出会って1ヶ月で交際に発展。社内で憧れていた彼を落とした25歳女のテクニック
カメラマン、クリエイター、カレーをスパイスから作る男──。
これらの男性は“付き合ってはいけない男・3C”であると、昨今ネット上でささやかれている。
なぜならば、Cのつく属性を持つ男性はいずれも「こだわりが強くて面倒くさい」「自意識が高い」などの傾向があるからだそう。
一見するとどれも個性的で魅力的な男性に思えるが、果たして本当に、C男とは付き合ってはならないのか…?
▶前回:結局男って、カワイイだけの“量産型”な女が好き。アート系彼のため、個性派を目指した23歳女の絶望
クリエイターの男/唯子(25歳)の場合【前編】
丸の内にある大手食品メーカー本社の正面玄関ロビーには、A0サイズの大きなポスターが掲示されている。
営業部社員の福浦唯子は、その前を通るたびに足が止まっていた。
それは、コンプライアンスや社内ネットワークのセキュリティ対策について注意喚起をする、なんてことないポスター。しかし、ポップなデザインとコミカルなイラストは、不思議と唯子の心を掴むのだった。
「…君、いつも足を止めてくれているよね」
ある日、いつものようにポスターの前で佇んでいると、突然声をかけられた。
「え…あ、はい」
声の主は、デザイン室に勤務する栗野瑛太だ。彼はこのポスターのデザインを担当した当人だと告白してくれた。
「このポスターのデザイナーさんですか!?ずっと気になっていたんです」
「ありがとう。コレ、総務の頼みで適当に作っただけなんだけどね」
「適当でこのクオリティなんて!やっぱり、デザイン室の人はセンスでなんでも出来ちゃうものなんですね」
唯子の言葉に瑛太は、わかりやすく耳を赤く染めて頭をかく。
そんな瑛太を見て、唯子は胸をときめかせた。
― かわいい人だな…。
実は唯子は、以前から瑛太のことが気になっていたのだ。
デザイン室の面々は社内ドレスコードにおいて治外法権のような状態になっており、そのカジュアルさは群を抜いて目立つ存在だ。なかでも、スラリとした体形にハッキリとした西洋風の顔立ちの瑛太は、ことさら人の目を惹く。
「尊敬します。こんなデザインを考えられる人」
「嬉しいな…そんな風に言ってくれると。ねぇ、君はどこの課?」
「営業二課の福浦です。入社4年目です」
「そうなんだ。俺は、5年目。1年後輩ってことか」
瑛太はニコニコ微笑んだまま雑談で場を繋ぎ、その場を立ち去ろうとしない。
彼の気持ちが自分に向いていることを、唯子はすぐに察した。
それから、唯子と瑛太の仲は驚くほどスムーズに深まり、早くも1ヶ月後には交際に発展した。
告白は、もちろん瑛太から。
“社内きっての美形”と評判の男性からの積極的なアプローチに、はじめは唯子も戸惑ったが、何気なく蒔いた種の結実だと考えると自然と受け入れられた。
― クリエイターは、自分の作品を褒められるのが好きだもんなぁ…。
唯子は今日も退社時に、ロビーのポスターの前で足を止める。
公にはしていないが、唯子の大学時代の最初の専攻は、美術だった。
画家に憧れ、中学の頃から美術教室に通い、やっとのことで美術科に入学したものの…周囲のレベルの高さにすぐ心が折れた。
2年次に別の学科に転籍し、一般企業に就職して、今に至る。
だからこそ、なにかを作り出す人の気持ちは十分理解できているつもりだ。繊細でプライドが高いクリエイターにとって、自分が生み出したモノへの褒め言葉は、何にも代えがたい喜びであることを知っている。
「あ、またポスターみてる」
背後から瑛太の声がして、唯子は振り向いた。アフター5のデートは外の店で待ち合わせることにしているが、結局いつもロビーで遭遇してしまう。それは何もかも、この瑛太のポスターのせいだった。
「だって、何度見ても見あきないんだもん」
「そんなに好きなら、ポストカードにプリントしてあげるから家に飾れば?」
「家に帰ってまでコンプラやセキュリティ対策を喚起されたくないよ。デザインは本当に大好きだけれどね」
大げさなほどの褒め言葉は、紛れもない本心だ。
クリエイターとなることをドロップアウトした身だからこそ、信念を貫き芸術で身を立てる瑛太に対して、恋心を抱く以上に尊敬している。
談笑しながら、唯子と瑛太は揃って会社を後にする。
「…」
彼と一緒にいると楽しい。しかしその一方で、唯子は自分の中に生じたほのかな空虚を感じはじめていたのだった。
◆
週末──。
「乾杯!今日は私のご馳走だ。気を使わず、飲み食いしてもいいぞ」
「部長、あざっす!」
「気を使わなすぎるのも禁物だぞー」
西麻布の割烹『ふるけん』の個室は、緊張感がありつつも和やかな空気に包まれていた。そのなかに、唯子の笑顔もあった。
この集まりは、営業部の部長が目標達成のご褒美として、成績優秀な若手のみ招待される恒例の食事会だ。参加者の中でも最年少の唯子は恐縮していたが、貢献度は随一だった、と上司たちは口をそろえる。
「前年比からの躍進は、福浦唯子さんの企画してくれた販促ツールのおかげだよ。わが部のMVPと言っていいくらいだ」
「ありがとうございます!嬉しいです」
この店は食通である部長のお気に入りというだけあって、出てきた料理はどれも美味しかった。中でも〆に出てきた、蒸したもち米と3種のチーズにお魚、アワビ、からすみをのせた創作料理・“ちぃー蒸し”は、絶品だった。
今まで食べたことのない豊かな食感と味わいが口の中にひろがり、幸福感が身体に満ちる。店の名物料理だというのも納得だ。
「この世に、こんなおいしいものがあるなんて…」
その時ふいに、瑛太の顔が浮かんだ。
嬉しいことがあると、愛する人と分かち合いたいと思う。唯子にとっては当然のことだった。
瑛太を思い浮かべながら食べていると、無性に彼に会いたくなってしまう。
『瑛太、食事会のあと、家に行っていい?』
上司の目を盗んで、唯子は瑛太にLINEをする。
しかし、返ってきたのは…。
― そっか、忙しいんだ。
帰宅後の自宅のマンションで、唯子は瑛太からやっと返ってきた文字を見つめため息をついた。
『ごめんね。今週末はコンペの作品制作に集中したいから、会えないんだ』
ガッカリしながらも、彼が奮闘している様を想像し、気持ちが高まる。
新製品のロゴデザインコンペの締め切りが週明けだということは、唯子も知っているところだ。
その製品は、社運をかけての大プロジェクト。採用されれば社内だけでなく、外に向けての影響力も大きい。募集要項が発表されてからというもの、瑛太の仕事に取り組む姿勢に大きく変化があったことには、十分気づいていた。
「わたしもがんばろうっと!」
隣にいる人が頑張っていると、自分も俄然やる気がわいてくる。
さっそく新たな販促ツールのネタが頭の中に降ってきて、唯子はパソコンを立ち上げ、デザインソフトを起動した。
― もし、これで成果があげられたら、瑛太に“ちぃー蒸し”をご馳走してあげたいな。
逆に、瑛太のコンペが通ったらおねだりしようか?なんて、ずうずうしいことも考える。そうしてもらえることを心から願った。
なぜなら、先日のデートの時のこと。
瑛太のアルコールがいつもよりかなり進んでいたのだ。その泥酔ぶりから、仕事で何か嫌なことが起きたことは、容易に想像できた。
飲み過ぎたあまりぐったりと操り人形のようになった彼を、ベッドに運んでいる時。「コンペになかなか通らない」とポツリ漏らしたのを、唯子は聞き逃さなかった。
「あんなに素敵なポスターのデザインできるなら、大丈夫だよ!」
唯子は励まし、そのまま瑛太は眠ってしまったが…眠りに落ちる間際の瑛太の安心したような顔が、今になっても忘れられない。
― 瑛太の企画が、コンペに通りますように…。
そう強く願いながら唯子は窓の外の遠くを見つめ、きらめく星に祈りをこめるのだった。
◆
それから1ヶ月後。いよいよ、コンペの結果が発表される日がやってきた。
デザイン室を中心に200点以上の応募があったという知らせを聞き、唯子は震えあがる。
― 瑛太、大丈夫かな…。
まるで自身が瑛太になったように、唯子も気が気ではなかった。ほとんど仕事が手につかないままランチタイムを迎える。
そして、正午きっかりに、新着の社内メールが届いた。
『【重要】新製品のロゴコンペの審査結果のお知らせ』
唯子は、震える手でそのメールを開く。
それと同時に、唯子のデスクの内線電話が鳴った。
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▶1話目はこちら:富山から上京して中目黒に住む女。年上のカメラマン彼氏に夢中になるが…
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瑛太が力を入れていたコンペの結果は、なんと…。