑う大輝くんからで、そこからは話しながら服装の確認をさせてもらった。

大輝くんが選んでくれた店は恵比寿にあった。博多の老舗モツ鍋店で長らく2番手として働いていた人が、東京に出した店らしい。博多の老舗の店は私も両親と何度か行ったことがあって、なおさらテンションが上がってしまった。

「3週間の間に、3回はオレとデートしてくれないかな。付き合うかどうかの返事は3回目のデートが終わってからにしてほしい。そこまでオレに頑張るチャンスをくれたら嬉しいんだけど」

フランスでシェフをしている伊東さんにそう言われ、恋人になって欲しいと申し込まれたのは4日前のこと。今日は火曜日の夜だ。デートの練習をするなら早い方がよくない?と大輝くんに言われて予定を決め、私は会社から一旦自宅に戻り、着替えてすぐに待ち合わせの店の前へ向かった。

― あ、もう大輝くんが。

店は恵比寿駅の東口を出て広尾方面へ向かう方向にあり、その店の前のガードレールに大輝くんが座り、ヘッドホンをはめて携帯を見ていた。

街灯がまるでスポットライトとなり大輝くんを輝かせているかのように、夜目にも目立つその姿に近づこうとしたとき、おにーさーん!という甲高い声の影が複数、大輝くんに駆け寄るのを見て私は足を止めた。

「お兄さんヤバ♡イケメン過ぎません?今から私たちと一緒に飲みに行きましょうよぉ」


大輝くんに声をかけたのは、華やかな2人組の女性だった。

― ナンパされてる…!女の子からのナンパって初めてみた…!

妙な感動を覚えて立ち止まったままでいると、女の子たちに反応してヘッドホンを外しながら顔を上げた大輝くんがこちらに気がついて、宝ちゃん!と手を振ってきた。

「今から彼女とデートだから。ごめんね」

そう言うと、呆気にとられる女の子2人を残して私の方へ来た大輝くんは、カジュアルな宝ちゃんもかわいいね、とほほ笑んだ。でも。『モツ鍋の匂いがついてもすぐ洗濯できる服がいいよ』という大輝くんのアドバイスに従って、ジーンズと、薄いグリーンの洗えるニット、それにダウンジャケットという、深く検討しきれていない格好なので恐縮してしまう。

行こう、と肩に手を回され進みながら、女の子の視線が痛くてちらりと見ると、2人の顔には“釣り合ってないんですけど?”とわかりやすく書いてあった。

うんうん、私もそう思ってます、ごめんなさい。でもこれ疑似デートなので本物の彼女ってわけじゃないんです!と心の中で謝って、女の子たちに軽く会釈をしてから、大輝くんに促されるままに店に入った。

案内されたのはキッチンを囲んでL字型になっているカウンター席の最奥。カウンターといってもそのテーブルは、鍋を置くための十分な幅があるゆったりとした作り。一組一組の席の間、隣のお客さんとの席の間合いは広かった。

店に入った瞬間から、我がソウルフードの1つである醤油味のモツ鍋の香りにやや興奮してしまっている。そのテンションのまま私は聞いた。

「やっぱり、ナンパってよくされるの?」

女の子からのナンパされている人を初めてみたことを素直に伝えると、正直よくあるねと大輝くんは笑った。ナンパされた子と遊びに行くことがあるのかを重ねて聞いた時、ノンアルビールが2つ運ばれてきて、乾杯をした後に答えてくれた。

「あるよ。友達といる時とかは友達に付き合ったりもするし、少し話して素敵な子かもって感じたら、もう少し一緒にいたらどうなるかなって思うこともある。ナンパだって出会いの1つだしね」
「…意外…」

思わずつぶやいてしまった私に、意外ってどういう意味?と聞いた大輝くんが、でもその前に注文しよう、とメニューを開いた。鹿児島や宮崎、佐賀といった九州の黒毛和牛の小腸とハツを使っているという“牛モツ鍋”を2人前、もちろん醬油味のスープを選び、キャベツを大盛にさせてもらった。

鍋の前にと、一口餃子と明太子の入った出し巻き卵も頼んでから、大輝くんが話を戻した。

「それで、なんで意外と思ったの?」

そう聞かれて素直に答える。

「ナンパが出会いの1つだと大輝くんが考えていることが意外だなぁって。ほら大輝くんはすごく…」

言いかけて言葉に迷ってしまった。超恋愛体質のロマンティスト。時にドロドロで濃厚な関係を築いていそうな大輝くんには、ナンパという言葉はすごくイージーで軽く感じられたからなのだけど。




「なんというか…もっとズドンと重い、重厚感のありそうな…運命の恋って感じの、そういうのをしてそうだから、大輝くんって」

伝えたいことをなんとか具現化したつもりだったけれど、大輝くんは、うーん、と首を傾げてから、ぐっと私の方に顔を向けた。

― 近い…!

カウンターでの横並びってこんなに近かったっけ。大輝くんと肩が触れ合いそうな距離というのは、愛さんや雄大さんとも一緒の時以外では初めてだと、今気がついた。気がついたらダメだったかもと焦っていると大輝くんが言った。

「たとえナンパであろうと、誰かを誘ったり告白したりするのってさ、割と勇気とか勢いのいることじゃない?だから、軽いとか重いじゃなくてリスペクトがあるというか。もちろん恋人とか、好きな人がいる時はさっきみたいにバッサリ断るけどね。冷たくするのも礼儀だと思ってるから」

なんか本題からズレちゃったけど、と笑った大輝くんが、そろそろ今日のテーマに入ろうよ、と笑顔の形を変えた。なんというか…艶めいた水気を含んだ視線…これがもしや…愛さんが「恐ろしい子よ」と言っていた、大輝くんの色気モードというやつでしょうか?

「今日は大人のデートの練習なので。オレ、宝ちゃんに色々しちゃうつもりだから」


― いろ、いろ…?

色々って何でしょう…?とおずおずと敬語になった私に大輝くんが笑って続けた。

「伊東さんとデートして、お互いが盛り上がって気がついたら翌朝も一緒にいてさ、その後に恋が始まるって可能性もあるんだよ?宝ちゃんがOKだと思えたらそれにトライしてもいいだろうし、イヤなら流されずにきっぱり断わる。今日はその予行練習だからね」
「いや、絶対ないです!伊東さんと私には、翌朝パターンは絶対にない!」

翌朝という単語に過剰に反応して強くなった言葉が、恋愛に幼い自分をそのまま表わしているようで恥ずかしくなる。大輝くんはそうかなぁと笑ったまま、例えばさ、と言っておしぼりでそっと口をぬぐった。何をしてるの?と思っているうちに、私の手が握られ、そのまま持ち上げられていく。

チュッと小さく音がして、手の甲に…軽いけれどキスをされたのだと理解し固まった私の手を握ったまま、大輝くんはほほ笑みを強めて言った。

「伊東さんってほぼフランス人になっちゃってるアムールの人なんでしょ?日本男子っぽい照れは超越してるだろうし、食事中に盛り上がったらこんなこともあるかもよ?」

イヤだったらやめてくださいってきっぱり拒むんだよ?と言った大輝くんの表情に、私はハッとして、少々ムッともして我に返った。

― そういえば、この人もアムール属性の人だった。

出会った日のハグの衝撃を忘れかけていた自分に突っ込みを入れながら言葉を続ける。

「…大輝くん、私で遊んでない?」
「遊んでないよ」
「…イケメンだからって何しても許されると思ったらダメだよ」

いきなり手にキスするなんて気持ち悪いと思う人もきっと多いんだからね!と叱るふりで冷静を装った私に大輝くんは、気持ち悪いなんてはじめて言われたなぁと、しばらく爆笑したあと、ごめんね、としょんぼりトーンで真顔になった。

「宝ちゃんがかわいかったから、思わず」

ニコッと笑われて悔しい。どうにも笑顔がかわいいのだ。どうやら色気モードを一旦オフにしたらしい大輝くんのいつもの微笑みに毒気を抜かれてしまう。そんな私たちの目の前で、店長さんがモツ鍋の準備を始めてくれている。聞かれていたら恥ずかしすぎると私は無理やり話を変えた。

「大輝くんにとっては特別なことじゃないからって気軽にそんなことしてたら、彼女さんが悲しむよ?」

そういえば、疑似とはいえ自分の恋人が他の人とデートするなんて、気分が悪いはずだよね、と今更気がついてしまった自分を反省した。そのことを伝えると大輝くんが、ぜんぜんだったよ、と少し寂しそうに続けた。

「ちゃんと伝えてきたから。女友達のデート練習に付き合ってくるってこと。でもぜーんぜん。予想はしてたけど全く嫉妬してくれなかった。オレが逆の立場だったら、たぶんやきもちどころじゃないんだけどなぁ」

そう笑う大輝くんに、申し訳ないという気持ちと疑問が同時にわいた。

「本当にありがとう…でもごめんね」
「なにが?」
「今、練習相手になってくれてること」
「どうしたの、急に」
「…なんで大輝くんはOKしてくれたのかなぁって」
「え?」
「だって大輝くんが逆の立場だったら…大輝くんは疑似だったとしても恋人が他の人とデートするのはいやなんだよね?彼女さんも本心ではいやだと思ってるかもしれないでしょう?私が大輝くんに甘えすぎてるんじゃないかって心配になってきちゃって」

今更でごめん、ともう一度謝った私を、大輝くんは不思議な表情で見ていた。虚をつかれたような、それでいて悟り切ったような。そして言った。

「オレさ、今の自分の気持ちがわからないんだよね。こんなの初めてなんだけど」


それがどういうことなのか尋ねてみたけれど、今はまだ自分の感情を言葉に変換できないと言われてその会話はそれきりとなった。

モツ鍋は本当においしかった。店長が修行した老舗店のモツと同じ処理が行われているらしく、新鮮なモツを店内でカットすることにこだわり、その後水洗いしさらに湯通しして旨味を閉じ込めるという工夫がされているそうだ。

キャベツを大盛にしたこともあって、お腹はパンパンで幸せに満たされた。会計は、今日は教えを乞う側なのでと主張し続けた私が勝ち、支払わせてもらった。

「今日、アルコールを頼まずに申し訳なかったです」

そう謝った大輝くんに、予約の際にそれでも良いかと聞いてくださいましたし、うちはノンアルでも大丈夫な店なので気にしないでください、と店長さんが答えるやり取りに私も参加しながら、また絶対に来ますね、と約束して店を出た。

「次は東京タワーに行くつもりだけど、いいかな?」




大輝くんにそう言われて頷いた。恵比寿駅から日比谷線で六本木へ。大江戸線に乗り換えて大門で降りた。地上に上がるとすぐに大きく見える東京タワーを目指しながら、私は聞いた。

「なんで、酔いがまわらない方が練習になりそうだし、って言ったの?」

私は、お酒がとにかく大好き!というタイプではないし、ノンアルコールでも全く食事はできる。でも大人のデートにアルコールはつきものだと思っていたので、大輝くんの提案が意外だったのだ。

「本番のデートなら、アルコールの力を借りて勢いをつけられるときもあると思うけど、練習なんだから、宝ちゃんが酔って大胆になっても何の意味もないでしょ?」
「大輝くんとの練習なのに?」

大胆になるわけないのに、と笑った私に、うん、その通りなんだけどさ、と大輝くんも笑った。

増上寺に沿って歩き、プリンスホテルを通りすぎると、東京タワーがどんどん近づいてくる。吐く息は白くそれなりに寒いけれど、冬の方がこの、東京のシンボルは美しく見える気がする。東京に来てもう10年になるというのに、何度見ても飽きることのないオレンジの光に見惚れていると、確かにその通りなんだけどさ、ともう一度大輝くんが言った。

その言葉の意図が分からず、大輝くんを見上げた瞬間、お互いの手の甲が触れた。あ、ごめんねと謝ると、グッと手を繋がれた。

「…大輝くん?」

これも練習?そう聞いた私に大輝くんがほほ笑んだ。

「練習というか、確認させて。いい?」

いい?って言うけど既に繋いじゃってるよね?と私が突っ込むと大輝くんは、宝ちゃんはだいぶオレに驚かなくなったよねと苦笑いになった。

確かに。大輝くんに慣れたというべきなのかも。それにさっきの衝撃、手の甲へのキスに比べたらこれくらいは…なんてことを考えていると、ふと、手の握り方が変えられた。

― これは…恋人繋ぎってやつでは。

さすがにドキッとして、大輝くん?と見上げると、優しい瞳で見下ろされていた。

「もう少しだけ、このままでもいいかな?」
「…いい、けど」
「京子さんともこうやって歩いたなって。教えるって言いながらね」

京子さんとは大輝くんの恋人の名前だったはず…と記憶を辿りよせながら、聞いた。

「教えるって…何を?」
「恋を。私に恋を教えてくれない?って京子さんに言われて。初めて手をつないで歩いたその日に始まったんだ」

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